『白衣の女』2013.9,10

(1)

 コリンズ作、発表された当時は大評判をとったらしい。現在は、あまり有名ではないと思う。

 試しに読んでみたが、上巻の最後の方で、うんざりしてきた。

 結婚に際し、女性(ローラ・フェアリー)の死後の財産の処分内容について、取りきめるところがある。ここで、相手の男性が明らかに女性の財産目当てであることが女性の弁護士に明らかになる。女性は未成年で叔父が後見人になっているので、弁護士はこの叔父の指示に従わざるを得ないのだが、その指示の内容が相手の男性の希望通りにして自分の平穏な生活を乱さないでくれというものだ。これは、女性の希望に明らかに反している。おまけに、女性は婚約者とは別の男性を好きになっている。

 女性が自分の望むようにすればよいだけの話じゃないかと「いらっ」とくる。結婚はするとしても、希望どおりの財産処分の内容にするには、成人するまで結婚を延ばせばよいだけだし。ここで、「自分の父親の望みを果たす」という自分の望みに従って行動しているのだから、これでも「自分の望むようにしている」のかと思いなおす。十九世紀中頃のイギリスの話だけれど、この主体性のなさは、同時代の人間から見てもホントらしく感じられたのだろうか。


(2)

 弁護士が、女性(ローラ・フェアリー)の財産について説明するところで生涯不動産権、生涯財産権というものが出てくる。

 これは、不動産あるいは金融資産から生じる収益を生涯受け取ることができるが、原本にあたる不動産・金融資産そのものの処分権は有しないというものだ。

 ネットで『白衣の女』が『白いドレスの女』という題名で映画化されたことがあることを知り、小説を読む前にこの映画を見ることにした。

 図書館で『白いドレスの女』と言う題名の映画を見たが、内容がネットで見たものとは違う。後でもう一度調べたら、同じ題名の別の映画だった。

 映画の中で、妻が法的に無効となる夫の遺言を偽造することで、法定相続にして、妻が遺産を独り占めするところがある。もともとの遺言は妻と姪が半分ずつ相続する内容で、偽造した新しい遺言も妻と姪が半分ずつ相続するのだが、アメリカのその州の法律で認められていない事項が記載されているために無効になる。遺言が無効になると、遺言が存在しない場合と同じになり、法定相続になる。法定相続では、亡くなった人に子供も親もいない場合には、妻が全部相続する。妹がいるが妹には法定相続権はない。

 この法律で認められていない事項というのが、どうも生涯不動産権あるいは生涯財産権だったようだ。

 英米法系の国にはなじみの権利だが、アメリカのどこの州でも認められているわけではなく、弁護士が見過ごしたとしても、うっかりミスと思われ、作為を疑われることのない権利のようだ。

 チョイ役で爆弾の仕掛け方を説明する男性が、主人公よりいい男で、見たことがあると思ったらミッキー・ロークだった。


(3)

 ローラ・フェアリーには、父親の違う姉のマリアン・ハルカムがいる。

 妹の父親は金持ちで、姉の父親はそうではない。母親と父親は既に亡くなり、ローラの父親の弟の屋敷に二人して厄介になっている(その屋敷はローラの父親から弟が相続したもの)。叔父は独身で子供もおらず、ローラに息子ができれば、その息子がその屋敷を相続する。

 ローラが結婚して屋敷を出ると、マリアンは血縁のない親戚の家に居候していることになる。

 ローラは、結婚後も自分と一緒にいてくれるよう姉のマリアンに頼む。

 中巻34頁以降

 「お願い、私を残して結婚しないって約束して。こんなことを言うのは我儘だっていうことは分かっています。でも、旦那さまを本当に好きになれなければ、独身を続ける方がずっと快適でしょう。あなたは、私以上に好きになれる人はいないでしょう?」

 最近の風潮から、念のため言い添えると、二人は仲のいい姉妹であり親友という以外の感情も関係もない。

 もし、マリアンが裕福な親戚の世話にならないとすると、どこかのお屋敷の家庭教師として住み込むようなことになるのではないか。ここで、『ジェーン・エア』を思い出す。

 ジェーン・エアは美人ではないが、マリアンは不美人だ。結婚相手を見つけられる可能性はもっと低いかもしれない。

 マリアンの日記を見たフォスコ伯爵は、中巻273頁で以下の感想を書きつけている。

 「ここに見て取れる臨機応変の才、思慮分別、類まれなる勇気、驚嘆すべき記憶力、人の性格に対する正確無比な観察力」

 「好運な星の巡り合わせの下であれば、余はハルカム嬢に相応しい人間であったはずである。逆もまたしかり、と言えよう。」

 ただし、伯爵の現実の結婚相手をみるとマリアンとは別のタイプだ。すばらしい人間と思われても結婚相手に選ばれるかどうかは、また別だというのは、現代でも同じように思う。


