大抵の階段は、途中に踊場があって、歩く方向が、下りる前と下りた後では、真逆になる。筆者は方向音痴なので、度々、うっかりして、階段を下りてからその前と同じ方向に歩いているつもりで全く逆方向に歩いてしまうことがある。
最初に、南与野駅で、列車を降りた時、東口に出たつもりで西口に出てしまった。おかげで、不思議な場所を見つけた。
水路は、高沼用水路西縁である。
水路の横にトンボイケがある。
池に鳥がいた。
水路の先の橋から振り返って見たところ。
戻ってきて、花壇を見たら、もう菜の花が咲いていた。
桜も咲き始め本格的に春である。
5月、麦畑、そろそろ収穫の時期がきたようだ。
6月、少し気が早すぎた。茎が枯れて黄金色になり穂が重くなって頭を垂れるまで待たなければならないようだ。そう言えば「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という。麦も同じ話なのだろう。
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5月、線路側歩道との境に植えられている生垣の花を見ていたら、中の方に紫色の花が見えた。トンボイケの横のセンダンだった。甘いよい匂いがする。秋ヶ瀬緑道の新大宮バイパスを越す橋の両端に同じ花をつけた木があり名前が気にかかっていたが、河童の森では名前を書いた札が下がっている。
スイカズラ、生垣は数種類ある。
ハコネウツギ。白い花と赤い花がある。調べたら白から赤に変わるらしい。
テイカカズラ、スイカズラの方は名前だけは知っていたが、こちらは知らなかった。
6月、生垣の花は、テイカカズラがまばらに見えるだけだった。今度は中の方にピンクの花を見かけた。ムラサキシキブだった。
全体は、このような姿だ。
中に入ったら花が咲いているのに気付かないうちに実を付けている木があった。
センダンの手前にオニグルミ。
クマシデ、実がぶら下がっているみたいだが、よく見るとたくさんの小さい葉のようなものが重なり合っている。どうやら葉のようなものの内側に種があるらしい。
どうして草や木や水路、道路、橋の名前が気になるのか自分でも不思議に思っていたら、図書館で借りた「高沼散歩」で次の文章を読み、「そういうことか」と思う。
「名前を知ると世界が変わる。愛着ができる。用水の名前なり、草の名前なり、そういう名を知りたい。」
「“生きている高沼用水”の確認をしたら、できるだけ多くの子供に、川への思いを聞き、希望を形にしたい。その過程で、鳥や魚、樹木、草などに名札をつけて存在を主張させたいものである。」
(2012.6追記)関東では珍しい大雪が降った。すぐに溶けるだろうとたかをくくっていたら3日経ってもまだ雪が残っている。
滅多にみられない雪景色を見に行こうと歩いていたら赤い花が咲いているのを見かけた。椿だった。真冬でも家の外で花が咲いているのを見ることができる点が、やっぱり雪国とは違う。