第7章 第1次カオレム挑戦with ADDY完結編

 







「どうしてだ?明日こそは釣れるよ!」

「一緒に釣りしよう!」

 

UDYは何度も俺を説得した。

しかし俺が折れることはなかった。

おれはどんどん撃って探っていく釣が好きなのだ。

「YES」といわれれば指された方向へ投げ、

「STOP」といわれれば投げるのをやめる、そんなベビー・ボム釣法に飽き飽きしていたのだ。

 







「Udy、気持ちはうれしいよ。でも、昨日今日、ずっと自分とADDYのためにボート操船してくれて、

UDYは満足に釣りしてないじゃん!気にしなくていいから、明日は思う存分たのしんできてよ」

「俺はタクを邪魔だとは思ってないよ!タクにぜひ釣ってほしいんだよ!」

しばらくのどうどう巡りの末、俺は言った。

「俺がこの地に来たのは挑戦するためだ!
hallengeなんだよ!チャレンジ。
パイオニア・スピリッツ!フロンティア精神!!
Understand??


黙っていたADDYが口を開く。

「そこまで言うなら自由にやってみな」

そして

「ダメだったら、あさってはまた一緒に釣ろうな!

 















俺はサンゴップオヤジさんに朝一にスワンで出撃することを告げた。

「そういや前にもスワンで釣りした変わり者がいたなぁ。日本人はアホばっかじゃのぅ」

と思ったがどうかはしらないが(笑、オヤジさんはニコニコ笑って頷いた。

 






翌朝、朝霧が残る中、俺は足こぎボートで湖に出た。

スワンで出撃したかったのだが、老朽化が激しく黄色い足こぎボートでの出陣だ。

2人乗り用であり、俺一人では傾いてまっすぐ前に進まない。

なんとか舵を取りながら、岸際を打っていった。

ペラルアーをマシンガンキャスト、ハイスピードで巻き続ける。

何もかも忘れ、投げては巻いた。

投げる、巻く、投げる、巻く・・・

一度だけ、ルアーの後に魚影が見えたきり、魚からの反応はない。

ほそい流れ込み河川をシラミつぶしに遡る。

分岐点を覚えておかないと帰れなくなっちまう。

 



数キロほど岸際を打っていった後、湖を横断した。

時速1キロの水面の旅。

俺が足を止めればボートは止まる。

風にふかれて、どこまで行こうか?



俺が漕げばボートは進む。

太陽が照りつけ、流れる汗を燃料に、俺は前に進む。


ママチャリに似た、このアナログ感。

 




タイ人を乗せた船が手を振ってくる。

俺を見つけたADDY艇が昼飯をもって近づいてきた。



「釣れたか?」

「いいや」

「楽しいか?」

「楽しいぜ」

 

自由だ


「何をやってもよいが、何もかも自分でやらなきゃならないという意味での自由」


進むもいいさ、休むもいいさ。

釣れたらいいな、釣れなくてもいいや。


ペラが水をかき回す音が、

音のない音楽を彩り、静かに、静かに刻は流れた。

 







 

 

 

午後からは雨になった。

水没中州林を足こぎボートは進む。

水草がからまり、もはや足こぎは使えなかった。

浮かんでた竹で湖底を押しながら、俺は前進した。

何度も手にとげが刺さりながら、びしょぬれの俺は前進した。

この奥にラゴアがきっとあるはずだ。

野バラによる引っかき傷から、真っ赤な血が雨でぬれた皮膚ににじむ。

鮮やかな赤。絵の具では作れない色。

美しいと思った。

 




目の前が開けた。

学校のプール2つ分ほどの小さなラゴアがそこにはあった。

投げた、投げた。

雨粒が水面をたたき、おれは負けないように全力でペラを巻いた。

投げた、投げた







稲妻が響く。

湖の王者のKissは雨音にかき消された。

完敗だ。気持ちのよいほどの完敗だ。

びしょ濡れだったが、心は晴れやかだった。

俺はまた竹棒を握り、「俺のラゴア」を後にした。

 







