『庚申塔・西区B』

西区三橋5丁目、新大宮バイパスの三橋2丁目と3丁目の境の交差点を通り鴨川の並木橋を渡り北西の方に少し行ったところ、県道165号線が水判土の方に曲がる角にある。

側面に正徳5(1715年)と刻まれている。


西区三橋6丁目、県道165号線の三橋6丁目交差点を少し北に行ったところの道路沿いにあった。道標にもなっているようだ。


西区三橋6丁目、県道165号線の三橋6丁目交差点を北に行き、道路が三又に分かれているところの角にあった。扉に庚申塔に刻まれた文字を書きつけた紙が止められている。それによると寛政2(1790年)に建てられたようだ。格子の隙間から写した。


西区指扇、西大宮駅の北口すぐの東側にあった。側面に元文5(1740年)と刻まれている。


西区三橋6丁目、新大宮バイパスの三橋(6)交差点を西に入ったところの大倭神社境内にある。

側面に享保6(1721年)と刻まれている。


西区指扇、薬師堂入り口左にある。薬師堂は西大宮駅北口から西に行ったところにある。駅西側の最初の踏切がすぐ前にある。塔には正徳2(1712年)と刻まれている。


西区指扇、華厳寺墓地の入り口を入ったところにある。この墓地は、薬師寺前の踏切を渡り南に行き、分かれ道の角に石碑があるところを西に行った先にある。

華厳寺北側の道を西に行き、突き当たりの分かれ道を北に行くと、西大宮駅西側二つ目の踏切にでる。塔には享保15(1730年)と刻まれていた。


西区指扇、庚申塔のあるの華厳寺北側の道を西に行くと、道の分かれ目にある。

塔には、文化12(1815年)と刻まれていた。

真ん中の猿がお尻を上に向け、両脇の猿が背中を向け合う姿勢になっている。


西区指扇、稲荷神社の入り口にある。県道2号線沿いのバス停赤羽の東側の信号がある交差点を南に入り、最初の角を東に行くと稲荷神社の横を通る。

神社の横を通り過ぎてまっすぐ行くとアカシヤ通りにぶつかる。塔には、享保11(1726年)と刻まれていた。


西区宮前町、興徳寺の入り口横にある。塔には天明3(1783年)と刻まれている。

 


西区宮前町、県道216号線沿いバス停宮の前がある交差点を南に少し入ったところの西側道路沿いにある。後ろに新大宮バイパスに上がる階段がある。台石の前面に三猿が刻まれており、塔には元禄3(1690年)と刻まれている。


西区指扇、妙光寺の東側にある神社の鳥居の横にある。妙光寺前の道路沿いに参道入り口があり、隣が空き地になっていたので、道路から小さく塔が見えた。塔には宝永2(1705年)と刻まれていた。


西区指扇、華蔵寺墓地の北側の道路を西に行き突き当たりの分かれ道を更に西に行った先の家の角を回ったところにある。角を回って北に行くと踏切に出る。踏切を渡って更に北に行くと指扇小学校の西側を通る。


(2012.10編集)


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