南区大谷口、県道1号線のバス通り沿い、バス停「明花」近くにある。少し南にいくと武蔵野線の上を通る。
南区大谷口、中尾神社(緑区中尾)の鳥居の向かい側の道路角、県道1号線(バス通りではないほう)から少し入ったところにある。
南区広ヶ谷戸、県道1号線のバス停「広ヶ谷戸」の近くにある。正面が生垣の影になり、木漏れに照らされたところが白く写っている。

南区太田窪4丁目、産業道路と馬場先通りが交差する細野の交差点の北西に2基あった。こちらの塔には、元禄13(1700年)と刻まれていた。


こちらには、安永2(1773年)と刻まれていた。

南区太田窪、太田窪氷川神社がある一角の南東角にある。隣に太田窪二十三夜自治会館がある。

南区太田窪、新田自治会館敷地内の堂の中に1基、堂の前に3基あった。新田自治会館は、産業道路沿いの行弘寺の横を上谷沼調節池の方に下がって行った先にある。

堂の中の庚申塔を格子の間から写した。

藤原庚申と刻まれているが、藤原の意味はわからない。

猿が刻まれている塔にも藤原庚申と刻まれており3基で一組のようだ。

南区太田窪、坂下橋交差点の西、県道34号線沿いのバス停円正寺のところを北に少し入ったところの道路沿いにあった。

南区広ヶ谷戸、県道1号線沿いの東側バス停広ヶ谷戸の横にある。

南区大谷口、大谷口中学校の西側沿いの道路が大谷口小学校の南沿いの道路と交差する角にある。青面金剛像と鬼を刻んだ人と猿を刻んだ人は別人の感じだ。寛政元(1789年)と刻まれていた。
