「ちなみに、何故学校公認になっているかといえばっ!」


倒れ伏していた真一が、バネ仕掛けのような動きで起き上がる。


「以前、先生がたが起こそうとしたのですっ!」


先ほどまで白目を剥いていたはずの進二がワイヤーアクションのごとき動きで立ち上がる。


「そしてそのときのマウスツーマウスも千穂くんがっ!」


そして痙攣していたはずの信三が、跳ね起きる動きでその場で無意味にバク転。


「「「実は、それが度目っ!!」」」


Vサインのように手を突き出し、無意味に3馬鹿決めポーズをかまし叫ぶ3人を。


派手に散れっ!!

「「「ぐばらぁ!!」」」


千穂の必殺の一撃(けり)が、3馬鹿を星へと変える。


「じょーぶつしてください」

「いや、それはちょっと……」


手を合わせて呟いた唯に、おもわずリュミがツッコンだ。




 ―あやかし―

ブラッドシード〜  月曜日 その5




「とりあえず、予鈴まで様子見てから教室に戻ろっか?」

「そーだね」


保健室のベッドに静かに横たわる天。

その脇の椅子に座りなおした千穂が聞くと隣の唯が頷いて答える。


「いや、いつもどおりですな」

「いや、千穂殿の蹴りだけは日増しに威力が増してますよ」

「いや、われわれの復活速度もですよ」


千穂たちの後ろ、壁際で踊る3馬鹿のHAHAHAHAとアメリカンな笑い声が響く。


「まったく、こいつらは……」


背後で笑いあう3馬鹿を横目に千穂が溜息をつき、唯もチラリと見て苦笑しつつ顔を前に戻す。

と、寝ているはずの天の顔が目の前にあった。


「ひゃわぇう」

「ひゃん」

「「「おぉっ……」」」


奇妙な悲鳴を上げる千穂と唯、そして呻いて絶句する3馬鹿たち。

そんな皆の悲鳴にリュミが首をかしげる。


「なにをそんなに驚いている。少し目を離している間に起き上がり、
こちらを見ているとなると多少は驚くだろうが、少し大袈裟すぎるぞ」


確かに、先ほどまで死体のようにピクリともしなかった者が、
音もなく半身を起こす様子は、まるで死体が起き上がるようだったがと付け足すリュミ。


「いや、確かに驚きましたが、われわれが真に驚いたのはそこではなく――」


3馬鹿の1、真一がリュミ説明しかけるが、当の本人は、そんな皆の様子にも気にした様子もなく。

上半身を起こした天は、なにもなかったかのようにベッドから降りると、
椅子にかけられていた上着をとり、そのまま保健室から出て行く。


「ちょっ、ちょっと待って」


あわてたように千穂が、やや早口で天の背中に声を投げた。


「なんで、起きるの?」


あわてたせいか、質問が変だった。


「目が覚めたからに決まってるだろーが」


当然のような天の返答に、リュミと天以外の者は納得しなかった。

それが当然なら、今までこんな状況で天が起きたことがあるのかとは、千穂と唯の想いで。

それが当然なら、今までの素敵イベントの数々は発生しなかったとは、3馬鹿たちの感想。


でも、そんなことを考えている間に天は廊下の向うに消えていく。

言葉では止まらない天を、あわてて千穂たちが追う――

と、廊下に出た天が歩きながら携帯を操作していた。


「あんたがメールなんて珍しい」


追いついた千穂が声をかけると、だるそうな声で、まぁなと返事が返ってきた。

簡単なメールのようで、すぐ送信したらしく天は携帯をポケットにしまって、


「ただの出前だ」


と付け加える。

出前?と皆が首をかしげる様子に、天は肩越しに振り向いて


「あぁ、とりあえず――」


と言いかけた天が言葉を止め、ふと顔を前に戻すと――

廊下の向こうに数人の男子生徒がたむろっていた。


「あれは」


彼らを見たリュミが珍しそうに呟いた。

この学校は進学校だが、ああいうのも未だ居る。

さすがに学ランではないが、いかにもな着崩し方と雰囲気をまとっている。

だが、彼らの視線が天に向かうのをみて、千穂たちはリュミとは別の意味で珍しく思う。


「あれ? こっちみたよ」

「ほんとだ。あれ?」


不思議そうにして千穂と唯は、天を見て何か言っている少年たちを見、皆の顔を見回し、最後に天の顔をみつめる。


「こ、これは!?」

「イベント発生ですか?」

「間違いない! これから2人がっ」


と盛り上がる3馬鹿を無視してリュミも、じっと天を見た。


「天、お前、少し気配が強くなっているな」


