『ミス・マープル』2013.12

(1)

 ミス・マープルは、短編集を読んだけれど、長編を読んだことがなかった。

 推理小説というよりは、ミス・マープルが生きている世界を体験するつもりで読んでみた。

 「イギリスに原子力発電所をつくるとしたら」とか「原子爆弾の投下」の記述が出てきたので意外な気がした。書かれた年を知ると、第二次世界大戦を経験していて何の不思議もないことがわかる。

 十九世紀の小説の世界と比べてみると家事使用人の変化が大きい。お茶の時間の習慣は変わっていないようだ。現在のイギリスのオフィスではどうなっているのか気になる。


(2)

 『鏡は横にひび割れて』で、ミス・マープルは甥が病後に雇ってくれた付き添いの女性とうまくいっていない。付き添いの女性がミス・マープルを必要以上に年寄り扱いにして、干渉しすぎなせいだ。

 付添人は不要なほど元気になったが、年寄りの一人暮らしを心配され、医師にもう付添人は不要と言ってもらうことができない。

 ミス・マープルの村はロンドン近郊ということで新しく住宅が建つようになり、そこの住民の奥様方が通いで他家の家事の手伝いに出るようになり、ミス・マープルの家にも一人来ている。

 その女性は、夫が大きな音で音楽を聴くことで隣人から苦情がきたために、長屋形式の新住宅に嫌気がさして、夫婦でミス・マープルの家に住むことを申し出る。

 ミス・マープルは、これで自分の問題も解決するので承知し条件をいくつか詰めることにする。

 どういう内容の取り決めにしたのかまでは書いていない。昔なら住み込みの夫婦ものの雇い人を置くということになるのだろうが、夫には別に仕事があるわけで、夫との部屋貸しの賃貸契約と妻との家事の請負契約あるいは雇用契約になるのだろうか。

 当時のイギリスの賃借人の権利内容はわからないが、ミス・マープルが亡くなり、その後もこの夫婦が住み続けたいと思ったときは、この取り決めの内容が問題になりそうだ。


(3)

 私立探偵なら、殺人事件と多数の関わりを持つのに不思議はない。

 ミス・マープルはどうやって殺人事件と関わりを持つのか。

 長編第一作『牧師館の殺人』では、自宅隣の牧師館で殺人事件が起こる。ミス・マープルも重要な証人となる。

 次の『書斎の死体』では、死体が発見された屋敷の女主人から友人として事件の解決を依頼される。

 長編第三作『動く指』と四作『予告殺人』では、しばらく物語が進んでから「専門家」としてお呼びがかかる。

 第五作『魔術の殺人』は、イタリアの学校に行っていた時の友人から依頼を受ける。事件発生前に何かありそうだからということで依頼を受けるので、物語冒頭から登場する。

 第六作『ポケットにライ麦を』は、以前の家事使用人が殺害された記事を読み、事件があった家を訪ねる。

 第七作『パディントン発4時50分発』は、友人が殺人事件を目撃したが、死体が発見されず警察の捜査が開始されないので、自ら死体の発見に乗り出す。

 第八作『鏡は横にひび割れて』は、『書斎の死体』で死体が発見された屋敷で殺人事件が起こる。屋敷の持ち主は当時と変わっているが、捜査担当の警官がミス・マープルのことを知っているので知恵を借りにくる。

 第九作『カリブ海の秘密』は、カリブ海に旅行に行き、旅先で殺人事件に遭遇する。病死として処理されそうになったが、被害者との会話の内容から殺人事件と考え自ら謎の解明に動く。

 最後に発行された『スリーピング・マーダー』は、謎を抱えた女性がたまたまロンドンでミス・マープルと知り合いになったのが縁で事件に関わる。しばらく物語が進んでからミス・マープルが登場し、ミス・マープルが事件に関わることになった事情について印象が薄い。

 書かれた時期が第三作が書かれた頃と知って、「やっぱり」と思う。


(4)

 長編第十作『バートラム・ホテルにて』では、甥からカリブ海の次にロンドンのホテルでの滞在をプレゼントされ、そのホテルで事件に遭遇する。

 第十一作『復讐の女神』では、『カリブ海の秘密』で知り合った富豪から事件の解決を依頼される。

 事件の解決に成功し、富豪から二万ポンドを受け取る。ミス・マープルは、そのお金を投資して増やすこともせず貯蓄もせず、当座預金に振り込んでもらい、そのお金を使って「おもしろいことがしたい」と話す。

 『カリブ海の秘密』と『復讐の女神』は三部作のうちの二作とされ、残り一作は作者の死によって書かれずに終わった。

 三部作の最後で、お金をどんなことに使ったのかが書かれる予定だったのではないかと思う。

 今まで、作者の死によって書かれる予定だったものが書かれずに終わって残念な思いをしたことがいくつかある。

 下村湖人の『次郎物語』、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』だ。

 老人が主人公の小説は少ない。普通の生活をしていた人が、年を取ってから思いがけずに大金を手に入れたときにどんな事をするものか読んでみたかった。




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