「7日か」
「七度、陽が昇り沈むまでが人としての天の寿命だ。八度目の朝日は『人間、夜伽総真』には来ない」
まだ少し顔の赤いリュミエールを見ながら、俺はリュミエールの言葉を思い返していた。
「今日を入れれば8日じゃないのか?」
「………今日を除いて7日だ」
俺は「普通、そこが気になる所か? いや、気にするな私」と呟くリュミを見ながら注文の品に手をつける前に、
「ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
目の前にあるフィレステーキに、ナイフを入れながら聞いていなかった事を尋ねた。
「何故、助けた?」
「………普通はもっと先に聞くべき質問だが………私が天を助けたのはお前に興味が出来たからだ」
「恋? 一目惚れ? 俺に惚れたか?」
「………違う。私がお前を助けた理由は――」
「じゃあ、実験材料か」
スープを口に運びながら、俺がサラリと呟いたのを聞いてリュミエールが微妙な笑みを浮かべる。
「最初はな………」
そう呟いたリュミエールの眼は、熱を帯びたように潤んでいた。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 その4
「吸血種と分類されるモノの共通の特徴とは
『血の力を己の力に変換』
『己の属性に近い眷属を血によって増やす』
『夜の闇により力を得る』
事が出来るモノを指す」
そう前置きしてリュミエールが説明を始める。
さすがに研究者らしく、講義を聞いているみたいだ。だるい………
「普通、私の血を与えても、あの傷では肉体は死を迎え、死者として眷属に成るしか道はない筈だった」
「俺の身体に開いた風穴の一つは、お前が空けたんだよな」
「うっ………と、とにかく人としての生は終わる筈だったのだ。ところが信じられない事が起きた」
俺のツッコミにリュミが少し動揺するが説明を続ける。
俺は坦々麺を啜りながらリュミエールの講義を聞いていた。
「肉体の再生が驚異的な速さで始まったのだ。しかし今まで私の血に触れたものが、生きている内に血の力で回復した事は無い」
追加注文で、やってきた炒飯をパクつきながら、リュミに視線で聞いている事を伝える。
要するに、リュミの血の力って奴は生きている人間には効果を発揮しない………発揮した事は無かったと言う事か。
「私の力は特殊でな、眷属に変る事に身体が耐え切れず、ほぼ100%生物的に死に、眷属………死者として蘇る」
「今までの実例から判断した」とのリュミエールの言葉に、うどんを啜りながら適当に相槌をうつ。
俺の態度に、なんとも言えない表情を浮かべてリュミエールが溜め息を堪えるようにしながら話を続けた。
「………死んでいれば眷属になるしかない。だが天は死ななかった。だから私は天を殺さなかったのだ」
俺はコップの水を少し口に含んで、リュミエールの言った事を少しだけ考えてみる。
「つまり、死ぬ前に傷が治ったので俺は生き残ったという事か」
俺の言葉にリュミエールが頷く。
「更に、私の血を流した事が興味を惹いた。人間が私に傷を負わせたのは天が初めてなのでな」
「??? その前に、俺ごと剣で貫かれなかったか?」
「あの剣は『教会』特製の祝福された剣でな。多少の傷を受けるが、ただの人間が私に傷を付けることは出来ぬ」
「俺は噛み付いたが?」
俺の言葉に懐からナイフを取り出すと、軽く振り上げてリュミエールは自らの腕に振り下ろした。
パキン
ナイフはリュミエールの皮膚を傷付ける事無く砕け、破片が俺の前に突き立つ。
俺は邪魔な破片を抜くと食事を続ける。
「このように私の身体には一種の障壁――魔法障壁――が張られている。普通の方法では傷も付かぬ。だが………」
俺をじっと見つめるリュミエール………多分『魔法』とか『障壁』とかの質問を期待しているのだろう。
が、俺が視線を気にせずに天心飯に手を伸ばすと、リュミエールは溜め息と共に、考え込むように呟く。
「聖剣越しとは言え繋がっていた所為か、私の血に触れた事が原因か、私が吸血の瞬間だった為か………」
目の前の料理を粗方片付けてデザートに取り掛かる俺をチラリとリュミエールが見る。
ま、傷付けられぬ筈の自分の身体を傷付けた人間が珍しいという事か。
