浦和区領家6丁目12南東角、県立浦和高校の北方向、針ヶ谷小学校の南東方向にある。ここの三猿の左右の猿は背中あわせになっている。
お堂の方は昭和56年に再建されたようで、正面欄間に三猿が彫られている。

浦和区大東3丁目大東北公園の塚の上にあった。赤山街道沿いらしい。現在赤山街道といっても細い裏道だが、与野駅から東浦和駅まで最短距離で歩こうとすると自然にこの道を辿ることになる。

台座部分に三猿が彫られているが、葉の影になりよく見えなかった。踏まれた鬼が顔を上に向けている。
浦和区元町1丁目、八雲神社境内に2基あった。

これは、向かって左端の塔だ。

こちらは、向かって右から二つ目の塔だ。右側面に延享3(1746年)と刻まれている。

浦和区領家6丁目19南東角、県立浦和高校の向かい側の角にある。享保4(1719年)と刻まれていた。

浦和区大東1丁目29の北東角、神明神社の鳥居に向かう通りの角にある。右側面に寛政元(1789年)と刻まれていた。

浦和区瀬ヶ崎2丁目、東泉寺の山門の向かって左側に2基あった。向かって左の塔の右側面には「交通安全」と刻まれており、新しい庚申塔のようだ。右側の塔は「庚」の部分が剥がれ落ちたらしい。

浦和区瀬ヶ崎1丁目、東泉寺の山門の向かい側に東泉寺墓地があり、その墓地の中にあった。元禄16(1703年)と刻まれていた。

浦和区瀬ヶ崎2丁目、東泉寺の西隣の三嶋神社の南西角にあった。金網の塀の外にあり、すぐそばまで行くことはできない。

浦和区領家3丁目14西側、南箇公民館の向かい側にあった。

浦和区大東2丁目4の南角、大東1丁目との境に石塔4基並んでおり、右端が庚申塔だった。宝永3(1706年)と刻まれていた。