(4)

 ローラは結婚して姉のマリアンと共に夫(パーシヴァル・グライド卿(準男爵))の屋敷に住む。

 夫の屋敷には夫の友人であるフォスコ伯爵(イタリア人)とその妻も滞在する。妻はローラの父の妹だ。

 マリアンはローラの夫とフォスコ伯爵がローラの財産を狙って密談しようとしているのを知り、それをこっそり聞こうとして、窓から漏れる話声をベランダの屋根で聞いている間、雨に打たれる。

 マリアンは、高熱を出して倒れ、人事不省になる。その高熱はチフスの熱に変わる。

 中巻340頁

 「まことに残念なことですが、」と先生(医者)は切り出されました。「この熱は伝染性のものかもしれません。そうでないと判明するまで、このお部屋にお入れするわけにはまいりません。」

 奥方様(ローラ)は、しばし先生に抗っておられましたが、突如ぱたりと腕を落とすと、前のめりに崩れ落ちておしまいでした。すでに気を失っておいででした。 

 ローラの頼みの綱であるマリアンが行動不能になり、ローラの方がマリアンを助けなければならないときに、気を失って、敵の思うがままの無防備な状態になってしまう。

 自分の意志もろくろくないだけでなく、行動能力もないとは。ほとほと愛想がつきる。

 それにしても、この当時の淑女は、他の小説を見ても簡単に気絶しすぎだ。最初は、この当時何か必要な栄養素が足りていないせいかと思った。しかし、それなら男性や下層階級の女性も同じだろうと思う。女性は可弱い者という世間のイメージに合わせているだけにしては、フリではなく本当に気絶することがよくある。(フリも相当多い)

 もしかして、コルセットの締めすぎでは?と思い、検索してみたら、肯定的な書き込みがみつかった。

 今でも、おしゃれのせいで「しゃなりしゃなり」して「しゃきしゃき」動けない女性はいる。

 ただ、ミニのタイトスカートは微妙だ。「ショムニ」を見てもわかるように、職場ではロングスカートよりよほど「キビキビ」動ける場合もあるからだ。


(5)

 ローラは、マリアンに自分の結婚生活について語る。

 中巻119頁以下

 「自分の全生涯を捧げた男が、その贈り物を大事に思う気が全くないことを告白するのは、女にとってとても辛いことなのです。」

 「あなたの『貧乏』を神様に感謝して下さい。『貧乏』なればこそ、自分が自分の主でいられるのですから。私に降り懸ったような運命から、我が身を救うことができるのですから。」

 「もし、神様が、私に貧乏をお恵みになり、私があの方の妻になれていたら、今ごろはどんなだったろう、と考えていたのです。彼が日々の糧のために働きに出ているとき、私は、粗末でも清潔な服を着て家で彼を待つ自分の姿を思い描いていたのです。彼のために家事をしなくてはと、甲斐甲斐しく働く自分の姿を、またそれ故に、いっそう彼のことを愛しく思っている自分の姿を思い描いていたのです。仕事から疲れて帰ってきた彼の帽子と上着を受け取り、それから、私が作り方を習い覚えた、ささやかな夕食を楽しんでもらうのです。」

 お金なら受けとってくれる人は、いくらでもいるだろう。自分が貧乏を覚悟すれば、よいだけのことのように思う。

 専業主婦願望のようだが、家で夕食を取ることができるような余裕のある働き方で、家族何人かを養えるだけの稼ぎを彼が得ることができるという根拠はどこからきているのだろうかと思う。

 ゾラの『ごった煮』では、夫婦で雇ってもらえるようなお屋敷を見つけることができず別居結婚で、妻が夫のところに泊りに来たら、あらかじめ女房もちと言っておかなかったため、管理人に入居者が女を引っ張り込んだと思われ、夫が借家を追い出されるところがある。

 ローラの夫の屋敷の女中頭は、イギリス国教会の牧師の妻だったが、夫が亡くなったため女中勤めをするようになった。(中巻313頁)

