始業開始5分前、朝の教室の喧騒。
いつもと変わらぬ光景と騒音を気にすることもなく。
俺は廊下側、一番後ろの席に納まり、いつもの様に気だるげに出欠確認の時間を待つ。
今朝の教室は夏休み前と言うだけではなく、他の要因で騒がしいようだ。
――気にはしないが、うるさくは有るな。
「知ってますか? 今朝は転校生が来るらしいですよ」
「それも美少女であるとか」
「いや、まったく。良い世の中になりましたね」
少し離れた席で、それなりに整った顔立ちのクラスの男たちが話している。
真面目な顔と話している内容のギャップが多少は笑えるが、特に気にする内容ではない。
紅葉の出した条件の一つ『他にやることがないのなら、大学まで学校に行く事』が無ければ――。
俺は後の面倒――補習等――を避けるために、それなりに学力は維持している。
一応、既に大卒並みの学力はあるはずだ。
昔、勉強という名の修行という名目でさせられた結果であって俺が天才という訳ではない。
勉強自体は好きではないが、後の面倒が確実に減る。
つまり後で楽が出来るということでやった。
だから高校で学ぶことはほとんど無い。
本来なら意味の無いことはしない主義だが、多少はココにも面白い事がある。
紅葉も言っていた人間関係と言う奴だ。
確かにココには――。
「リュミエールさんが3日前に転校されて来たのに、更に転校生とは……」
「美少女続きですな」
「いや、まったく。実に良い世の中になりました」
その会話に出てきた名前に思考を止め、顔を上げ横を向く。
俺の席は廊下側の一番端――右側は廊下に続く扉がある――つまり隣といえば左側。
いつのまにか隣の席に居る、面白そうな表情をしているリュミの顔を見て――
「ふふっ……驚いているな。私が――」
――俺は再び顔を伏せた。
もちろん、リュミが何か言いかけたのを聞く気は無い。
「何か感想は無いのか!? 疑問とか、質問とか、そういったモノは!?」
「ない」
さらに聞いてきたリュミに一言で答えると、ようやくやってきた教師に気だるげに目を向けた。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 月曜日 その1
「理不尽だ」
そう呟いて、ブスリと木の棒で脳天から犠牲者を串刺しにするリュミ。
哀れな生贄は為す術も無く――リュミの手によって串刺しにされたまま運ばれて。
ソレをリュミはゆっくり口元に運んで、がぶりと噛み付いた。
ソレの名はタコさん。通称、タコさんウィンナー。
市販のウィンナーをタコのような形に刻んで炒めた祝詞の手製弁当の一品だ。
ちなみに俺の弁当箱から搾取されたものだ。
「理不尽だ」
そう言って恨めしげな視線を俺に向けるリュミ。
だが、身長差のせいで上目遣いに見つめられているような表情になっている。
昼休み、茶道部にあてがわれた畳敷きの部室内で、リュミが俺に文句を言いつつ俺の弁当に箸を伸ばす。
もちろん、理不尽と言われる憶えは俺にはない。
「何故私の方が驚かねばならぬのだ? 驚き、慌て、呆然とするのは貴様のはずだ……なのに!!」
ようするに考えていた結果ではなかった事に腹を立てているのか。
「理不尽だ」
そう呟いて、俺を睨んで……見つめているようにも見える――リュミ。
「何がだ?」
面倒だが相手をしてやらねば、いつまでも続きそうな恨み言に溜息混じりに聞く。
いつもなら比較的静かな時間をココで過ごせるはずだが、何故かこういう状況だ。
「せっかく私が祝詞を扱き使ってに手伝って貰って、魔術による記憶操作までしてココにいるのに、
さらに3日前に既に転校していたという意外性までつけて、しかも貴様の隣の席にいつの間にか居るという状況で、
尚且つ、私が学校に居るという考えられない事体であるのに……貴様という男は……!!」
話しているうちに更にテンションが高くなるリュミに適当に相槌を打ちながら先を促す。
「声をかけた私に、死んだ魚のような目を向けたのに驚き、
朝のホームルームとやらで出欠を取った途端!
生ける屍のような状態で最低限の授業の用意をするのに呆れ、
徐々に気配が薄くなり、背景と見まがうほどに――意識しなくては……
いや、意識していても認識が困難なほど気配を消して。
文字通り背景と化す様子に呆然としたのだ……この私の方が!!
これを理不尽と呼ばずしてなんと呼ぼう!!」
「俺の方が理不尽な怒りに晒されていると思うんだが?」
俺のもっともな言葉に何か言いかけたリュミだが、再び犠牲者を得ようと箸を伸ばす。
生贄を差し出せば納まるかと思ったが、獲物を平らげるとリュミが再び睨んでくる。
リュミの口が開き……部室に入って来た男子生徒たちに気付いて言葉を止めた。
「いや、ココに居ましたか」
「流石は天殿。既にリュミエール殿と仲良くなっていたとは」
「いや、珍しいといったほうがいいのでは? 天くんが……」
口々に言い合っている外見だけは良い野郎共。
通称3馬鹿。もしくは………オタク三人衆。
まぁ、喋っている内容を聞けば中身は知れるか。
「誰だ?」
クラスメイトの筈の三人にリュミが尋ねると3人は待ってましたとばかりに構えを取った。
「星川 真一、趣味は写真。被写体は主に美幼女、美少女、美女!!」
「樫原 進二、創作活動として同人誌を発行。もちろん年齢制限あり男性向け!!」
「常代 清三、趣味はゲーム。主に美少女ゲームが専門、エロゲーマー!!」
「「「三人そろって………!!」」」
声を揃え決めポーズの三人に真面目な顔でリュミが一言。
「3馬鹿?」
「「「Noーーっ!!」」」
昼休みの教室で3馬鹿の絶叫が響いた。
うむ。実に良いノリだ。
多少の鬱陶しさも今の芸でチャラだな。
俺は今の芸に満足を覚え、口元を僅かに笑いの形にゆがめた。
世界設定 その4
学校生活の舞台は公立六芒高校。
近所に六芒の名を関した幼・小・中・大学があり、学園都市のような形式でありながら独立している。
いわゆる『エスカレーター』と言うものはなく、学力的には一般レベルの学校である。
ただし、変わり者が多いことが特徴なのか伝統なのか、潜在的な者も含めるとトッププラスの学校である。
もちろん変わり者の保有人数で(笑)
性格が面白いレベルから、特殊能力者まで、多くのジャンルを含めた変わり者を抱える学校ではあるが
公には普通の学校で通っている。
もちろん知っている人は知っている――いわゆる知る人ぞ知るという学校である。