電子音が鳴る。エレベータが最上階、19階に着き扉が開いた。
隣で何となく緊張しているようなリュミエールに構わず、俺はいつものように玄関に向かう。
後ろから付いて来るリュミエールに一声かけて止めると、玄関脇のキーコード端末に来客用のコードを入力。
面倒だが、登録していない人間――例え人以外でも――が入ると防犯用のセキュリティに引っかかる。
そうなれば、もっと面倒な事になるので仕方がない。仕方がないが面倒だ。
入力が終わると聞きなれない電子音を合図に、来客用にセキュリティが切り替わる。
「来い」
背後のリュミエールに一言告げると振り返らず、反応も確認せずに玄関をくぐる。
リュミエールが何か言ったようだが、どうせ何かの質問だろう。
説明するなら一度にした方が効率がいい。
だから今は、気にせずに………とりあえず一服してからだな。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 日曜日 その1
乾いたとはいえ、穴が空き、血まみれの服を着替えてリビングに落ち着く。
リュミエールも軽くシャワーで身体を洗い流して、今はリビングに落ち着いている。
リュミエールには、とりあえず俺のシャツを貸してやる。
……うむ、意図せず大き目のシャツを着る美少女が出来てしまった。
顔は童顔13歳前後なのに、胸元は大きめのシャツに負けずにきっちりと膨らみをあらわしている。
大き目のシャツの所為で、シャツしか着てないように見える。足は何故か素足だ。
知り合いが見たら『萌える』の一言だろう。
俺にソンナ趣味はないが。
リビングで一息ついた頃、リュミエールが待ちかねたように尋ねてきた。
「ここが天の家なのか」
リュミエールの問いに、僅かの頷きだけで答える。
「他には――」
「俺ひとりだ」
尋ねかけた表情で止まったリュミエールを横目で見つつ冷蔵庫から取り出したペットボトルを2本、
自分とリュミエールの前に置く。
「家族は――」
「居ない」
よく冷えたミネラルウォーターが喉を滑り落ちる。
ペットボトル越しに、俺の即答に微妙な表情のリュミエールが見える。
「どこか――」
「あの世」
更なるリュミエールの質問に一言で答えてやると妙な表情でリュミエールが固まった。
エアコンが効き出した部屋に暫しの沈黙が流れる。
俺は固まったまま沈黙したリュミエールを眺めると溜息を吐いた。
いつまでも固まったままだと鬱陶しいので説明してやることにする。
「両親は俺が5歳頃に死んだらしい。つーても覚えていないから人から聞いた話だ」
淡々と語る俺に、更に何か言い足そうな表情のまま沈黙するリュミエール。
俺としてはホントの事なので他にいいようが無い。
両親が亡くなった事も、覚えていない事も、人から聞いたという事も事実だ。
俺は別にソレが特別な事とは思っていない。
昔から面倒な事でなければ気にしない性格だったからな。
だから何か聞きたそうなリュミエールに面倒だが、話を聞かせてやる事にした。
その方が後々の面倒がないだろうしな。
いつもの俺ならこんな話はしないだろうが、さすがに死にかけて
――殺しかけた相手が吸血鬼で、その相手に説明をするという状況に――
饒舌
………いつもの俺でも変らないような気もするが。
両親の居ない幼い子供の行く道に、たいした違いは無い。概
俺の場合、父方の親類は居なかったらしく順当に行けば施設か母方の親類の所に、たらい回し
――のところを母方の爺さんが俺を引き取ることにしたらしい。
親父との結婚で、お袋を勘当同然で追い出したらしいが、孫は関係ないと言うのが爺さんの言葉だった。
おかげで爺さんが死ぬまでの約10年間、中学3年の冬まで神無家で、嫌になるぐらい規則正しい生活をした。
爺さんは趣味で神無真流とかいう武術をやっていて、俺も無理やりやらされた。
おかげで嫌でも身体は鍛えられた。