それでも人より薄いがと付け加えるリュミ。

普段のあまりの気配の薄さに認識障害すら起こしている天の気配が強くなっているのだ。

ゆえに、普段なら天に向かない視線が集まることが、千穂と唯たちにとって不思議なのだろう。

気配が薄いのが当然だというのもどうかと思うが。

リュミは改めて隣に並んだ者を眺める。

こうしてみると、高校生の平均より高い身長に改めて気づく。

それなりに引き締まった体躯は制服を着ていても分かる。

顔も悪くはない……いやむしろ人目を引くだろう。

逆に目立たないほうが不思議に思える。


「気配を殺すことをやめたのか?」


リュミの普通の高校生に対してなら在り得ない質問に、天はわずかに口元を歪めた。


「なんか血が騒ぐって言うか……体が勝手に活性化しやがる」


めんどくさそうに天が答える。


「……ふつうはもう少し早く反応が起こるものだがな」


リュミの顔に、呆れと興味が混ざったような表情が浮かぶ。


「血によって身体が活性化してきているのだ。本来なら私の血の影響を受けた時点で発現するはずだが」


そう言ってリュミはじっと天を見つめる


「なるほど、めんどうだな」


まるでちょっとした面倒ごとのように答える天に、リュミは苦笑する。

ここまで自身の身体のことなのに、まるで他人事のように答える天。

多少は気になるとは思うのだが、見る限り言葉以上に気にした様子もない。

不安を感じるより、面倒ごとのほうが厄介だといわんばかりの様子も変わらない。


「面倒どころか、命にかかわるかもしれぬというのに貴様は……」


「気にしてもしかたないだろう?」


すでに癖になりつつあるリュミの呆れ声に、なるようになるさとばかりに投げやりな天。

身長差のため天がリュミを見下ろしていると、キサマの神経は不思議回路と直結しているハズだとか、
いや直結しているのはどこかの異界でとか言ってる気がしたが、天は気にしなかった。

天は活性化しているため普段と違う感覚について、考えてみる。

自分の内面である思考回路はどうでもいいが、外面は多少気にしなければならないと。

もちろん最低限の体裁を整えることは仕方ないとしてもだ。

面倒ではあるが、面倒ごとが増えるので、面倒なことだが。

理由は簡単、自分は目立つ。一言で説明すればこうなる。原因は簡単に容姿で目立つ。

顔の造形、身長、なんかそんなところ。わるくないらしい顔立ちで背が高ければ目立つ。

どちらも自分の努力ではなく血による遺伝。自身が努力したわけじゃないのに付いてきたもの。

まぁ、だいたい欲しくなかったものが手元にあるのはいつものことで。

他人にくれてやるわけにもいかないから、普段は省エネを兼ねて目立たないようにしている。

俺の意思にかかわらず、目立つことは色々なことに関わりやすくなる。

さらに周りのメンバーが目立つ構成だと確立はさらにあがる。

千穂も唯も、かなり目立つほうだ(3馬鹿情報)。

3馬鹿は言うに及ばず。

そして新顔のリュミが加われば目立たないほうが難しい。

そして今の俺は、うまく目立たないようにできていない。


「どうした?」


面倒ごとの気配に表情が動いたことをリュミがいぶかしげにたずねてくる。

この短時間で自分の表情を読めるようになるとは、さすがに見事な観察眼と洞察力だと
天は思いつつ、廊下の先に目を向ける。

つまり、さっきから天が何を考えていたかというと、結果として目立からこうなると言いたい。

もちろん、実際には不機嫌そうなまま固定した表情でだまって歩いているだけだが。

前方の廊下にいた少年たちが、天たちのすぐそばに寄ってくる。

いかにもな雰囲気のまま目の前に立ちふさがるので、天は面倒だが立ち止まる。

天が立ち止まったのをみてリュミたちも、後ろから様子をみていると、
少年たちが無意味に身体を揺らしながらさらに寄ってきた。

ポケットに片手を入れたまま、少年のうちの1人――仮に少年Aと呼ぼう――が声をかけてきた。


「おい、てめぇ見かけない面だな」

「在校生だが?」


打てば響くような天の即答に、

あれ? そういえば居たよね?

困惑ぎみに首をかしげる少年A。


いつもと違う雰囲気に不安げに眉を寄せたが、気を取り直してもう1人――少年B――がいらだたしげに声を上げる。


「女連れて目立ってんじゃねぇよ」

「いつものことだが?」


当たり前のように答える天に、

あれ? 言われてみればそうだよね?

