南与野駅に行く途中で見かけた。近くに鈴谷小学校があるからかもしれない。
鴻沼川にかかる大榧橋の親柱である。1987(昭和62)年竣工でサザエさん、オバケのQ太郎、キン肉マン、ドラえもんの絵がついている。昭和の子供の人気者で納得の選定、平成の現代でも立派に通用するが、怪物くんやゲゲゲの鬼太郎、バカボンのパパも捨てがたいと思う。
その後気付いたが、大宮区桜木町4丁目の桜木小学校の南側にある芦原橋の親柱二か所にもキン肉マンの同じ絵柄がついている。他の絵柄はない。同じ竣工年なのに、どうしてこの違いになったのかは、残念ながらわからない。
(2011.10記、2012.7追記)北与野駅の南側を赤山通りが通っている。鴻沼川と赤山通りが交差するところに架かっているのが赤山橋である。橋の横に石橋供養塔が建っている。赤山通りは赤山街道の一部だったらしく、それなら古い石碑が建っていても不思議ではない。
与野本町駅の南に通っているのがたつみ通りである。このあたりで高沼導水路が合流し、高沼用水路東縁と高沼用水路西縁に分かれる。巽橋から中里橋に続く桜並木、手前は公園予定地である。桜並木のある鴻沼川東側はすでに公園になっており与野中央公園である。上流から下流方向を見ている。
こちらは、同じ桜並木の方を下流から上流方向に見ている。向こうに新都心ビル群が見える。
中里橋の南隣りの里見橋のところで下流をみたところ。
里見橋の南隣の大榧橋で、上流をみたところ。正面に新都心ビル群が見える。
大榧橋から下流をみたところ。正面に埼京線の線路の送電線が見える。
上の宮橋から上流をみたところ。裏門通りが通っており、東に行くと別所沼公園の北側をとおり、西に行くと西堀氷川神社の参道入り口前を通る。
上の宮橋から下流をみたところ。正面に見えるのは鉄道線路である。
正面の線路に近付いたところ。上が埼京線、下が武蔵野貨物線である。さらにその下を道路が通っており、別所沼通りである。鴻沼川を渡る橋は高沼橋で、その先の川沿いに秋ヶ瀬緑道が続く。
南与野駅方向に与野中央通りを歩いている途中で右を見ると、大榧橋が太鼓橋状になっているのが目を引く。
最近、鴻沼川について書かれた本を読み、その受け売りだが橋を高くしているのは大雨が降ったときに橋が冠水しないようにということと、川の水で運ばれる物が橋にぶつかって流れを遅くしないようにということらしい。鴻沼川の勾配が小さいので流れる速度が遅く、下流では水面がそれほど上昇していないのに、上流ではもう水が川から溢れるということがあったようだ。
写真を見たら思いがけず水たまりに電信柱の一部が映っていて、ちょっと面白い。
大榧橋と鈴谷橋の間の右岸にみかけた。ところで右岸とは、下流の方を向いたときの右側を右岸と言うのだと最近知った。
あちこちのお宅の庭で見かけるが、オレンジ色が多いようだ。花弁が外側に丸まってぼってりした感じに見える。ノウゼンカズラだとわかった。
横に並んで植えられていた。白色をよく見る。花の縁が細かく切れていて繊細に見える。こちらはムクゲだろう。
秋ヶ瀬緑道を自転車で走っていたら水音が聞こえる。ちょっとした滝になっていて見ていると少し涼しくなってくる。たがい橋の少し下流の左岸の場所なので、高沼用水路東縁の水が鴻沼川に注ぎこんでいるようだ。用水路を見ると水が流れているように見えないが、ちゃんと流れているようだ。
鴻沼川の下流に並行して秋ヶ瀬緑道が通っている。遊歩道の下にも川に沿って通路が見えるが遊歩道ではないようなので、どうしてこのような作りになったのか不思議だった。
図書館で借りた本を読むと、水路を複線化したと書いている。複線というとはじめは横に並行して2本通すのかと思ったが、水路の中に更に水路を設けるという垂直方向のことだった。
どうしてこのようにしたかというと、通常時と大雨が降って増水した時の水の流れる量に大きな隔たりがあるためらしい。普段の水量に合わせて下方に更に水路幅の狭い水路を設けると管理もしやすくなるらしい。
遊歩道の方にも工夫がある。柵の縦棒に書かれた動物の絵だ。正面から見ると何の絵か分からないが、離れて見ると棒と棒がつながって見えて何の絵か分かるようになる。