 この女中頭は、雇い主のその妻の扱いに対して憤りを感じて、職を辞することにする。

 中巻383頁

 私の全生涯が、女中勤めだけをして費やされていましたら、このような重要な局面でお役に立つようなことができましたかどうか、自信はございません。しかし私は、自分の感情というものをしっかり持っておりましたし、守るべき主義原則もはっきりしておりましたし、淑女としての教育も受けておりましたので、こういう場合に取るべき正しい処置にためらいを感じるようなことはございませんでした。自分自身に対する義務感、レディー・グライドに対する義務感の双方が、私達二人を恥知らずにも残酷に欺き続けた男に、これ以上仕えることを許さなかったのでございます。

 淑女と言うものが自分の考えをしっかり持ち、それに従って正しいことを毅然と行うものであることがわかってよかった。そうでなければ、他人の稼ぎで養われる寄生虫のようなものだと思う。

 一番唖然としたのは、一生結婚しないで自分のそばにいて欲しいと言った当の相手に、自分が相手と同じような立場だったらできたはずの結婚生活の話をしたことだ。自分が夢見る結婚生活を相手にさせてあげたいとは思わないようだ。自分には好きな人がいて相手にはいないからと言えばそれまでだが。まず、結婚したいと思って、それから相手を探す人の方が多いのではないだろうか。もっとも、自分は好きな人ができたら結婚を考えてみようという順番なので、マリアンが可哀そうと思っているわけではない。


(6)

 マリアンの病状が長引き、ローラの体調も悪くなる。静養のためフェアリー叔父の屋敷に行く途中ロンドンのフォスコ伯爵夫妻のところに寄ることにする。マリアンは先にフェアリー叔父のところに行っているからといい含められる。(実際はローラの夫の屋敷の使われていない部屋にこっそり移されていた。)

 ロンドンのフォスコ伯爵のところで、ローラ(レディ・グライド)は心臓の病気で死亡するが(医師の死亡診断書があるが掛かり付けの医師ではない)、実は病死したのは、ローラに顔がそっくりの精神病院を脱走したアン・キャセリックだった。本物のローラは、脱走したアンが見つかったとして、元いた精神病院に収容される。新たに自分がレディ・グライドだという妄想を抱いているとされる。アンはローラの夫(パーシヴァル・グライド卿)に精神病院に入れられていた。アンはパーシヴァルの重大な秘密を知っており、精神病院に入れられる程度に精神を病んでいたが、秘密を他人に話してその話の内容が信用される程度には正気だった。

 フェアリー叔父には、アンの自分がレディ・グライドであるという妄想によって、迷惑をかけられるかもしれないと、フォスコ伯爵から手紙で知らされていた。

 病から回復したマリアンは、アンがまた精神病院に収容されたことを知り、アンに面会してアンが実はローラであることを知る。マリアンは看護師を買収してローラを病院から連れ出す。

 事なかれ主義のフェアリー叔父はマリアンが連れてきた女性がローラであることを認めない。マリアンとローラは、ローラの母親の墓のところで、ローラと相思相愛のウォルター・ハートライトに偶然出会い、ウォルターとマリアンはロンドンに家を借りてローラを匿い、ローラとして亡くなったのはアンで、ローラは生きていることを証明しようとする。

 ウォルターは、ローラが夫の屋敷を出てロンドンに出発した日が、ローラが亡くなったとされる日よりも後だったのではないかと考える。ところが、ローラが夫の屋敷を出た日をはっきりと覚えている人間を見つけることができない。パーシヴァル卿は事故で亡くなり、ウォルターはフォスコ卿と直接対決して白状させようとする。偶然フォスコ卿の秘密を知り、それを武器にしてウォルターは伯爵に告白書を書かせ、パーシヴァル卿からのローラがロンドンにつく日(死亡日の翌日)を知らせる手紙と駅にローラを迎えに行くのに使用した貸馬車屋の名前を手に入れる。ローラを迎えに行った貸馬車屋の雇い人がグライドという名前を覚えていた。フェアリー叔父も確かな証拠を顧問弁護士に示されローラと認める。

 ウォルターの調査で、アンを逃亡中世話していたクレメンツ夫人から、アンが重い心臓の病気であることが医師の診断でわかったことを知る。自分は、ここで、アンとされているローラを診断してもらい心臓の病気がないことと、アンを診察した医師に回復するような病気ではないことを証言してもらえれば陪審員に納得してもらえるのではないかと思った。確かに眼の前の女性がアンでないことを証明しただけで、アンでもローラでもない第三の人間である可能性もあるが、他の事情も合わせて推論すれば充分のように思えた。


(7)