自信なさげに少年Aに確認する少年B。

二人の様子にリュミは薄く笑う。

さもあらん。たとえ認識できていなくても、見ていたはずだ。

記憶になくても知っているという矛盾が少年たちに生じているのだろう。

その混乱が困惑となって少年たちの動きを止めてしまっていた。

そんな少年たちの横を何もなかったかのように通り過ぎようとする天。


「どっちでもかまわん」


そういって少年たちの後ろに立つ少年――やはり少年Cと呼ぼう――が、天の前に立つ。

少年たちより頭ひとつ高く、それでも天に見下ろされながら、鋭い目つきで睨んでくる少年C。

この場にいるメンバーの中で一番老けてみえるなぁなんて考えていたら、少年Cの口元がゆがむ。


「お前、なんかムカつくぜ」

「気にするな。世の中そんな感じだから」


威嚇のように吐かれたセリフに、身もふたもない返事で返す天。

その返事に、ふっと呼気が響き、少年Cの身体が天の前に踏み込み――

肉と骨がぶつかるような鈍い音とともに、天の身体が宙を飛んだ。

文字通りの意味で。

そのまま中庭を飛び越え

学校の塀を越え

外に消えた。

ドサリと落ちる音がして、

ピーポーピーポー

救急車のサイレンと人の声。

ピーポーピーポー

救急車が小さく遠ざかっていった。

そして救急車が去ったあとに

はっと気を取り直して、リュミたちが辺りを見渡せば

放物線を描いて飛んでいった天を

ボンヤリとした目で

あんぐりと口を開け

こぼれそうなほど目を開き

見届けた少年たちが固まっていた。

ただ一人、天を殴ったはずの少年は右拳を押さえて消えた方向を睨んでいた。

少年Cは、リュミたちの視線に気づくと右手を乱暴ポケットに突っ込んでリュミたちの方へ歩き出す。

興奮気味にまくしたてる連れの2人にかまわず通り過ぎようとする少年C。

そんな少年Cの目の前に唯が無言で紙袋を手渡し。

渡された紙袋に何か言う前に、すれ違いざまに千穂が少年Cに囁いた。

少年Cは、しばらく無言で2人をみていたが、黙って紙袋を受け取ったまま歩いていった。

そんな3人の様子に訳が分からないといった表情を浮かべていたが少年A・B。

だが、再び興奮した面持ちで少年Cの後を追っていった。




教室に戻るため廊下を歩きながらリュミは千穂と唯に顔を向ける。


「あれは?」


端的すぎるリュミの質問だが、千穂と唯には通じたようで、二人ともゆっくりと頷く。


「後ろからだったからはっきり見たわけじゃないけど」

「たぶん、当たる前に右手を踏み台にして飛んだんだとおもう」


千穂が見た感想を、唯が推測を含めて答える。


「殴ったほうにしてみれば、右拳を蹴られたようなもんかな」

「あそこまで飛んだってことは、折れてなくてもヒビぐらいは入ってると思うよ」


いくつか薬は持ち歩いているから、痛み止めをあげたんだけどと言う唯。


「なるほど、先ほどの紙袋は薬か……しかし天が飛ばされて、よく驚かなかったな」


私は見えたから判ったがというリュミに3馬鹿が驚きの声を上げる。


「ほほぉ……あれが見えましたか」

「いや、知っている我らでも見えるか見えないかの速度ですからね」

「その早業を見極めるとは……いや恐れ入りました」


そういって何故か平伏する3馬鹿に、お前たちも知っているのかとリュミが聞くと。


「噂に聞くと彼は中学のときも伝説を作りましたからね」

「千穂くんや唯くんは見たそうですが」

「いや、それを聞いたときはありえないと思いつつ納得してしまいましたが」


そういって、3馬鹿がポーズを決めつつ伝説の名を叫ぶ。


「「「30メートル殴り飛ばされた男!!」」」


ちなみに殴った少年は停学の上、利き腕を骨折したらしく入院したそうです。

ちなみに殴られたハズの本人は、3日後の月曜日には普通に登校したらしいです。

本当は休むつもりだったそうですが、千穂殿と唯殿にバレていたため止むなく。

などと3馬鹿情報を聞きながら、リュミはふと思った。

そういえば、妙に救急車両の到着がはやかったな……と。

いや、むしろ待ち構えていたかのごとく。

そこまで考えて、天が携帯でメールしていたことを思い出し。


「あぁ、それで出前か」


ぽむとリュミが手を打つと同時に、予鈴を知らせるベルが鳴り響いた。








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