「で、天は何をしているのだ?」

「なにって? 話を聞いているだけだが?」


リュミが不機嫌そうに当たり前のことを聞いてくる。

具体的にはジロリという感じで睨みながら。


「そうではなく」


俺の疑問符の浮かんだ表情にあきれたような、ため息混じりの吐息で一拍おいて。


「なぜ各務唯を懐に抱え込むような格好なのだ?」


と、今の唯の現状――胡坐をかいた俺の上に唯を乗せていること――を(たず)ねてくる。

こちらとしては何だその事かと、ぼんやり考えて……リュミと視線が合った。

面倒だが、説明するか……と、リュミの表情を見て思う。そのほうが他の面倒はなさそうだし。

三馬鹿が部屋の隅で千穂の踵に沈黙させられていなければ、解説させたのになと思いつつ。


「あぁ。唯は小さいだろ」


リュミに言われてさらに赤さが増した唯の耳を面白く思いながら、茶を一口。


「確かに唯は小柄だが、ソレが?」


と、何を今更とばかりにリュミが尋ね返すのを、唯の頭に顎を乗せながらぼんやりと聞いて。


「だからこうやって、顎を唯の頭の上に乗せると丁度いい感じ……」


もぞもぞと動こうとした唯を抱えなおして、リュミに説明した。

抱え込んだ唯は大きめのぬいぐるみサイズって感じでちょうどいいんだが。

俺の答えに『は?』とばかりの表情のリュミを見つつぼんやりと思う。

緊張したように硬くなっている唯をぬいぐるみのように膝の上に抱えることがそんなに不思議なことか……と。


「ちなみに……」


何か言いたげな表情のリュミに告げて、唯を抱えたまま右に体を倒す。


「横になると丁度いい感じで枕が」


いつもの定位置に座る千穂の太ももに頭を乗せてぐったりとくつろぐ。

わずかに朱が浮かぶ千穂の表情と唯を見ながらリュミは口を開きかけ――

二人の表情に、微妙な間を置いて沈黙した。




「なぜ太ももなのに膝枕と言うのか」


部屋の隅で意識がないはずの3馬鹿が寝言のように呟いていた。





 ―あやかし―

ブラッドシード〜  月曜日 その3




「天、眠そうだな」


ぐったりと膝枕でくつろぐ俺に千穂が俺の髪を撫ぜながら聞いてくる。

眠いし気持ち良いしで、いつもなら聞き流すところだ――が。


「あぁ、昨日寝たのが遅くてな」

「めずらしいな」


俺が返答したことか、夜更かししたことか――おそらく両方の意味で驚く千穂。


「いや、早く寝たかったんだが――」


言葉を切って意味ありげにリュミを見てから。


「――リュミの奴が眠らせてくれなくてな」

「なっなぁなななななにを!!」


先ほどから我関せずとばかりの態度だったリュミが激しく反応する。

なかなかいい反応だ。一瞬残像が残るほどの振り向き方が良い感じ。

なので、追い討ち。


「俺が眠ろうとすると無理矢理……な」

「ちちちちちちがうぞ。わたしは何も……」


ますます狼狽して、ワタワタと奇妙な動きをし始めるリュミに、俺が満足したところで千穂と唯が頷く。


「つまりリュミは(おまえ)のマンションの住人ってことか」

「まぁな。ほとんどの事は祝詞に説明させたが、リュミも俺に聞きたい事があったらしく……な」


狼狽するリュミとは違い、付き合いが長い千穂たちは、直ぐに理解したようだ。

二人とも特にあわてることなく食後のお茶などすすりながら頷いていたりする。

説明が楽なのは良いが、チト物足りないような気がする。

そう考えて、ふと目の前のリュミに眼を止めてみた。


「そういえば……」


呟きながら、唯を膝からおろして横に置く。

まだ試してなかった――そう考えて実行する。

ひょいと言う感じでリュミを引き寄せると――。


「ふぇ!?」


奇妙な声をあげたリュミを気にせずに感触を確かめる。


「む? おもったより弾力があって、いい感じだ。よく眠れそう……」


いきなりの展開に硬直するリュミ。

それに追い討ちをかけるように三馬鹿の声が響く。


「おぉーーっ!? それは伝説の『乳枕』!!

