「乳枕は今回が初でしたぞ」
「いや、眼福眼福」
「リュミさんでなければできない芸当かと」
担架で天を運びながら3馬鹿が保健室に向かう。
「黙って、運びなさい!」
と微妙に殺気も含まれた千穂の注意に、しかし3馬鹿はさもありなんとばかりに頷き。
「われらでは命が無い所ですな」
「いや、幼馴染というのは良いですなぁ」
「まさに好感度MAX状態持続中ですね」
すでに疾走の速度で保健室に移動しながら、いつものようにコメントする3馬鹿。
そして、背後から千穂が迫り来るのもお約束。
救いの女神は
「千穂ちゃーん。廊下は走っちゃ駄目なんだよー」
と、とてとてと追いかけて。
「まぁ、保健室までは無事だろう」
とリュミが呟き。
「行先が保健室で良かったですな」
「いや、重畳重畳」
「いつもの事とは言え、お約束とは良いモンですな」
と、案外タフな3馬鹿だった。
妖 ―あやかし―
〜ブラッドシード〜 月曜日 その4
「やっぱり総ちゃん起きないね……」
保健室のベッドに横たわる天を見ながら唯が独り言のように呟く。
「あと5分で昼休み終了前の予鈴か。まぁ今までのパターンだと……」
唯の傍らで、千穂も天の顔を見ながら、ため息混じりに呟き。
二人で顔を見合わせて、起きないだろうなぁなどと諦め顔で苦笑する。
そんな二人の様子を見ながらリュミは――視界内に一瞬入った3馬鹿の骸を無視して――首をかしげる。
「授業が始まる前に起こせば良いだけでないか?」
そう言ってリュミはベッドの傍らの椅子から立ち上がり、天を起こそうと手を伸ばすが。
「だめーっ!」「だめだっ!」
ほぼ同時に上がった叫び声のような唯と千穂の声に、リュミエールの手が止まる。
手は止めたが、ますます不可解な様子になるリュミ。
そんなリュミに唯と千穂は、おもわずあげてしまった叫び声にゴホンと咳払い。
「だから、何なのだ?」
二人の様子にリュミの片眉が不快そうにあがる。そんなリュミを見て
「ま、仕方ないか」
と、千穂が諦めたような苦笑のような微妙な表情でリュミを見る。
そんな千穂と同じような表情の唯を見て
――そしていつの間にか復活した3馬鹿は見なかったことにして――
リュミが口を開く前に、
「さっき、天を起こそうと手を伸ばしてたけど、ゆすったぐらいじゃ起きないよ」
千穂はそういって、リュミを見てから、ゆっくりと視線を天に向ける。
寝ているというより、死んでいるといってもいいくらいピクリとも動かない天。
呼吸もしているのかわからないぐらい静かで。
胸も動いているのかわからないぐらい動かず。
先ほどからの会話にもまったく反応しない。
確かに、まるで死体のような静かな眠りからは、簡単には起こせそうにない気がするが。
「それなら、簡単で確実な方法で起こせばいいだけではないか」
「たとえば?」
リュミの言葉に、千穂が尋ねる。
「ふむ、そうだな……原始的な方法なら、鼻と口を摘んでやれば」
なにを簡単なことをとリュミがいう方法に、千穂と唯が――そして背後で3馬鹿が――ゆっくりと首を横に振る。
「起きる前に息の根が止まるよ」
そして、静かな表情で千穂がポツリと呟く。
「……えっ?」
予想外の返答にリュミの目と口が開いたまま止まる。
「それは既に、小学校のときに千穂殿が実行済みです」
「いや、あれが千穂くんのファーストキスでしたな」
「しかし千穂さんはノーカウントと言い張ってましたが」
無理がありますなぁとか、お約束ですなとか、萌えですよとか言い合う3馬鹿。
「余計なことは言わなくていい!!」
「「「どけぶっ!!」」」
千穂によって、再び沈黙する3馬鹿。
千穂の呼吸が荒いのは、全力攻撃のためか羞恥のためか。
「えっ……と、つまり人工呼吸が必要に……」
「あ、あぁ……つまり、簡単に呼吸停止するというわけだな」
唯の説明に気を取り直して、リュミが理解したと頷く。
「ならば、気付け薬として、アンモニアのような刺激臭を与えてやれば」
「刺激で心音がとまります」
打てば響くとばかりに、顔を真っ赤にした唯が答える。
「そちらは、小学校のときに唯殿が経験済みです」
「いや、あれも唯くんのファーストキスでしたな」
「しかし、あの時は慌てましたね」
思い出したのかハンカチを取り出し、汗を拭くマネをする3馬鹿。
「経験っていうな!!」
「「「ぐらばっ!!」」」
千穂の一撃で壁際にまとめて吹き飛んでいく3馬鹿を目で追ってから、リュミが唯に目を向ける。
だが、何か言おうとして何も言えなくなり、そのままリュミは停止する。
「えっと、つまり心臓マッサージが必要に……」
「……AEDが要るのか」
止まったままのリュミに唯が説明すると、ようやくリュミが反応する。
「AED、つまり自動体外式除細動器のことですな」
「千穂さんと唯さんのAEDによる一時救済処置は的確でしたね」
「さすがに、アレから使ってませんが」
ハッハッハッと、倒れたまま笑う3馬鹿に千穂が止めとばかりに歩み寄るのを見ながら、リュミがため息をつく。
「……そんなに簡単に呼吸や心臓が止まるのでは、下手に起こせないではないか」
「まぁ……ね」
リュミエールの困ったような呆れたような声に、千穂も同意の溜息混じりの返答。
だから下手に起こせないんだけどねと、千穂と唯は先ほどの諦め顔で苦笑した。
「それでも、既に千穂殿は2度の人工呼吸を経験済みです」
「いや、あの時のアレも含めれば3度目なのでは?」
「おぉ、確かに3度目になりますね」
いや〜良かった良かったフラグが立ったなどと即座に復活した3馬鹿が頷きあう。
その3馬鹿に向かって身体をひねりながら千穂が踏み込み――
「3度目っていうなぁーー!!」
「「「ごぶぉっ!!」」」
槍のような千穂の回し蹴りが真一の胴体に直撃。
進二、清三を巻き込んで、3馬鹿をまとめて串刺しにする。
「こ、この衝撃はプロを、いや世界を目指せますよ? ごふっ」
「い、いや、貫通ダメージとは思えない威力ですよ? ぐはっ」
「ま、まるで必殺技のような破壊力……素晴らしい! げはっ」
「静かに眠れっ!!」
いつものように無駄にタフな3馬鹿に千穂は止めの踵を落として、再びベッドの傍らの椅子に腰掛ける。
「でも、放課後には起きるから放置するのが一番なんだけどね」
千穂が天井を見上げて、いつものことだと溜息交じりにいうと、
「しかも学校公認になってるし……」
隣の椅子に座る唯が窓の外を見ながらボンヤリと呟く。
「しかしなぜ、その程度で呼吸や心拍が停止するのだ? これではまるで瀕死の状態ではないか」
しかも危篤状態で、峠あたりに居そうな状態だと、リュミが天の顔を見ながら改めて二人に尋ねると、
「無駄技能」
と千穂は言い、
「特異技?」
と唯は首をかしげながら答えた。