芝川沿いにサイクリングロードがあるので、大宮第二公園まで、芝川沿いに行けるかいろいろ試してみた。
偶然、川沿いに、散歩するのによさそうなところを見つけるが、芝川側からは自転車進入禁止。
先を急いでいたので、後日出直すことに。
次回、来てみると第四土曜日は、休園日で、たまたま月に一回の休園日にあたった。
三回目で、入園。

大宮南部浄化センター 自然庭園・みぬま見聞館である。
ちょうど、外国人カップルも自転車できていた。
そのあと、二人は、サイクリング道を行ったので芝川の反対側に渡ったが、こっちは、そのまま、同じ側を走り、合併記念見沼公園、続けて大宮第三公園に行った。
そうしたところ、大宮第三公園で、同じカップルに会った。思わず挨拶しそうになったが、話しかけてはいない。英語ができないからではない。それに、二人が何語を話していたかまでは不明である。
この分では、大宮第二公園でも会いそうだったが、こっちは、もうだいぶ堪能したので、見沼代用水西縁沿いに帰ることにした。
通勤圏内と言う言葉があるが、さいたま市内は、東京都内に勤務する人にとっては、通勤圏内である。
JRが運休の際、大宮から都心の勤務先まで自転車で行った方もいたそうである。
見沼代用水西縁の浦和西高の裏あたりのベンチで休憩していたら、見知らぬおじさんが、こちらもまた見知らぬおじさんに、「文京区から来ましたよ。電車で30分くらいでこれますからね。」と話しているのが聞こえてきた。
市内の17号線沿いの歩道には、日本橋から28キロという札が立っていたりする。中山道の宿場としては、日本橋を出発して、板橋、浦和と二つ目だったらしい。船の場合は、どのくらいで行き来していたのだろう。
今日では、通勤圏内であるだけでなく、散歩圏内でもあるらしい。もっとも、公園は、大都会ほど充実しているので、あとは、どれだけ魅力があるかだろう。

著作権とプライバシーの侵害には、注意している。
写真を撮る際には、人物が映らないよう、通行人が行き過ぎるまで、路上で待機しているが、観光ポイントでもないところで、カメラを構えて待機しているのは、不審者に思われそうで気が引ける。
その点、携帯のカメラは便利である。路上で突然立ち止まって携帯を開く人は、あちこちにいるので、不審者に思われる心配がなく、安心である。さも、携帯チェックをしているふりをしてやり過ごす。
話は、それるが、晴れている日は、外で液晶の画面を見るのは、無理だと思うのだが、他の人はどうしているのだろう。写真を撮る際もあてずっぽうで撮って、家に帰って確認している。
話は戻るが、単なる路上でも、桜の花とか、花を写しているんだなと思われる状況だと、それほど気がひけることはない。また、野鳥の撮影となると説得力十分である。
マンホールの蓋とか街灯とかベンチとか送電線とか橋桁などになると実に微妙である。

街灯に北斗七星が、あしらわれている場合はどうだろうか。
不審な行動になるだろうか、それとも納得だろうか。
筆者の部屋には、たそがれ時のブルーの色調のなか、運河を望むテラスに椅子二脚と丸テーブルがあり、テーブルの上には、紅茶セット、砂糖つぼ、水差し、グラス、ワインボトルがのっていて、テラスの手すりの上には、バラの鉢が置かれ、運河の水面には、両脇の民家が映り、民家の窓から明かりが漏れているという絵画のポストカードが、額に入って飾られている(裏を見たら、大原美術館で購入したようだが、記憶にない)。タッチは、印象派のモネに似ている(ちなみに、モネの「印象日の出」のカレンダーの写真も飾っている)。
昨日、埼玉県立近代美術館の次回の企画展のポスターを見たら、同じタッチと題材の絵が使われているのを見た。同じ作者と確信し、他の作品を見られる絶好のチャンスと思い、早速、前売り券を購入した。
家に帰って、パンフレットを確認したら、半券で音楽会の整理券をもらえるらしい。さらに、与野駅東口の旧中山道沿いにあったケヤキが、彫刻家の手で作品となって、公開されることがわかった(11月12日)(大原つながりで、ちょっと驚く)。
帰るとき、ちょうど音楽噴水が始まった。途中、水煙の上に虹がかかった。太陽の日差しの向きを計算したら、確実に見られるようになるのかもしれない。いずれ、決定的瞬間を写したいものである。