その夜、俺はADDYに言った。

「挑戦は終わったよ。楽しかった!」

「そうか。よかったじゃないか。・・・・・明日はボートに乗るかい?」

「うん!!」





負けを認めることが敗者の誇り。

悔しさなど、微塵もない。

部屋の前から小魚狙いで竿を出す
(寝泊りしてるのは水上に浮かんだ建物です)

横でサンゴップオヤジがまたにっこりと笑った。

コオロギが鳴いている。

南国の夜は更けていった。

 

























翌日、俺はADDYのスピードボートに乗って湖に出た。




俺達は釣りするより先にとある場所へ向かった。

かつて、シャドー天国だったこの湖も

いまや乱獲により、かつての面影はない(そうだ)。

今回お世話になったミッソンパンゲストハウスの主人、

サンゴップ親父さんは稚魚放流に力を入れている。

この宿の値段、そしてフィッシングガイドサービスは

タイの物価を考慮すると相当高いのだが、

それでもそのお金が湖の保全のために使われるとしたら

おれは金を惜しまない。(高いといっても、日本人にすれば大した事ない)




そんなサンゴップ親父さん考え方に共鳴し、

彼と大親友のADDYも放流活動を手伝っている。

そしてこの日、40センチほどにそだったシャドーを湖に放ったというわけだ。

俺達はみんなで200匹ぐらいを放流した。

チビシャドーは一瞬びっくりしたようにボーッとし、

めまいをこらえながら思い思いに水草のジャングルへ消えていく。





釣ってもないのに放してる場合じゃない!(汗
大き目の魚を持ってやらせ写真を撮ろうとしたことを、ここに白状しておかねばなるまい(笑)
日本でも放流なんてしたことないのに、魚がうじゃうじゃいそうな東南アジアでこういうことをすることになろうとは・・・。
生態系保全と人的影響、日本に帰ったら勉強しようと思った。
頭でっかちにも、口先だけにもなりたくない。
実態を知った上での理論を展開できる、そんな人になろうと思った。



どんな小さい魚も、刺し網で乱獲するタイの漁師達。

このうち何匹が産卵活動まで生き残れるのか?

釣りをする自分たちも魚の減少を促進しているのは確かだ。

ベビー・ボム釣法、稚魚ボール狙いなんて、最たるものだ。

だが、俺はそれをやめることができない。

釣師の原罪。

だが、釣り師にしかできないこともある。

本当の釣り師は、すべての魚に優しい。

たとえそれが、クサフグやブルーギルであろうとも。



俺は新たな世界に放たれたチビシャドーを見送りながら、

「俺以外には釣られるなよー!元気でな!」

と、心の中で叫んだ。










さて








この日は風が強く、ベビーボムが見えない。

午前中チョン釣りだ。

昼食後、シエスタ。

午後になっても風がやむ気配もなく、またチョンを狙う。

日も西に傾くころ、雨が降り出した。

明後日朝にはADDYはコーンケンにかえる。

残された時間はあと1日だった。

だが不思議とあせりはなかった。どうにもならないと思った。

 














チョン狙いでウェーディング、既にびしょぬれだった。

温かな雨が、柔らかな雨が俺の火照った体をつたう。

遠くからADDYがボートに乗って近づいてくる。

水没草原を、オール1本で掻き分けながら近づいてきた。

 




「釣れたか?」

「釣れないや。ははっ」

「乗りな」

 



2人で変わる変わる投げた。

「OK OK Good Action!」

ADDYが俺の操る「ADDY TO TAKUYA」を投げた。

何をやっても釣れないのなら、このルアーにこだわりたかった。

 
工場で特別に作ってもらった!宝物です!