「しかも、うつ伏せですか!?」

「さらに胸の谷間で深呼吸ですか!? まさに漢の浪漫ココに有り!!」


3馬鹿たちの声にハッとして硬直が解けるリュミ。


「こ……このっ! 調子に……っ」

「ま、待て!」


千穂が慌ててリュミを止めようとするが、リュミは止まらない。

がっとばかりに俺の頭を掴んで。

俺の身体は派手に宙を舞い壁に叩きつけられた。

そして俺は予定通り意識を手放した。




壁に天が叩きつけられた音が響いて。

沈黙があたりに満ちる。

外に響いていた蝉の声もなぜか聞こえない。

だれも何も言わない。

もちろん小柄なリュミが天を壁際まで投げ飛ばした光景は異様と言えるだろう。

だが、一番驚いているのはリュミエールだった。


「わ、私はそんなに――」


力は入れていないというつもりだったリュミエールの言葉を千穂の溜息が遮る。


「あ、気にしなくて良いよ。派手に飛ぶのはアイツなりの効果だから」


「は?」


千穂の奇妙な答えにリュミは奇妙な返事で答える。


「だから、天が私達に、あんな風に絡んでくるのはワザとだって事」


千穂のセリフに益々疑問を浮かべるリュミエール。


「千穂ちゃん。やっぱり総ちゃん気絶してるよ」

「だろうね。三馬鹿」


予想通りとばかりの落ち着いた二人の様子に呆然とリュミがしていると、


「既に担架の準備は出来ていますぞ」

「すでに乗せてありますよ」

「保健室には連絡済です」


手際のよい三馬鹿の動きと声に、リュミの表情が、なにか問いたげなものに変わる。


「まぁ、そういうこと」


そんなリュミに肩をすくめて千穂は苦笑した。


「要するに、眠かったから気絶でもして午後の授業をすっぽかすつもりだったって事」


天ってちょっとした理由があって、理由がなければサボれないんだと千穂は苦笑いのまま答える。


「では先程の行動は、その為のモノというわけだ」

「いや、あれはいつもの事かな」


なるほどと納得しかけたリュミの眉が片側だけ下がったまま固まる。


「なんていうか……慣れた?」


まだほんのりと赤いままの千穂は唯と視線を合わせて頷いている。

本人が納得しているなら、リュミとしては下げたままの眉を元に戻すくらいしかない。


「まぁ、今回みたいに積極的に来た場合、必ず理由が有るしね」

「ホントに枕代わりだし」


ちょっとぐらい下心があっても良いと思うんだけど……と呟きが二人から聞こえたような気がしたリュミ。


「いちおう、『避けたら』いいんだけどね」


そんなリュミの視線に照れ隠しのように千穂が手をパタパタと振りながら、言い訳のようにこたえる。


「気が付くと……てなかんじでさ。ま、実際にみたから判ると思うけど」


千穂に言われてリュミは気づいた。油断したとはいえ、ありえないことだった。


「確かに気が付くと……その、あやつの顔が私の……胸に……」


たとえ昼間でも、あのような所業を許すなど今までの自分ならありえない。

そんな腑抜けた生き方なら、自分はココにはいないだろうと、驚愕とともにリュミは思う。

見ていたはずなのに天の動作が認識できなかった。アレは――。


「無拍子ってやつ。天の親戚に武術の達人みたいな人がいるから」


でも普通、達人の親戚がいても、できるようにはならないと思うんだけどと呟く千穂。

総ちゃ……天先輩って変な特技だけは多いからとため息混じりで付け足す唯。

そして千穂から得られた解答に、リュミは驚愕なのか、呆れているのか――自分でもわからない吐息をひとつ吐いて。


「無駄に……使っているな」


と、皆を頷かせる一言を呟いた。





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