西区西遊馬、高城寺の前に建っていた。もとは荒川の土手にあったが移設されたようだ。案内板によると延宝4年(1676年)に建てられたそうだ。
その案内板にもともとの場所に建っていたときの様子が写真で紹介されていた。
高城寺境内には、二基建っていた。
上の写真に写っている方で、側面に宝暦七(1757年)と刻まれている。
もう一基の方、右は笠の下を写したもの。案内板がありそれによると寛文3年(1663)に建てられたとのこと。
西区西遊馬、県立大宮武蔵野高校の前の道路を南に行き、本村自治会館の前を通り過ぎ、次の横道を東に入って行った先にある。塔の前の道を東に行き、突き当たったところに西‐853の表示があった。塔には享保10(1725年)と刻まれていた。
西区西遊馬、西遊馬上サ自治会館横の防災倉庫の奥にある。塔には宝暦7(1757年)と刻まれていた。
西区西遊馬、西遊馬仲野自治会前にある。
西区西遊馬、荒川堤防上の踏切を北に越し、西に降りて行った先にある。東側に降りると県道2号線沿いのバス停高木がある。横にある鳥居には八坂神社と書かれた額があった。塔には宝暦13(1763年)と刻まれていた。
猿が服をきて一匹だけというのは珍しい。
西区指扇領辻、県道57号線沿い東側にある。塔には寛保2(1742年)と刻まれている。


西区峰岸、県道57号線沿いのバス停峰岸団地の北側、西側道路沿いに3基並んでいる。



西区宝来、県道57号線の交差点宝来から少し北に行ったところで、歩道から西に降りたところにある。福寿庵の裏手にあたり、塔の向こう側に八雲神社がある。