「ポンッ」

 

ADDYがまたシャドーの捕食音をまねて、笑ってみせた。

「昔はいつでも爆釣だったものさ」

昔話をするADDYの顔が、どこか寂しげだ。

俺達は更に奥地へと船をを進めた。






















 

「ドボン」







 


パドルをこいでいたADDYが勢いあまって湖に落ちた。

悪戦苦闘の末、俺が手を差し伸べてADDYはなんとか船上がることができた。

ずり落ちたズボンをあげることもなく、半ケツのまま、ADDYは笑った。

俺も笑った。

62歳と19歳はびしょぬれのまま、ガキんちょのように笑い続けた。

浮いてるパドルを回収した。

水かき部分が折れていた。

「帰り道どうやって進むのよ?」

俺達二人はまた笑った。

いつのまにか雨はやんでいた。

















 

ウェーディングしているUdyとNONのほうへ、えっちらおっちらボートは進む。

折れたパドル(既に棒といったほうが正確)で水底をつつきながらゆっくりゆっくりと。

ふと気がつくと虹が出ている。

「虹の真下に行けば、願いがかなう」

昔誰かが言ってたっけ。

「せめてルアーだけでも」

俺は虹に向かって力いっぱい投げた。

























 

「ズバン!!」

 

















出た。本日初バイトは思いもかけないところでやってきた。

フッキングどころか竿に重みすら乗らなかったが、

婚姻色の白黒にまだなりきっていない、紫&緑色のシャドーが全身を宙にさらし、舞った。



虹の下、夕焼けを背景に、湖の王者はその姿を見せ付けた。


俺の心に一生忘れない絵を描いた。

「明日こそ」


そう思わせる一尾だった。













 

闇が迫っていた。太陽はすでに「カオ・レム」に沈みかけていた。

次はラストキャスト

そう思いながら俺はキャストを続けていった。

























 

「アヤッ!!」

 






ADDYが前方を指差した。

 


赤い華が咲いていた。




 

今日はじめてみる華だった。





 

赤色のADDY TO TAKUYAは赤の空を舞い、真っ赤な華を散らした。

 























「ズバン!!」

 



























湖の王者は、終に夕暮れの湖に音を重ねた。

 

 

 

 


























 

最高だった。最幸だった。

UDY、NONをピックアップし、

闇の迫るカオレムをボートが滑っていく。

ADDYが言った

「最後にタクが釣るのを見れてほんとによかったよ!
明日、俺達はコーンケンに帰るんだ」



「えっ?」

明日が最終日というのは俺の勘違いだったのだろうか?

とにかく、最後の最後、本当のラストチャンス。

俺はモノトーンの怪魚を抱いてみせた。

この魚に逢いたくて、俺はこの地にきた。

ルアーはもちろんADDY TO TAKUYA、

雨上がりの夕焼け、虹の橋


すべてが完璧だった。

 

「楽しいか?」

「楽しいよ!」

「最高か?」

「最幸さ。幸せだよ」

 



UDYもNONも心から喜んでくれた。

 



感傷的な気分になる。

釣れたことへの喜び、安堵、そして喪失感。

目標の達成とは、その目標を失うことだ。

「ヒトツノユメノオワリ・・・」





 

宿の明かりが見えてきた。

ますます感傷的なる俺。






 

だがそんな雰囲気をADDYはぶち壊しにした。




 

「AVで日本の女が高い声であえぐ理由がわかったぞ!

タクもファイト中、高い声でキャーキャーわめいてた。

日本人は興奮するとみんな高い声になるんだな!」

 

・・・・・・・


 

ADDYが俺のファイトシーンをを大げさに真似してみせた。

 

UDYもNONも、ADDYも爆笑。

 

俺は恥ずかしくて、そしてなんだか切なくて、空を見上げ、小さく笑った。













やっと会えた!!




















ADDY TO TAKUYAも誇らしげ。




















2004年9月15日、夕暮れの湖に至福の音が重なった。











忘れられない音が、響いた。