「天のような人間に会うのは――話をした今では、色々な意味で――初めてだ。よって生かす気になった」
偉そうに告げる言葉に、俺はカップの珈琲を飲み干してから改めて尋ねた。
「具体的には俺をどうするつもりだ?」
「私の血との相性が良いのなら、私の力とも相性が良い筈なのだ。よって、私は天を新たな真祖にする事が出来る」
「ふぅーん」
「ふぅーんって………」
俺の投げやりな返事に、リュミエールは真祖の能力の素晴らしさを俺に説こうとするが、
「いや、興味ねぇし」
「………………」
一言で切り捨てた俺の言葉にリュミエールが暫し呆然とする。
世間一般では、不老不死なんてモノを欲しがる奴は結構居るんだろうが、俺は別に欲しいとは思わない。
退屈な人生が延びるだけなら必要ないと思う。
まぁ面倒が増える事は間違い無さそうだから余計に………な。
「とりあえず、怪我が治ったんだし、問題は無いんじゃないのか?」
「私の血の影響は身体に潜伏している。その潜伏期間が7日と言う日数だ」
リュミの説明では、血に触れればかなりの確立で、吸血時の接触で僅かながら眷属になる可能性が有り、
死者なら眷属に、生きていても7日後には肉体が死に眷属になるらしい。
身体の傷が治ったと言う事は、間違いなく俺の身体にリュミエールの血の影響が有るという事だ。
「ウィルスみたいなモンだな」
「病原菌と同じ扱いは不快だが、言い得て妙な所もある。他の吸血種にはウィルス感染で増える種も居るからな」
リュミエールの説明によると厳密には真祖の数だけ吸血鬼の種類が有るらしく、感染方法が違うらしい。
「ウィルスタイプの場合、生きている間ならばワクチンが有効だが、私という種の場合は一種の呪いなのでな」
今までにも、リュミエールの眷属になった者が居たらしいが、すべて死者の吸血鬼としてよみがえったらしい。
「眷属となったものは主の力の影響を受ける。だが私の力は強すぎて眷属と成る者の精神に負荷をかけるのだ。
その結果、私の眷属になった者は己の吸血衝動を抑えきれず、ただの獣と化す。
偶に例外も居たが、殆どの場合、ただの化け物と化した。故に私は己の眷属を滅ぼしてきた」
そう言うとリュミエールは身を乗り出し、興奮したような眼差しで俺を見据え、宣言する。
「だが、天………いや夜伽総真! 貴様の奇妙な精神構造なら、私の研究成果を試すだけの価値は有る!!」
「やっぱ、実験材料じゃねぇか………ま、別に良いけど」
リュミエールのテンションに反比例して、俺は面倒な事になったとばかりに息を吐き出した。
「いちおう解呪の研究も久々に進めるが、そちらは期待しない方がいいぞ。
転生の呪式は3日も有れば用意できるが、解呪の研究は今のところ糸口さえも掴めておらぬのでな」
「だが、俺をモノ扱いした事は、キッチリ………面倒だからいいや」
真祖になるかどうかは兎も角、期限は7日か………明日が日曜だから、次の日曜の夜明けまでって事だな。
そういえば、一週間後は夏休みだっけ。人間で居る間の最後の学校か………特に変らないから問題ないか。
俺の言葉に、リュミエールは相変わらず何か言いたげな表情で見つめてくるが、溜め息と共に必要な事だけ告げる。
「いずれにせよ、呪式が描ける場所と天の棲家に近い場所に居る必要が有るな。この辺りは来たばかりなので――」
「あぁ、住む所なら問題ない。作業する場所も駐車場ぐらいのスペースが有れば問題ないだろ?」
窓から見えるファミレスの駐車場を指して尋ねると、リュミエールは外を見て頷いた。
「十分だが………そんな所が有るのか?」
「来い」
俺は一言、リュミエールに告げると自分の鞄とレシートを掴み立ち上がるとレジに向う。
俺の行動に半信半疑の表情で、リュミエールが自分の荷物………トランクを1つ抱えて席を立つ。
俺は、後ろから荷物を持ってついて来るリュミエールを見ながら、退屈しのぎにはなるかと考えていた。
一応、序章終了です。
今回、説明っぽいですが『期限は7日』が説明できたので良しとしましょう。
世界設定 その2
時期 :夏休み直前、一週間前です。天の通う高校は進学校なので、夏休み直前までしっかりと授業があります。
吸血種:真祖の数だけ種類が有りますが、殆どの眷属は似たり寄ったりです。家系みたいなモンですね。