もちろん文武両道の言葉を俺に押し付けてくれたおかげで真面目に勉強もさせられた。
まぁ、だから成績も良い方だ。
と、ここまでは結果だけを見れば爺さんに感謝してやってもいい。
問題なのは爺さんが死んだ後だ。
よりにもよって、爺さんは自分の全財産を俺に譲ると残して逝きやがった。
はっきり言って財産なんかに興味はなかった俺だ。
面倒な事が突然発生したとしか思えなかった。
そして、予想通り面倒は発生した。
今まで聞いた事も顔も見たことがない『親戚』と名乗る連中が湧いて出たのだ。
まぁ金額的にも、かなりの額だったから仕方が無いとは言えた。
そして連中は予想に違わず、面白みの欠片も無く財産目当てだった。
まぁ、自分達に分け前が入ると思っていたのが、一人娘の子供とは言え、
不意に現れたガキに全て取られたと思っていたのだろう。
いかにも親切そうな口ぶりで、しつこく、ねちっこく、延々と語られる自分勝手な演説に、
面倒を通り越して腹がたった俺は一つの条件を出した――。
「遺産と同額を10年間無利子で俺に投資しろ。それなら10年後に遺産の管理を任す」
あの時と同じ口調で、同じ言葉をリュミエールに告げる。
「それは………」
一言漏らして絶句するリュミエールを眺めてから俺は水を一口、口に含む。
「そう、財産目当ての連中には飲めない条件だ。仮に俺に投資しても返ってくるのは同額だ。利益は無い」
「10年後でなければ使えないのに無利子なら尚更だ。しかも管理する財産そのものが減っている可能性がある。
………普通は飲めない条件だな」
俺の言葉にリュミエールが言葉を挟
その通りだと僅かな頷きで返事を返した。
俺の言葉を聞いて、これには親戚連中の三分の二はガキの戯言だと取り合わなかった。
残りの三分の一の「投資した資金をどうするのか」との問いに、俺は「賭けの資金にする」と答えた。
これを聞いたほとんどの親戚連中は、俺を無視して遺産の財産管理を進めようとした。
要するに俺からどうやって財産を奪うかの相談だ。
だが神薙家長女、神薙紅葉の
『了承しました。いくつか条件がありますが、私が引き受けましょう』
との言葉に、財産管理の決着は着いた。
「あの時の親戚連中の顔は笑えたな」
もちろん他の親戚は文句らしきものは言ったが、その程度だ。
なにせ『代りに引き受けますか?』って言われたらそれまでだからな。
「もちろん不満は有っただろうが、駄目親族と紅葉じゃ格が違う。結局、問題なくその件は片付いた」
問題があったのは紅葉の出した条件だ。
なにせあいつは―――。
そこまで話をしたところで――インターホンが来客を告げた。
「このような時間に来客か?」
時計の時間を確認し、リュミエールが訝しげな声をあげる。
時刻は既に0時過ぎ。この時間の来客は普通、歓迎すべきものではないだろう。
だが、俺にとっては呼んだ客が来ただけだ。
「問題ない。知ってる奴が来ただけだ」
「知ってる奴?」
「ファミレス出掛けに電話しただろ?」
俺の返事に「ああ」と思い出してうなずくリュミエール。
だが、急に眉をひそめて警戒したような表情に変わる。
「誰か入ってきたぞ」
扉を開けた音はせず、足音も挨拶の声も立てない来客。
その気配に気付き、不審そうな様子のリュミエール。
来客を告げるリュミエールに、
「あぁ、お前の後ろにな」
俺は告げた。
舞台説明が、長くなってしまった。短く話を紡ぎたいのに………(泣)
次回から短くできる………といいな………。
キャラクター設定 その3
神無 誠戯(かんな せいぎ)。夜伽総真の母方の祖父。遺産を総真に渡した元凶(笑)。
総真が中3の冬に寿命で死去。その名のとおり、真面目なのかふざけているのか不明な人物。
神無家は神薙(かんなぎ)神鳥(ししど)神代(かみしろ)神樹(かみき)神威(かむい)を分家頭に
多くの分家を持つ名家であった。
故に、天は面倒ごとを避けるために家督争いから逃げていた筈だったのだが………。