久しぶりに「長靴下のピッピ」を読み直してみて記憶違いに気づいた。
ピッピの中に出てくるエピソードだと思っていたことが、載っていなかった。
奥様が新しく雇ったメイドに、これまでのメイドの名前と同じ名前で呼んでもいいかと尋ねたら、メイドがこちらもこれまでつかえていた奥様と同じ名前で呼んでもいいかと切り返すエピソードだ。
奥様の提案を読んだときには、いい方法だと思ったが、メイドの答えを読んで、自分の考えが間違いだと思い反省した。やはり、人の名前を覚えて間違いなく呼ぶように気を付ける負担から自由になることはできない。
それでは、どの本に載っているのかと考えたが、思い当たらない。あきらめていたら「ちくま文庫」の「ザ・ベスト・オブ・サキT」の「セプティマス・ブロープの秘密な罪悪」にメードを本名ではなく自分がつけた名前で呼ぶ奥様が出てきた。
「メードらしくない名のメードを雇い入れると、わたし、いつもジェーンと呼びますのよ。すぐそれに慣れますわ」
ただし、話している相手は客として滞在していた奥様で、返事はこうだ。
「名案ですわね、それは」「あいにくわたしもジェーンと呼ばれるのに慣れてますのよ、わたしの名前がジェーンですから」
自分が読んで覚えているのは、別の話になるが、雇い主の奥様がメイドの名前を自分でつける風習は、実際にあったようだ。そうなるともう一度読もうと思って探す対象は19世紀末から20世紀初頭のイギリスの小説ということになりそうだ。
それから、大分以前にサキの短編集は、新潮文庫、岩波文庫、講談社文庫と三冊読んだが、どれにも「セプティマス・ブロープの秘密な罪悪」は載っていなかった。
『2015.7.27(月)ごみの廃棄』
どこから話せばよいものか。
姉から数年ぶりに電話があった。母親が胆石で入院してこれから手術を受けるという。母親は姉の家に同居しており、しばらく姉の家に滞在してほしいとのこと。
姉の家に行き、数年ぶりに母の部屋に入って驚いた。片付いていない物がありすぎる。最初は急な入院などのため一時的なものかと思ったが、姉の話を聞くと自分の部屋以外にも納戸、天井裏、物置に母の物がたくさんおいてあり、ほとんどが価値のないものらしい。
リフォームしようと思いとっておいた布類が多く、とにかくいろんなものを捨てずに溜め込んでいる。あまりの執着心に驚く。
母の入院中にかなり片付けたが、途中で母が退院して帰ってきた。とにかく捨てたくない母の態度に短気を起こし、母も元気そうなので、姉の家からさいたまの自分の家に帰ってきた。
母のおかげで、いままでふんぎりがつかずに捨てずにいたものを捨てる決心がついた。
古い洋服ダンスは、市に連絡して540円のシールを貼ってすてた。組み立て式のスチールの書棚は分解しても170センチの長さの板は粗大ごみになり540円のシールを貼って捨てることになる。
「しかし・・・」と思う。スチール製だから有価物ではないか。最近気づいたが、ごみ置き場から、市から委託されている業者が収集する前に、金目のものを物色して持っていく人がいる。ごみ置き場に置いておいたら、持っていくのではなかろうか。試しにおいてみたら、市が収集する時間前に消えていた。底板のかなりさび付いていた板だけ残っていた。
紙類も早めに出しておくと市の収集時間前に消えていることが多い。
母と姉が住んでいるのは人口30万人くらいの地方都市で50センチ以上は粗大ごみになり、新聞紙とダンボールは地域で集めてリサイクルするが、それ以外の紙類と布類は再生資源にならずに有料のゴミ袋に入れて廃棄しなければならない。捨てる決断が難しいだけでなく、捨てる作業も簡単ではない。
リサイクルもそれなりの市場がなければ、なりたたないが、首都圏とそれ以外ではかなり事情が違うようだ。