『庚申塔・見沼区B』

見沼区南中丸、第二産業道路沿いの西側、バス停高井北の横にある。享保9(1724年)と刻まれていた。


見沼区南中丸、南中丸集会所がある墓地の入り口にある。南中丸集会所は第二産業道路沿いのバス停中丸の南側交差点を東に入り、こまどり幼稚園の東角を南東に行き北東に曲がった先にある。右横の石塔が倒れている奥に同様に倒れていた。


見沼区大和田2丁目、鷲神社境内にある。鷲神社は、芝川に架かる鷲山橋から第二産業道路に行く途中の北側道路沿いにある。水鉢のようだが、現在は使われていない。

庚申待の文字が刻まれている。


見沼区大和田1丁目、大和田会館の東側に道路から2基あるのが見える。

左の塔には、享保12(1727年)と、右の塔には正徳3(1713年)と刻まれていた。


見沼区大和田1丁目、同じく大和田会館の東側で北側奥の真福寺跡の墓地の入り口に1基、奥の方に2基ある。入口にある塔には、天保14(1843年)と刻まれていた。

三猿の表現が珍しく凝っている。


墓地の北隣りは大宮商業高校になっている。左の塔には天保3(1832年)と、右には明治5(1872年)と刻まれていた。


見沼区南中丸、大宮八幡中学校の南で東の通りに入り、突き当たりを北に曲がったところにある。塔の前の道路を東に少し行くと排水路を渡る橋を通る。塔には安永7(1778年)と刻まれている。


見沼区大和田1丁目、県道5号線(第二産業道路)沿い金沢整形外科の南側から東側に入り、突き当たり角にある。突き当たり南北に道路が通っており、右の写真は南に向かう道路。


(2012.10編集)


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