北浦和公園の正面入り口から入ると埼玉近代美術館まで、まっすぐの通路が通っている。
左手に木立が広がり、その幹の間の奥の方にベンチが5つほど横に配置されているのが見える。ベンチの後ろには、ベンチに沿って並 木が続いている。背後を並木の壁に守られた落ち着きが感じられる空間になっている。
通路を美術館に向かって歩きながら、あなたがベンチに座っている様子を思い浮かべてみる。私が来るのを待ちながら、目を通路に向 けている。それとも、美術館のロビーで待ち合わせて、私が、ベンチであなたが来るのを見ていようか。
その日は、晴れるといいね。
「あの家が、けい子ちゃんの生まれた家だよ。」
子供のころ、家族5人を乗せて車を運転していた父が教えてくれた。
上のお姉ちゃんと真ん中のお姉ちゃんの生まれた家も全部違うらしい。
今のお父さんとお母さんが、よその家の子供をあちこちから、もらってきて育てているのは、すごいことだけれど、なぜなんだろう。
本当のお父さんとお母さんはどんな人達なんだろう。あの家を訪ねて会って確かめたらだめなのかな。不思議に思ったけれど訊けずに黙っていた。
大人になって、単に、両親が引っ越して歩いていただけだと自然にわかった。今は、あの時、黙っていて本当によかったと思う。話していたら、姉たちに思いっきり馬鹿にされただろう。
「久しぶりだね。どうしてたの?」
「別に。特に話すような面白いこともないよ。」
「いつも、朝、何時に起きるの。」
「7時くらいかな。」
「起きたら、まず何をするの。」
「トイレに行って、顔を洗って、歯を磨いて。」
「先に、顔を洗うの?」
「いや、歯を磨くのが先かな。つまり、普通誰でもすることだよ。こんな話おもしろくないだろ。」
いいのよ。小学生の書く下手な作文で。朝起きて、それから何をして、かにをして。順番につまんないことでもなんでもあなたのことが知りたい。
同じクラスで、毎日顔を合わせて、同じ経験をして。
でも、今、目の前にいるのは、私の知らない仕事をして、私の知らない人と会っているあなただから。
「おまえ。いま、どこにいるの。」
「私なら、あなたのすぐ横にいますよ。」
「あと、どのくらいでこれる。」
「もう、きていますよ。」
「あ、ごめん。かけなおす。なんか、横に変なおっさんがいるから。」
変なおっさんって俺のことかな。いきなり、見ず知らずの人間に話しかけたり、一人で大声出しながら歩いている方がよっぽどおかし いだろうに。
三十年ぶりに娑婆に出てみたら、浦島太郎で白髪のお爺さんとは、こういうこったな。
「そんなに、誰かと話したいなら、目の前の俺と話せよ。」
いけない、いけない、俺も一人で大声出しちまったよ。騒ぎを起こす気はないから、警察は呼ばんでくれよ。
私は、墓碑銘ライター。
ちょこちょこっと文章書くだけで、お金になるなんて楽でいいねって。そんなことはありません。その人の全人生、最終的に獲得した人生観を、もっとも的確に、格調は高いが平易な文章で、かつ詩的に、そして、ちょっとミステリアスに表現するため、生前に本人から、あるいは、死後、故人を知る人から、じっくり話を聞くので、表に出ない時間と労力は半端ではありません。
相手の話を理解するための普段の勉強も欠かせないし。
報酬は、何万円から何百万円といったところ。依頼者の資力とこっちの労力の兼ね合いで決まるかな。
「おまえ。就職決まったか?」
友人の一言で、現実に戻った。他人の人生の総括より、まず自分の人生だ。
明日は、みんなが楽しみにしていた遠足の日。クラス会で先生が注意事項を話していた。
するとA君が、「先生。明日は、行列をして歩かないで、早く歩きたい人は、早く歩いたらだめですか。」と、突然言い出した。続けて「早く着いた人は、それだけたくさん遊べるし。たくさん遊べる人が、たくさんいた方がいいと思います。」
みんなは、それもそうかなとざわざわしながら、B君のほうをそっと見た。いつもB君にあわせて歩くとのろのろになる。
先生は、困ったようにもじもじしている。
そうしたら、C君が「先生、僕は、A君ともB君とも、一緒におしゃべりしながら歩きたいです。」と言った。C君は、クラスでかけっこも相撲も一番だ。
それを聞いてA君も恥ずかしそうに「そうだね。僕もだ。やっぱり、その方がいいと言おうと思っていたんだ。」と言って、頭をかいた ので、みんなは、笑い出した。
俺も、もう二十六歳だから結婚とか考えた方がいいのかな。でも、高校の時、同じクラスで、部活のマネージャーやってた彼女のことが気になって。彼女って言っても、付き合ってもいなかったが。
