「なーに馬鹿な事やってんだか」
「駄目だよ、千穂ちゃん。そんな事言っちゃ……」
聞きなれた声に顔を向けると幼馴染および腐れ縁が近づいてくるのが見えた。
「おぉ、九重 千穂さんと各務 唯さん。今日も天君に差し入れですかな?」
「おぉ、お約束な展開その1、幼馴染キャラ登場ですね。これから萌える展開に!?」
「おぉ、しかも今回は美少女転校生との初遭遇ですよ! いわゆるイベントシーンですね!」
そんな3馬鹿の声に千穂はうんざりとした顔で、唯は少し微妙な笑顔で応えた。
「誰だ?」
新キャラ知り合いか、と聞くリュミ。
一応、千穂のほうはクラスメートなんだが忘れているようだ。
いや、知らないだけか。
皆の記憶操作云々は兎も角、実際にはリュミにとって今日が初顔合わせだ。
魔法という奴も万能ではないという事だな。
「おや、やはり気になりますか? 彼女達は天殿の幼馴染……つまりイベントキャラなのです」
「更に、各務さんは年下の妹キャラ。九重さんは幼稚園からの腐れ縁、同級生キャラなのです」
「特に、二人とも美少女という事が大きな意味を持ちます。つまりは攻略可能キャラなのです」
リュミの質問に空かさず反応する3馬鹿。
もちろん無駄にポーズも忘れていない。
「誰が攻略可能キャラだ!?」
「「「へぶしっ!!」」」
そして、いつものように千穂の蹴りが3馬鹿に炸裂し、いつものように3馬鹿は沈黙した。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 月曜日 その2
「九重 千穂。我等と同じクラス、いわゆるクラスメートです」
復活した3馬鹿の一人、真一が千穂と唯のプロフィールを読み上げる。
被写体についての情報を一通り収集している真一にリュミへの説明を任せる。
もちろんスリーサイズも調べてあるようだが、言いかけた所を千穂の踵に沈黙させられて終った。
「各務 唯。一つ年下の1年生。いわゆる下級生かつ妹キャラです」
沈黙した真一に代わり進二が唯の説明を引き継ぐ。
手にしている報告書は真一が作成したものだ。
事前に報告書を渡している辺り、真一の犠牲は評価してやる価値はあるな。
そんなことを考えながらボンヤリと、萌えを連呼した進二が千穂に蹴り倒されるのを眺める。
茶道部の畳の上で各自弁当を広げながら座り、自己紹介ならぬ自己詳細説明を聞き終わる。
所要時間10分程。
正確には聞き終わったのではなく、3馬鹿最後の清三が千穂の蹴りで沈黙した為だが。
流石に3馬鹿視点の報告書ではと、リュミが千穂と唯に向き直り自己紹介をする。
「では、改めて。私の名前はリュミエール。リュヌ=リュミエールという。リュミエールと――」
「長いのでリュミ」
俺が一言挟むと、リュミはじっと俺の顔を見詰めて暫し沈黙。
「……まぁ、リュミでもいいが」
俺の言葉に溜息を吐きつつ納得してリュミは挨拶を終えた。
「私は九重千穂。同じクラスメートと言っても、こうして話すのは初めてだけど」
そう言って正座の姿勢を正して挨拶する千穂。
可愛いより凛々しいと言われるのが千穂だ。
これで道場に通っているのだから似合いすぎと言えなくも無い。
「お互い初対面のようなものだけど、天と知り合った者同士、色々分かり合えることもあると思う」
意味ありげにいう千穂に、リュミは何故か納得の表情で頷く。
いつのまにか復活した3馬鹿が背景のように千穂の後ろで頷く。
「各務唯です……。その、総ちゃ……夜伽先輩とは幼馴染で……その……」
おとなしい唯には珍しく初対面のリュミに自己紹介をしている。
まぁ、3馬鹿報告書のままでは流石に不味いと思ったのだろう。
要所に『萌え』とか『お約束』とか『好感度』とか、その他の言葉が混ざった報告書だからな。
