瞬時に振り向くリュミエール。残像が残るほどの速さだ。
だが、相手までは2メートルほど距離がある。
リュミエールの背後、俺から見れば、やや斜め前に一人の少年が立っている。
リュミエールと少年の顔は驚いたような表情で固まっているが、二人の驚く理由は別だろう。
「何者だ」
とのリュミエールの誰何の声。
背後を取られたことに緊張してか、リュミエールの表情と声が硬いが、相手はソレ系のプロだからな。
リュミエールが気配を捉えられなくても仕方が無いだろう。
「えっと、神威祝詞 っていいます。天さんに呼ばれて来たんですけど………」
片手に持ったノートパソコンを脇に抱えなおしながら、祝詞が困ったような表情で俺に視線を向ける。
もちろん、俺は『自分で何とかしろ』と視線で返した。
だって説明するの面倒だし………。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 日曜日 その2
「ですから、天さんにマンションのセキュリティで呼ばれまして――
そうです、新たに住人が増えるとの事で。いえ、居候でも同じで――」
祝詞がリュミエールに説明しているのを横目に、非常食のカップ麺に湯を注ぐ。
俺が端から説明する気が無いため、祝詞がリュミエールと話をする事になる。
その間に俺は、空腹を覚えた胃を鎮めるべく、栄養補給というわけだ。
待ち時間が暇なので、リュミエールたちの方を、ぼんやりと眺めてみた。
14歳、155cmの何処にでも居そうな普通の少年と、童顔16歳のリュミエールが並んでいると中学生の雑談のようだ。
紺のTシャツ、ズボンの祝詞と裸シャツのリュミエールのカッコが普通かどうかは兎も角として。
まぁ、実際は祝詞がセキュリティシステムにリュミエールを登録する為に来た事をリュミエールに説明しているんだが。
なにせ、ここのセキュリティは並じゃないらしく、高級マンション並みの警備システムらしい。
それが上層階に行くほど厳しくなり、俺の家である19階および20階に至っては、難攻不落の要塞といっても過言ではないらしい。
システムを組んだ祝詞が言っているのだから間違いは無いだろう。
おかげで来客の度に専用のコードを入力しなきゃならんのが面倒なのだが、今回は最低一週間以上の長期滞在だ。
そんな面倒な設定なんて、考える事も面倒なので祝詞を呼んだ訳なんだが――。
「――という訳なんですよ。急ぎだからと言われて慌てて駆けつけたんですが……」
リュミエールに簡単な自己紹介と、来訪の理由を告げた祝詞が俺に視線を向ける。
「ん?」
ずるずるずる。
カップ麺を啜りながら視線で祝詞に尋ねると、
「でも、びっくりしましたよ。天さんが女の子を連れ込むなんて………」
心底驚いたという風に目を開いて、祝詞が大袈裟に驚く。
「言い方は気に食わんが、別に驚くほどでもなかろう? この男の容姿ならば………」
少し頬を赤らめながらリュミエールが祝詞に尋ねる。
「いえ、押しかけられたんじゃなくて、天さんが『連れ込んだ事』が驚きなんですよ」
しみじみ言う祝詞に、リュミエールが「あぁ、なるほど」なんて呟いて納得している。
俺は「うむ」なんて呟いて、2個目のカップ麺に取り掛かろうと手を伸ばした。
俺がわざわざ、『連れ込んで』誰かの相手をする事なんて有り得んからな。
リュミエールもようやく判って来たようだ。
と、そのリュミエールの視線に気付いて顔を向ける。
「しかし、よく喰うな。先ほど夕食を食べたのでは無かったのか?」
しかもかなりの量を、と付け足してリュミエールが呆れたような声を出す。
確かに、妙に腹が減るからファミレスで、かなり食った筈なんだが………空腹感は収まらない。
心当たりがあるとすれば―――。
「あぁ、アレだな。激しく動いて派手に体液を放出したから」
「なっ………いきなり何を!?」
俺の言葉に、顔を真っ赤にしてリュミエールが慌てたように声をあげるが、本当の事を言っただけだ。
いきなり派手に振り回され投げられて、剣で串刺しにされ、かなり出血したからな。
傷はふさがり回復したが、血液不足、栄養不足なんだろうな。
「ほら、お前も俺と繋がって、濡れてた――」
「その言い方は止せ!! 誤解を招く!!」
真っ赤な顔のまま、叫ぶようにリュミエールが抗議する様子に、俺はにやりと笑う。
まぁ、リュミエールの格好が、いわゆる裸シャツのような姿では説得力は無いが。
「嘘は言ってないぞ。間違ってもいないだろ?」
「虚言でも偽りでもないが、その……こ、ここに居るカムイノリトに誤解されるではないか」
ちらりと祝詞に視線を送るリュミエールだが、祝詞なら――。
「いや、いいですよ。僕は気にしませんから。どうぞお構いなく」
そう言って、さりげなく視線を逸らせ、後ろに下がる祝詞。
予想通りの祝詞の返答に、俺は満足げな笑みを浮かべるとリュミエールに静かに告げた。
「問題ないな?」
「構うし、問題ありだ!!」
既に茹蛸のように全身まで真っ赤になったようなリュミエールの叫びが部屋に木霊した。
この様子だと、祝詞に背後をとられた事は忘れているな。
俺が説明する事になると面倒なので丁度いい。
祝詞のことは、このまま有耶無耶のうちに忘れてもらおう。
……とりあえず、リュミエールの部屋でも決めるか。
俺は真っ赤になって手足をバタバタと振り回し、叫んでいるリュミエールを見ながら、そんな事を考えていた。
短く話をまとめると話が進まない………(泣)
次回、も少し進む………といいな………。
裸シャツが何か判らないヒトは文中の文字の上にカーソルを乗せてみよう(笑)
キャラクター設定 その4
神薙 紅葉(かんなぎ くれは)。神薙家長女。17歳、170cmの美人当主。
神薙家は代々、経済や情報を司る家柄として栄えてきた。
長い黒髪の美しい容姿と冷徹な判断力を併せ持ち、若くして当主となった実力者。
その道で紅葉の名を知らぬものは無いと言われるくらいの才媛。
対外的には冷徹な雰囲気を身にまとうが、意外と世話焼きな一面もある。
妹に次女、小鳥(15)、三女、雀(14)がいる。