緑区下山口新田、民家園の中に二基ある。

もともとは別の場所にあったもののようである。
緑区大間木の赤山街道を歩いていて少し通りを入ったところに見かけた。このあたりは、東浦和9丁目の北側で、区画整理のための工事が進行中だった。水深中央霊園の角に隣接する。
緑区大間木(東浦和9丁目の北側)の赤山街道沿い。前を通り過ぎると区画整理工事の向こうに鳥居が見えた。
向かって右の像は口を開き、左の像の口は閉じているように見えた。
緑区大間木の稲荷社の前にある。県道103号線沿いで、ここも赤山街道沿いらしい。稲荷社の後ろに見沼代用水西縁が道路と並行して流れている。安永6(1777年)に8名ほどの講で建てたらしい。台石に個人名が刻まれている。
緑区東浦和5丁目、清泰寺境内にある。南側に大間木氷川神社があり、西側を赤山街道が通る。庚申塔の文字と建立者名を刻んだ同じ大きさの塔が敷地の境界に一列に並べられており、案内板を見なければ自然石の塔と像を刻んだ塔を見逃すところだった。
緑区大間木の大聖不動尊境内に二基あった。県道103号線沿いで、ここも赤山街道沿いらしい。稲荷神社より少し東にいったところにある
この塔の側面には宝暦元(1751年)と刻まれている。
こちらの自然石の塔は清泰寺にあったものに似ている。
緑区東浦和2丁目明神社境内にある。明神社は、バス停井沼方がある交差点を北に行った、武蔵野線の線路の手前の西側道路沿いにある。

緑区東浦和8丁目、内谷墓地の外側南東角に2基あり。左の塔には宝永5(1708年)と右の塔には延享4(1747年)と刻まれていた。

緑区東浦和3丁目25、富士見坂通り沿い北側にある。寛延4(1751年)と刻まれていた。

緑区東浦和5丁目、西谷霊園横の西谷自治会館にある。塔には安永5(1776年)と刻まれていた。

緑区大間木、バイパスの国道463号線から大間木と中尾の境の道路の一本東側の道路を南に少し入ったところの東側道路沿いにある。塔の背面に文化10(1813年)と刻まれていた。
緑区大間木、水深自治会館の隣の堂の中にある。
緑区下山口新田、県道103号線沿いで川口市に入る手前にある稲荷神社の脇、下山口自治会館の前にある。塔には文化2(1805年)と刻まれていた。
緑区東浦和9丁目19の西側道路沿いに2基並んである。右の塔には宝永6(1709年)と刻まれている。

緑区大間木附島、吉場橋を渡り南に行き、東浦和駅前通りに出る手前の北側道路沿いにある。塔の前の通りを西に行くと赤堀排水路に架かる丸山上橋の前を通る。塔には寛延2(1749年)と刻まれている。