まぁ付け加えるなら、千穂と唯は仲が良いのでよく一緒に行動する。
二人そろって来るのもいつもの事だ。
子供の頃からの仲だが未だに続いていて、学年が違っても二人一緒に昼飯を食いに来る習慣も継続中だ。
俺としても昼飯に困らなくて済むので文句は無い。
リュミが千穂と唯に自己紹介を終え、それなりに和んだ昼休みになった。
と思ったら、必然のように無視されてきた3馬鹿が聞きもしないのに、自分達の事を自己紹介し始めた。
「我等のことを説明する前にこれをごらん下され」
真一が差し出したのは一枚の写真。
「?」
覗きこんだリュミは僅かに眉をひそめて一言。
「肉のドラム缶?」
写真に写っていたのは、リュミの言葉そのままの――顔の幅も体の幅も横に膨れた物体。
ある意味、人体の限界に挑戦したような体格の生物が3体並んで写っている。
「それがビフォー」
「そして約一年の後の」
「われらがアフターなのです」
そんな3馬鹿の言葉に、リュミが化け物を見るような眼で3馬鹿と写真を見比べた。
写真と今の3馬鹿の体格とは比べ様も無く、同じ人間とは誰も思わないような差がある。
知らない人間なら今の3馬鹿たちの姿――やや長身やや痩せ型――と写真の物体を同一人物と見ないだろう。
そのリュミの反応に満足した3馬鹿は、聞かれもしないのに自らの変身を語り始める。
もちろん手振り身振りを交えて。
「一年前の春。昼食時、われらが教室内を歩いていると食事をされている天君の身体に当たってしまったのです」
「そのうえ落ちたおかずを踏み潰し」
「あげく我等はそれに気付かず通り過ぎようとしてしまった。そんなわれらに天君は一言」
「「「お前ら今日から1年間、俺のパシリ決定」」」
「ソレが死刑宣告始まりでした」
「もちろん最初は、そんな言葉など気にしませんでした」
「今と同じく、何故か当時から目立たない存在でしたからね」
「「「しかしなぜが、そのとき我々の背筋に奇妙な寒気がしたのです」」」
その時の事を思い出したのか3馬鹿の顔から血の気が失せる。
「そして、その時より何故か我等に不幸が舞い降りました」
そう言って真一が黙祷するように眼を閉じた。
「真一君はデジカメのデータ、僕は原稿のデータ、清三くんは秘蔵のデータを保管していたHDDが沈黙しました」
言いながら、その時の事を思い出したのか進二は目頭を押さえた。
「ですが、それ以上にしなければならないような恐怖にも似た感覚が常に付き纏うように成ったのです」
そう語る清三の顔は青白く変わっていた。
そしてリュミは何か言いたげな視線を俺に向ける。
まぁ、確かに祝詞の得意分野ではあるが、俺は何も言っていない。
ただ数日間、俺にしては珍しく長期間機嫌が悪かっただけだ。
そして祝詞は機嫌の悪い俺を妙に怖がるところがある。
結果、祝詞が勝手に動こうと俺の知るところではない。
「「「そして我等が天君のために動くことを決めるのに3日も掛かりませんでした」」」
青ざめた顔のまま淡々と3馬鹿たちの説明が続く。
「「「それからわれらの地獄は始まったのです」」」
その頃を思い出したのか涙目で語る3馬鹿たち。
「天殿がパンを欲しいと所望されれば」
「東方の隣町の店まで駆け抜け」
「最短の時間を目指して駆け抜ける」
「そんな我等の心に過ぎった思いは一つ!」
「「「走れメロス!!」」」
「天殿が肉を所望されれば」
「北方の隣町、知る人ぞ知る高級精肉店まで」
「定められた時間内に駆け抜ける」
「そんな我等の心に過ぎった言葉は一つ!」
「「「孤独のランナー!!」」」
「天殿が甘味を所望されれば」
「西方の隣町、常時行列が途切れぬと噂の甘味処まで」
「最短距離で全力疾走」
「そんな我等の心に浮かぶ言葉は一つ!」