 ローラの夫のパーシヴァル・グライド卿の秘密とは、彼にはその名前を名乗る資格も土地屋敷を相続する資格もなかったというものだ。

 彼の両親は法律上の婚姻をしていなかった。当時の法律では非嫡出子は準男爵の身分も不動産を相続する資格もなかったようだ。

 彼の父親は遺言も残さず亡くなったが、ローラの相続の説明のところで限嗣相続という言葉が出てきたので、検索したら1837年の遺言法制定によって限嗣相続が廃止されたらしい。パーシヴァルの父親が亡くなったのはそれ以前なので、遺言を残したとしてもどれほどのことをしてやれたのかは疑問だ。

 しかし、この秘密はアンとローラの入れ替えによるローラの遺産相続問題には直接関わってこないので、ローラには最後まで秘密にされる。

 アンの母親は教会の書記の妻で、パーシヴァルが教会に保存されている結婚登録簿に細工をするのを助けたため秘密を知ることになる。

 パーシヴァルは知らなかったらしいが、教区書記の事務弁護士が写しをとっていて、ウォルターは、その写しと原本を双方見て秘密を知る。

 ウォルターが秘密を知ってどう思ったか。下巻217頁

 もしパーシヴァル卿が生きていたならば、〜私の勝手な判断で、隠したり公表したりできる性質のものではなかったのだ。私とて人並みの正直さと道義心はあったので、正当な権利を奪われていた第三者のところに、この発見を伝えていたはずである。

 ウォルターは、そもそも非嫡出子に相続を認めない法律に正義があったのかという点については全く疑問を持たない。財産がないだけでローラとの結婚をあきらめるような人間だから当然かもしれない。

 アンの母親はパーシヴァルが亡くなったのを知り、ウォルターに手紙で秘密について書いてよこす。彼女の考えは以下のようなものだ。下巻226頁

 彼もずいぶん辛い目に遭ったんだな、って思ったんです。両親が結婚していなかったのは彼の落ち度ではなかったし、彼の両親にしろ、結婚していなかったことを別段非難される筋はなかったんですよ。

 結婚できなかった理由とは。下巻224頁

 彼の母親は、彼の父親に会う直前のころは、ノールズベリに暮らしていたんです。娘時代の名を名乗ってね。ところが、彼女は結婚していたんです。アイルランドで結婚したんですが、その亭主というのが酷い男で、妻をさんざんな目に遭わせたあげく、他の女とズラかってしまったんです。

 親が結婚していなかったのは子供の責任ではなく、結婚していない理由も責められるようなものばかりではなく、非嫡出子を相続上不利益に扱うことは正義に反するという考えの方が、今日では有力になっているのではないだろうか。

 自分としては、そもそもお金が欲しければ自分で稼げばよく、相続制度自体止めてしまえばよいのにと思う。遺族の生活は相続制度がない前提で備えればよく、労働政策と保険制度と社会保障制度を充実させればよいだけだと思う。離婚時の財産分与と慰謝料も同様だ。

 パーシヴァルも父親から相続した時は二十歳を少し過ぎたころで、自分で身を立てるようにした方がずっとよかったろうにと思う。本来の相続人がパーシヴァルから相続した時には、東インド会社の貿易船の船長になっていた(下巻247頁)。 


(8)

 「白衣」は「びゃくえ」と読む。最初、自分は「びゃくい」と間違って読んでいた。

 小説を読むとき、心の中で音読してしているので、いちいち「びゃくい、じゃなかった、びゃくえ」とやっているのがめんどくさくなって「はくい」でいいんじゃないかと思ったが、「はくい」だと病院関係者のようになってしまう。

 「白衣の女」とは、アンのことで白い服が好きで白い服ばかり着ている。大人の女性が全身白ずくめの服だと少し目立つ。

 「白いドレスの女」の映画では、白いブラウスに白いスリット入りのスカートの女性が出てくる。ただ、いつも白ずくめではなく、最初の出会いだけだ。英語の原題は「Body Heat」だ。今だったら「ボディー・ヒート」という題名にされそうだ。

 女性が入れ替わっていて、財産(遺産)を巡るミステリーという点が「白衣の女」と共通する。邦題をつけるときに「白衣の女」を意識していたのだろうか。勘違いして見てしまったのは自分だけだろうか。あるいは、逆の感違いもあるのだろうか。

 ところで、いつも心の中で音読するわけではない。心の中でも黙読するのは、早く読んでも意味がつかめる文章の時と退屈で寝そうになっているときなどだ。

 それから、かなり以前に同じ職場で黒ばかり着ている女性がいた。いつもおしゃれな服で、多分黒がおしゃれな女性の着る服の色だというポリシーがあったのではないかと思う。




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