『庚申塔・北区B』

北区東大成町2丁目、旧中山道沿い西側でニューシャトル線の近く南側にある。

横の案内板には、現在も年に1回庚申講が続けられているとあった。


北区土呂町、東武野田線を盆栽陸橋で超えたところの産業道路沿いにある百体庚申社である。

社の中に百体の猿の石像が納められている。講をつくらず一人で成し遂げたとのことである。


北区土呂町、盆栽陸橋の北側降り口で産業道路から東側の道路に入り北進して最初の交差点の南西角にある。


北区土呂町2丁目83、神明社の鳥居横に3基ある。すぐ東側に見沼代用水西縁が流れている。

これには、元文5(1740年)と刻まれていた。ちょうど横に蝉の抜け殻が付いていた。

これには、文政5(1822年)と刻まれていた。

これには、宝永2(1705年)と刻まれていた。


北区本郷町、県道35号線(産業道路)の宮原駅(東)の交差点のところで原市道が合流するが、原市道の北側道路沿いにある。土呂町の原市道の南側の合流点近くにも庚申塔がある。


北区今羽町、県道35号線(産業道路)の宮原駅(東)交差点のところから北に行き、真福寺に入るところの交差点南西角にある。北側の道の反対側の番地は113と表示されている。塔には宝永6(1709年)と刻まれている。


北区今羽町、真福寺の西側通り沿いにある。後ろに鉄道の高架が通っている。塔には寛政8(1796年)と刻まれている。


北区本郷、高林寺境内にある。高林寺は県道35号線(産業道路)沿いにあるが、入口はその東側を通っている原市道側にある。塔には寛延3(1750年)と刻まれている。


北区本郷、九平橋を通る手前の南側道路沿いにある。塔は道路の方ではなく、見沼代用水西縁の方を向いている。塔には宝暦12(1762年)と刻まれていた。


(2012.10編集)


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