鴨川堤桜通り公園を歩いていき、桜区役所のあたりで公園は終わりのようだった。それでも、鴨川に沿って道が続いているようなので、そのまま進んだ。
対岸に排水機場が見えるところで、立て札があった。この矢印の方向に富士山が見えるとのこと。その日は晴天で雲はなかったが、山の姿は見えなかった。天気が良すぎて霞んでいたのかも知れない。あるいは、筆者が近眼で眼鏡の度があっていないため、こちらの目がかすんでいたのかもしれない。
さいたま市内は、近場で登山の最適地がないように思う。筆者が通った小中学校では、定番の登山遠足をする山があった。地元の人に、小中学校の遠足でどのようなところに行ったか教えてもらいたいものである。

写真に写っている建物は、桜区役所横の記念総合体育館。
桜の木なら、誰もが知っているだろうが、桜草は、知らない方も多いだろう。
筆者も荒川周辺で、桜草自生地の立て札を見ても、どのような花か思い浮かべられなかった。
春に咲く花が春を過ぎると見られなくなるのは当然だが、夏になると他の植物が勢いを増す。
それで、桜草公園の春と秋は、違った様子になる。

昨日は、雨で舗道が湿り、落ちた銀杏の葉が、張り付いて模様のようになっていた。
黄色の銀杏、赤色の楓は、秋の主役だね。

北浦和公園の銀杏。
春の観桜会に対して秋の観楓会。寒風会とわざと誤変換した案内状を見たことがある。その後、観楓会が、全国区ではないことを知り驚く。どうしてかは、よくわからない。
(その後別件で、「ひなびた温泉」のつもりらしい「しなびた温泉」という記載もあり、つい本音が出るのか、しゃれなのか、日本語を知らないのか、江戸っ子きどりなのか、今となっては不明である)
本物の桜草は、春になるまで見ることはできないが、桜草をモチーフにしたものは、一年中見ることができる。

大宮第二公園内の公園ギャラリーの入り口上のステンドグラスである。
他にも、マンホールの蓋にデザインされているのを、三種類見つけた。



彫刻が、絵画と違うところは、見る角度によって違うということ
周囲を一周して、表情が変っていくところを見るのが好きだ
写真で紹介する場合は、ひとつの角度が選択される
人物の場合は、大抵ひとつに決まるだろう
作者は、正面を決めているものなのだろうか

屋外の場合は、背景に映るものとか、光線の関係で、決まってしまう場合もある
埼玉県立近代美術館の屋内地階に展示されている三体は、壁を背にしているので、見る方向が指定されている作品なのだろう
道を歩いていて、きれいなので、写してみた。
それだけを写した写真は、大きさがよくわからないが、小さめのひまわりか、品評会に出す大輪の菊くらいか。
実は、この花は、埼玉に来て初めて見たが、さいたま市内の別の場所や森林公園でも見かけたので、本当は、それほど珍しい花ではないのかもしれない。
見沼氷川公園には、ハーブ園があるが、花の大きさが、どれも大ぶりに感じる。同じ花でも、南にくると大きくなるのかと思ったが、ヒースや高原植物をハーブと混同していただけかもしれない。

だれでも知っていることが常識。
とはいっても、自分の知識と常識が一致しているかどうかは、よくわからない。
これは珍しいと思って紹介しても、そんなのは普通、あなたが知らなかっただけ、と言われるかもしれない。
にしても、これは、見てびっくりした。