「「「地獄の強行軍!!」」」
「天殿が飲み物を所望されれば」
「南方の隣町、そこにしか売っていない自販機まで」
「小銭を握りしめ死に物狂いでダッシュ」
「そんな我等の心に浮かぶ言葉は一つ!」
「「「何故近場に良い店は無いのか!?」」」
魂からの言葉のように力説する3馬鹿たち。
本人は真面目なつもりだろうが振り付けつきだとお笑いにしか見えない。
「我等は文科系ですが、その頃の運動量は並みの運動部員のソレを遥かに上回っていたと言えるでしょう」
「そして日に日に目的地までの距離が長く、制限時間が短くなり」
「気が付くと我らの身体はコンナにスマートに」
知ってても信じられないとばかりに千穂と唯が溜息をつく。
「もちろん、急激なダイエットは身体に悪い筈ですが」
「天殿から頂いた薬によって皮もたるまず引き締まり」
「筋肉量を落とさずに体重だけが激減したのです」
別に壊すつもりでパシらせたわけじゃないからな。
その系統の薬はウチの親戚に言えば手に入ったし、祝詞あたりに取りに行かせれば問題はない。
「「「そして、我らは1年の後、開放され今に至ると言うわけです」」」
先程までの暗い雰囲気から一転して爽やかな笑顔で締めくくる3馬鹿にリュミが不思議そうに尋ねる。
「なぜ、いまだに天のパシリを続けているのだ?」
その言葉を待っていたかのように――いや、多分待っていたのだろう。
3馬鹿たちは、素早く立ち位置を変えると決め台詞。
「「「生まれ変わった素敵な身体。無駄なお肉をパシリで削る。我等がやらねば誰がやる」」」
3馬鹿の背後からキャ○ャーンのテーマが響いていた。
そして無駄に爽やかな笑顔でポーズを決める3馬鹿。
「つまり、すでにパシリが身体に染み付いたと」
呆れたような哀れむような眼差しで3馬鹿を見るリュミに、3馬鹿はソレは違うと首を振った。
「誤解しないで頂きたい。我等は天殿には感謝しているのです」
そう言ってオーバーアクションで真一が言うのに合わせて進二、清三が続く。
「いままで不可能だった場所への登攀を可能にし、到達不可能だった撮影場所を新規開拓」
「身体が細くなったおかげで、今まで苦労していた人ごみの多い場所、コミケでの移動もらくらく」
「指まで細くなったおかげで特注キーボードでなくてもキーが打てるようになったんですよ」
嬉々として告げる3馬鹿にリュミは呟くように言う。
「別人……いや、別生物だな」
リュミの言葉に、まったくだとばかりに俺たちは――3馬鹿も含めて――頷いた。
キャラクター設定 その5
星川 真一:元デブオタク、3馬鹿の1人、元(?)パシリ。カメラ小僧。ストーキングもOK。
樫原 進二:元デブオタク、3馬鹿の1人、元(?)パシリ。同人作家。尾行、逃走のプロ。
常代 清三:元デブオタク、3馬鹿の1人、元(?)パシリ。エロゲーマー。ハッカー。
容姿は2枚目、中身は3枚目のオタク集団。兄弟ではないが妙に似ている顔立ちの三人組。
以前はただの脂肪の塊だったモノが、カッコよく変わった現実は
去年彼らと同じクラスで有った者達に(主に女子にとって)悪夢といえる光景だと言われている。
ちなみに天が渡したものは健康維持の薬であり、やせ薬ではない。
彼らは純粋に運動量で脂肪を削減し変身とも言えるダイエットに成功した。
ただし、彼ら曰く「脂肪と死亡は紙一重」と虚ろな眼で言う辺り一般人にはお勧めできない方法だろう。
基本的に真一、進二、清三の順に喋る。天に対する敬称は順に『殿』『君』『さん』で識別できる。
血縁者ではないが妙に似た顔立ちの三人のため、並ぶと三つ子のように判りづらい。
最近では髪型まで同じように短くしているので更に判りづらくなったとクラスメイト達は語る。
真面目なギャグ担当兼、天のパシリ。