大宮区桜木町1丁目の庚申神社、宗教法人で行事予定もある。
大宮区三橋2丁目、県道165号線を新大宮バイパスの方に曲がらずに直進したら突き当たる丁字路の角にある。
大宮区上小町、桜木町4丁目との境の道路が県道2号線にぶつかる少し手前の交差点の角に建っている。堂の前の道路を西に向かうと新大宮バイパス三橋3丁目交差点に出る。
横の案内板によると享保16年(1731)に建てられたとのこと。
大宮区大成町2丁目、普門院の本堂の手前右側に3基あった。
左端の塔には、元禄8(1695年)と刻まれていた。
大宮区三橋4丁目、天神社境内にあった。

大宮区三橋4丁目、鴨川に架かる藤橋の東の交差点を北に入ってすぐの西側にある墓地の塀を窪ませて道路沿いに建っている。元禄3(1690年)と刻まれていた。

大宮区上小町、桜木小学校の南側通りを西に行った突き当たりの道路沿いにある。庚申塔のところで北に曲がると県道2号線の上小町交差点に出る。堂の格子越しに写した。

塔の下部に三猿が刻まれ、堂の前の線香立てに庚申の文字が刻まれていることから、庚申塔でよいのだろう。

大宮区三橋1丁目、県道2号線の三橋中北の交差点を北に少し入ったところにある普門院地蔵堂内にあった。

大宮区三橋1丁目、普門院地蔵堂がある角の東側道路沿いにあった。

大宮区櫛引1丁目750南東角にあった。ここの交差点の北隣りを三橋公園通りが通る。南東に下がると櫛引氷川神社がある。正徳4年(1714年)と刻まれていた。人身ではなく髑髏を下げているのは珍しい。

大宮区大成町2丁目、普門院の入り口を入り、左手にあった。庚申の文字が刻まれており、下部に二羽の鶏が見えることから庚申塔だろう。延宝3(1675年)と刻まれていた。

大宮区大成1丁目、八幡神社の北西角にあった。八幡神社は、普門院の南東角を南に下がったところにある。安永9(1780年)と刻まれていた。

大宮区大成町2丁目、普門院を入り左手の方にある。以前に来た時に見落としていた。お地蔵さんのようだが、下に「供養庚申」と彫られているので庚申塔といってよいだろう。