大宮公園の小動物園の鳥がいるところである。鳥籠とも鳥小屋ともいえないので、フライングケージという名前らしい。
いままで、動物園は、本格的なものは見たことがないので、あるいは、これは常識なのかもしれない。
調子に乗ってどんどん歩いて行って、くたびれたので帰ろうとしたら、来たのと同じ距離を帰るというのは、きつい。
ランニングなら、グラウンド何周か回って疲れたところで止めるということもある。
散歩なら、公園内でぐるぐる歩くという感じか。
障害者交流センターのプロムナードは、散策路がたくさん通っていて、遠くに行かずにたくさん歩くにはちょうどよい。
ところで、プロムナードってどういう意味かと思って調べたら、フランス語で散歩とのこと。まさに、ぴったりのネーミングというか、名前が先で、それに合わせて作庭したんでしょうね。

公園にある樹木を見ると、公園を作るためにわざわざ植えたのか、もともと自然に植わっていたのかわかるのもあればわからないのもある。
秋ヶ瀬公園の場合は、西洋庭園は、わざわざ植え、ピクニックの森は、自然にあったのだろうと思う。
子供の森は、よくわからないが、人工的芝と樹木の組み合わせもよいものだと思う。

今日、11月14日は、埼玉県民の日である。
月曜なのに、休みの人もいれば、月曜なのに開館しているところもある。
「歴史と民俗の博物館」も月曜だけれど開館しているようである。
入口のところにある弥生式住居の復元家屋を写してみた。
後から見て、モネの「ジヴェルニーの積みわら、夕日」に、似せて写すこともできるかなと思った。
三角の形と藁というところに共通点がある。わざとピントをぼかして、モザイクっぽくしてみたらどうだろうか。
ちなみに、モネのこの絵は、埼玉県立近代美術館にある。

現在、荒川自転車道は、工事のため、羽根倉橋手前のところから、進入禁止になって迂回するようになっている。
自転車道を走っていたら、もっと早く、千貫樋水郷公園を訪れていたと思う。

公園内の水門である。レンガ製とのこと。橋の上は、普通に車道である。
紅葉の木々は、色がいろいろで、華やぎがあるが、落葉すると、淋しくなる。
霊園なので、淋しい感じでもよいのかもしれないが、なぜ、淋しい感じがするのか。
晴れてはいたが、薄くもやがかかっていたからか、木の葉が落ちていたからか。
人気がないからか。淋しいに林が使われるのもよくわかるような気がする。

見沼くらしっく館で、煎餅汁を教えてもらった。
ごぼう、にんじん、ネギ、高野豆腐、鳥肉に煎餅が入って、醤油味だった。
煎餅は、南部煎餅と同じ形で、小麦粉でできているようだが、普通に南部煎餅として売っているのとは違って、鍋専用のものらしい。
確かに、売っている南部煎餅なら、そのまま食べた方がおいしそうだ。煎餅が簡単に手に入らなさそうなので、自分でつくるのが難しそうなのは、残念。

案内板を見て、花壇と勘違いした。
今まで、公園の管理事務所と早とちりして通り過ぎていたところだった。
雨戸の中央が十字にくりぬかれていて、教会に関係しているのかとも思った。
周りを一回りして、窓から中を透かしてみる。本や手紙らしいものが机の上に見えて、中に入ってよく見たかったが、知らない人と話すのが苦手なので、ここがなんなのかもっとよく知ってからと思って止めにした。
しばらく、じろじろ眺めてから、やっと案内板に気付いた。立原道造という詩人で建築家の人が考えた家を実現させたものとのこと。
立原道造記念館が文京区弥生にあったが、昨年秋から休館とのこと。もっと早く気づいていたらと非常に残念。一度くらい前を通ったことがあったような気がする。