大学に入って、全然会う機会がなくなったら、すごく寂しくて、俺は、あいつのことが好きだったんだなと気づいても、もう遅いわけで。
あれ、占いの人がいるな。どうするかな、試しにちょっとみてもらおうかな。
みてもらって、勇気がでたな。さっそく明日彼女の実家に電話してみるか。
それにしても、占いの人、暗くて顔がよく見えなかったけれど、声とか雰囲気が彼女に似ていたな。それだけ、彼女のことが、気になってるってことかな。
三十年以上使っていたアイロンが壊れたので、新しいのを買った。コードレスアイロンだ。使っているうちに冷めるので、台に戻して温めなおしながら使う。これって、電気のない時代のアイロンと同じじゃないか。時々、熱源の上にアイロンを置いて温めなおしながら使うところが。いわゆる先祖がえりってやつかな。
そういえば、メールも。昔は、巻紙に書かれていて、横にスクロールさせて読んでいった。今の手紙は、縦にスクロールさせて読んでいく。
それで、昔は、三十一文字に凝縮して書いたのが、今は百四十文字以内にするのだとか。
移動するのも、乗り物にのっていたのが、歩道を歩いて。というか、本当は、歩道が動いているんだが。
さいたま市中央図書館で、本を借りてから、帰ろうとしてエレベーターに乗った。
扉が閉まる寸前に、二、三歳くらいの子供とそのお母さんが、飛び込んできた。
途端に、子供が、「アンパンマンが見たい」とぐずり出した。すると、母親が、「家に帰ったらね。図書館は閉まっていたでしょ」と懸命になだめている。
これは、どうしたものか。「開いているよ」と教えてあげたものか。それとも、急いで帰りたいので、そういうことにしているのか。
子供の時、母親が父親にかかってきた電話に居留守を使ったら、姉が、私が「いるよ」って言ってしまうよ、と言ったのを思い出した。
余計なお世話か親切か。この二択は、本当に難しい。
夫が亡くなってから、夫あてに同窓会の案内状が届いた。夫婦同伴で、本人が亡くなっていたら、配偶者のみの出席でもいいらしい。
生前、級友との思い出をいろいろ聞かされていたので、出席することにした。
ところが、誰も夫から聞いていたエピソードを覚えている人がいない。本人が、昨日今日のこととして話したとしたら、夢でも見ていたんじゃないのかと、言われそうな状況である。そもそも、学校の外で会ったこともなかったらしい
思い出と夢の記憶の違いは、他人と同じ記憶を共有しているかどうかかもしれない。
相手に確認しなければ、区別がつかない。それなら、夫との思い出も、これからも新しく作っていけるのかもしれない。
公園に来てお腹が空いたので、近くのコンビニでかっぱえびせんを買って、ベンチでポリポリ食べていた。
すると花壇の間から大型犬を連れた中年の男性が現れた。男性は、遊歩道の出口に立ち止まって「止まれ。待て。」と大声できびきび指示を出した。犬は即座に指示に従って、腰を落とそうとした。
それを見て、思わず持っているえびせんを犬の目の前に放ってみたくなった。
犬は、それに飛びつくんじゃないか。ちゃんと指示を守るのか。
さすがに大人なので、投げずにそのまま食べ続けたが、物珍しくてついじろじろ見てしまった。
見知らぬ小さい子に、じっと見られてお菓子を差し出されたことがあるが、あれはどういう意味だったのだろうか。
今朝、夢を見た。初めて利用する駅が、ホームに入る際に靴を脱ぐようになっていた。
靴を脱いで、少し歩きだして、このまま行くと、電車を降りて用を足して戻ってくるまで裸足だと気づいて靴を取りに戻った。
長いホームの途中で、いったん靴を履くところがあって、近くの若い男性が、右足と左足と違う靴を持っているのに気付き、そのそそっかしさに気落ちしていた。
自分も片方スリッパを持っているのに気付いた。他人に迷惑かけていないだけましだが。
余裕を持って家を出たのに遅刻しそうだと思ったところで目が覚めた。
目が覚めて、ありそうなことだと思った。靴を脱ぐ駅じゃなくて、片方スリッパを持ってきてしまうところが。
やれやれ。
人生で一番古い記憶が、何歳のものか話題になったことがある。
小学校入学前だと、記憶にある出来事の中に年齢の手掛かりになるものがない。
それに、何度も思い出さないとだんだん忘れていく。今覚えている小さい時の記憶も大きくなって思い出した時の記憶かもしれない。
夢に見たことか、実際に起こったことかよくわからないものもある。
