俺が公園を通ったのは特別な理由ではなく、いつもの帰り道だったからだ。
いつものように学校の帰り、途中で私服に着替えて適当に遊んで帰るいつものパターン。
だから運が悪かったと言えなくも無い。
日常の中でも交通事故なんかの話は良くあるし、発砲事件だって新聞の記事で読んだ事がある。
でも、いきなり非日常と非現実が手を組んで襲って来るのは『運が悪い』の一言で済むのか?
俺の前に座る『非日常と非現実』の少女を見ながら、俺は答えの出ない問いを考えていた。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 その2
公園の中を横切って帰る俺の頭上で奇妙な感じがして、顔を上げると白いパンツが降って来た。
………訂正、俺の前にショートカットの金髪美少女が俺を飛び越え、文字通り降り立った。
場所は丁度、公園の開けた場所。
俺の目が変でなければ、俺の頭上には少女が飛び降りる為の建物は存在しない。
日が沈み、月が照らす公園に何処からか飛んで来たとしか思えない登場の仕方だ。
もちろん俺は気にしないが。
人の事は人の事とばかり、気にせず立ち去ろうとした俺の背後から日本語でない言葉が聞こえた。
続いて銃声が立て続けに響いた。
俺の前にいた少女が片手で俺を掴んで横方向に放り投げる。
投げ飛ばされながら俺が見たものは銃弾を避けるように動く少女と、銃と長剣を構えて少女を攻撃する黒服の男。
数メートル離れたフェンスに受け止められ俺が地面に、ずり落ちるまでの間に二人が数度交錯し距離を離す。
時間にすれば数秒だっただろう。
さすがの俺も自分が危険であれば面倒だとは言えない。
「めんどくせぇ事になったな」
一言ぼやいて、公園の出口に向う俺だが奇妙な壁に阻まれた。
見えない壁が俺の脱出を阻んだのだ。
「なんだ? こりゃ?」
触れる事が出来ないのに進めない状況に、他の出口を探そうと振り返った瞬間、投げられた………今度は黒服に。
宙を飛びながら、俺より小さな少女に投げられるよりはマシかな、なんて浮かんだが、それも一瞬の間だ。
次の瞬間、俺は地面に激突………しなかった。
何か柔らかいものが俺を受け止めた。
しかし少女に受け止められたと気付く前に、俺の身体に奇妙な衝撃が伝わった。
ズブリと言う音と冷たいような熱いような塊が俺の身体を抜けていく感触。
俺を受け止めた少女の身体が微かに震えて、俺の口に何かが競りあがってきた。
鉄錆味の温かいモノが。
ソレが自分の血で、俺ごと少女を貫いたのが剣だと少女の背から見えた血まみれの輝きに気付いた瞬間。
ゾンッとしか表現できないような衝撃と感触が、俺の身体を突き抜け背後から男の呻き声が聞えた。
『ヴァンパイア』
男の言葉は日本語では無かったが、それだけは聞き取れた。
その言葉を最期に男は沈黙し、誰かが倒れるような音が俺の背後で響いて辺りは再び静かになった。
少女の顔を見ると、容姿以外の特徴がハッキリ見えた。
紅い瞳に八重歯にしては長い牙。悪い夢にしては現実感が有り過ぎるし、身体に空いた穴からは温かいモノが抜けていく感じがする。
ショックで麻痺してるのか、今は、あまり痛みを感じないのが救いだが、いずれ激痛に変りそうだ。
少女の腕に貫かれたまま支えられている俺は、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「まだ、息があるのか………運が良いのか悪いのか。それとも私の血に触れた所為か」
少女が俺の顔を見上げながら呟く。
勝手に殺すなと言いたい所だが、死に掛けてるのは本当だから何も言わず少女を見る。
「………こうなっては、人間の医療では助からぬ。かと言って私には助ける事は出来ぬ」
紅い瞳が淡々と俺に語る。
まるで自分に言い聞かせるような口調で。
「私に出来る事は速やかな死を与える事だけだ。代価として少し血を貰うがな」
少しだけ俯いて俺から視線を外し少女は話し続ける。
「私の血に触れ、眷属となる可能性がある死体を残す訳にもいかぬ。吸い尽くして心の臓を貫けば灰に変わり塵と化す」
俺は何か言おうと口を開けるが言葉の代わりに紅い液体が滴り落ちた。
「私がせずとも『教会』が死体を処分するだろう。これが勝手な言い訳に過ぎない事も承知している。だが………」
そう言って少女は俺を抱き締め耳元に囁くように呟いた。
「悪いな………眷属を増やす訳にはいかぬのでな」
言葉と共に少女の牙が俺の首筋に………突き立つ前に俺は首を振って顔の位置を変える。
さっきから黙って………と言うより満足に喋れないからって好き勝手言いやがって!!
「………ふ………けや………ごほっ」
喉に血が溢れて喋りにくい………が、俺の苛立ちは収まらない。
「無駄だ。まだ動けるとは驚いたが、あがけば苦しみが長引くだけだ」
俺の頭を捕らえて、眼を合わせ語りかける少女。
合わせた眼から何かの力が流れ込んでくるようだが、俺にはヤル事が有る。
俺は死ぬ、言われずとも判る。
あがけば苦しいだけ、知ってる。
だからこそ思いついた衝動的な欲求。
「………ふざ………ける………なっ!!」
俺の振り絞った声に驚いたのか、俺の頭を押さえていた手がゆるむ。
チャンスだ、どうせ死ぬなら………
「吸われて死ぬ前に………」
俺は最後の力を振り絞って少女を抱き締めた………いや、押さえつけた。
「!?」
驚愕する少女の表情を一瞬だけ視界に入れて、搾り出すような声で思いつきを宣言し実行する。
「お前の血を吸ってやる!!」
俺の行動に一瞬硬直した少女の首筋に噛り付き、流れ出た血を啜ってやる。
「あぁ!? 何を………何をしている!?」
驚愕の声が耳に響く。
まさか人から吸われる立場になるとは思いもしなかったのだろう。その声と口の中に広がる血の味を感じながら俺の意識は暗闇に沈みこんだ。
2話目です。天(総真)に何が有ったのか、語ってみました。
吸血鬼モノに見せかけて、人外ワールドな世界です。
お楽しみ頂けたら幸いです。
世界設定 その1
現代です。200X年です。フ○イト/ス○イ○イトが発売されてます。
『教会』 『人』と『人外』の境界を守護すると自負する一派です。
某有名なバチカンの人達の組合を総称して教会と呼びます。