花と鳥を撮ると、それだけで絵になるが、花は、動かないし、そばまで近づけるのでいいが、鳥はそうはいかない。
簡単に撮れそうなのは、鳩ぐらいだろう。公園で何か食べながら物思いにふけっていて、気付いたら鳩に取り囲まれているのに気付いた時は、正直、ヒッチコックの「鳥」を思い出してしまった。
その前に、東京都心の公園で肉まんを食べていたら、横から雀が肉まん目がけて突進してきて、こっちの体にはぶつからないものの、肉まんをその嘴にとらえていたので、都会の鳥は飢えていて恐ろしいと思ってしまった(都会の男が怖いかどうかは、不明である)。
シラサギは、時々みかけるが、離れていて、写してみても点にしかならない。今のところ唯一まともに写せたのが、大宮公園の小動物園内の鳥(シロトキ)である。もっとも、風流な写真にはなっていないようである。

「血と汗が滲むような努力」とかいうけれど、高校の時、数学の問題集が手汗で煮詰まったようになった。
紙で手を切ることもよくあったから、あるいは血も滲んでいたかもしれない。
最近、さいたま市の市内地図が、同じように汗臭くなった。折り目も破れて新しく買い替える時期かもしれない。
町はどんどん変化している。埼玉りそな本部の横の道路は、拡幅工事後、現在カーブして大戸公園の真横を通る。手元の地図では、大戸公園横の道路は、一本隣の道路だ。今は、その先の川を超す橋の工事中だ。
新都心大橋もまだ地図に載っていない。逆に、レストランがあることになっているのに、前を通ってみたら、廃屋になっているのは、残念だ。

これが、大戸公園。向こうに道路を挟んで、与野南中学のグラウンドが見える。
NHKでダウンタウンの松本さんがコントをやるというので見た。
影絵の女性の口から何かが、「どさどさっ」と出たのを見たときは、「笑い」とはちょっと違う「感動」があった。
口から出すのは、吐くということなんだな。それでは、調神社の兎の口から吐き出された水で手を洗うのは、ブラックユーモアかもしれない。もっとも、「水を吐き出す」という記述をみても汚い感じはしないが。小便小僧も汚い感じはしない。
別所沼公園内には、カバの口から背中に抜けられる遊具がある。逆も可能だ。象のお尻から入って口から出る滑り台もある。
口をあんぐりさせた魚は、どうやって遊ぶのかよくわからなかった。口に腰かけるのか、物を置いてテーブルがわりにして、ままごとか。多分あれは、上に乗って遊ぶのだが、口を閉じていると落ちそうになるから開けているんじゃなかろうか。

リンゴが好きなので、比較的値段が安くてよかったと思う。もし、日本で珍しい果物なら、もっと高額でも売れると思う。
タンポポも好きだが、地域的なものがあるらしく、最近あまりみかけない。特に大輪のものは。直径5cmくらいのものが、札幌なら町の中心部でも普通に見られる。ガーベラと比べても遜色ないくらいで、タンポポも、珍しければ、売られていてもおかしくないと思う。
鳥も、鳩の羽は結構きれいだが、シラサギを見た方が珍しくて、見たときうれしい。
別所沼公園で、車道に面したマンションを見ても、「マンションか」としか思わない。ただ、沼に影が映る洋館と思うとポーの「アッシャー家の崩壊」を連想して、詩的になる。日本で、沼のほとりに建つ洋館などめったにお目にかかれることがないからだ。同じものでも見あきているものと非日常では、全然印象が違う。

芝川の横を走っていて、ものの見事に真っ赤っかの紅葉を見た。
同じ形の木が集まっている山は、針葉樹林で見たことがあるが、色は緑だ。赤でそういうのは、見たことがなかった。それで、珍しいと思い写真にとってみた。

公園の沼や池には、たいていそこに流れ込む水の流れがある。
ただ、いい雰囲気を出した写真がなかなか撮れない。
これは、結構成功しているような気がする。
他の人も結構気に入った場所か、ベンチが空くまで待たされた。

木の間から水面に日が反射したキラキラが見えた瞬間、ちょっと気持ちが弾んだ。ちょうど遊びに来ていた幼稚園児が「海だ」と一声あげて駆け寄ろうとした途端、木の根にけつまづいて転んだ。先生に「先生がそっち行ったらダメっていったでしょ。・・・」と怒られていた。自分も危なかったと思う。