相手がある出来事で、相手も覚えていれば、思い出話をして確認できる。その相手との体験でなくても、共通の記憶を持っていれば、思い出話はできる。昔テレビで見たアニメとか。
今は連絡がない友人も、自分のホームページを見てくれていたら、記憶に留め続けてくれるのかもしれない。
ロビーコンサートに行ってみた。
最後に、坂本九の「上を向いて歩こう」が演奏された。会場では歌詞を書いた紙も配布されていた。
隣の人は、はじめは唸っていたのが、途中から紙を取り出して歌っていた。自分は、歌声が隣に聞こえるのが嫌で黙って聞いていた。
歌詞を改めて見ると、思い出す春の日も夏の日も秋の日もひとりぼっちの夜で実にさびしく悲しい。冬にはどうなったかわからない。
明るく前向きで積極的な歌のイメージだったので意外な気がした。
帰り道一人だったので、遠慮なく歌いながら帰った。ただ、後ろから車に引っかけられないよう、後ろを振り向きつつ帰った。
人生とは、なかなか歌のようにはいかないものだ。
有名な曲だ。子供のころからずっと好きだった。
「若かったあの頃なにも怖くなかった。ただ、貴方のやさしさが怖かった。」
あなたに嫌われるようなことを言ったりしたりしやしないかという不安があって、怖いのだと思っていた。
テレビを見ていたら、作詞した男性の気持ちは全く別だったとわかった。
どうやら、同棲相手のやさしさに甘え、その居心地のよい生活に安住して、このままずるずると何もせず時が過ぎていくのがこわかったという意味らしかった。
衝撃を受け、思わず、もうひとつの好きな歌を思い出してしまった。
「男と女の間には深くて暗い川がある。」黒の舟歌である。 あるいは、世代の断絶で知らない人も多いだろう。
飲むのにも飽きて、百人一首をすることになった。
北海道にいた時は、板カルタを使ってよくやったものだ。北海道では下の句読みの下の句取り、句を覚える必要がないかわりに板に書かれた字を覚えなければならない。
ところがここは、本州の大学の寮。
やってみると、北海道勢はほぼ全滅。当然だ。暗記している句はほとんどないから。
この勝負でお開きということになり、最後に一矢なりとも報いたいと思い、一句に狙いを絞ることにした。
自分の好きな句で全部覚えているのが一首だけある。
並べられてから、ずっとそのカルタから目を離さない。なかなか読み上げられずにじりじりするとともに緊張が高まる。とうとう最後の一枚。運もない。
珍しく朝からボタ雪が降り続いている。木の枝に雪が積もり木肌の黒と雪の白のコントラストが綺麗だ。
北浦和公園に入る前に雪はほとんど止んでいたが傘を閉じるのも面倒でそのまま差していた。
木の下を歩いていたら突然上から傘の上にどさどさっと落ちてきたものがあった。雪の塊だろう。結構な衝撃で傘を差していなかったらと思うとひやっとした。高層ビルの下を歩く時に気をつけるのと同じことだ。落葉樹で葉がなければともかく、常緑樹で葉が繁っていると結構な塊で落ちて来る。
一年の半分雪があるところに長年いたので雪道の歩き方には自信があったが、これは盲点だった。まさに足元をすくわれたといったところ。すべって転びはしなかったが。
細い遊歩道を歩いていたら、向かい側から犬を散歩させている人が近づいてきた。
その犬の目が「すわっている」と言う感じで、小さい犬なのに飼い主が引っ張られる勢いで気味が悪い。
すれ違う時、向きを変えてこちらの方に来かかったので、飼い主に引き戻された。
少し歩いてから、犬にも「もてる」ということかなと思って気持ちをとり直し、振り返って見たら、その犬の様子が、おしっこをしてホッとしたとでもいう感じだ。
もしかして、おしっこをしたくて速くできる場所に行きつこうとして必死の形相という状況だったのか。
ということは、電信柱の代わりとでも思われたのか。別の意味で危なかったと思うと共に勘違いも甚だしくちょっと恥ずかしい。
毎朝6時に起きる。
夏だとすっかり明るくなっているが、冬だとまだ暗い。でも習慣を変えると調子が狂うので年中同じ時間だ。
夏には目を覚ましたら最初にベットから手を伸ばしてカーテンを一気に引き日を入れる。冬だとまだ外が暗いのでカーテンは閉めたままだ。
灯りは消して寝る派なので、起きると真っ暗な中で壁の電灯のスイッチを押す。寝る前にスイッチの前に物を置いていたので手がなかなか届かずにバランスを崩して転んでしまった。
今朝偶然手がカーテンに触れて少しカーテンが開いた。空いたところから一筋の光が差した。街灯の明かりだ。街灯は道だけではなく家の中まで照らしてくれているのに気付き心も明るくなった。