全ての光景が消えた暗闇の中……不意に。
俺の前に奴が立つ。
何時もの様に。
俺は奴の顔を認識する前に……
全てのストレスをぶつけるように
殴り、蹴り、叩き、突き、切り裂き、ぶつける。
拳で、脚で、手で、指で、霊力で、怒りを……
俺の口から何かが聞こえる。
意味が有るもの、意味の無いもの、ただの音、叫び、うめき、呪詛、慟哭、憤怒、悲鳴、狂気……
まるで笑っているような俺の声……
なぜか泣いているような俺の声……
そしてなぜか止まらない俺の声……
気が付くとボロボロに成りながら、それでも変わらず立つ奴の姿が見える。
最初から変わらず、俺を見る瞳、俺を見下すでも嘲るでもなく、ただ映すだけの瞳が俺を見る。
俺など取るに足らないものだとばかりに、俺の怒りも絶望も狂気も取るに足らないものだとばかりに……
俺は奴を壊しつづける。俺の中の怒りや絶望、狂気のはけ口を求めて……全てが白く染まるような目覚めの瞬間まで。
GS横島十夜
序 章 〜夢の中で〜
それが今までの、何時もの俺の夢、俺の悪夢だった。
俺の前に何時もの様に立つ者に向けて、
俺が放つのは拳であり脚であり、
霊力であり、全てを込めた叫びだった……いつもならば。
「アシュタロス」
繰り返された悪夢の中で、俺は初めて名を呼んだ。奴の名を……
何時も変わらず俺を観るだけの瞳が、初めて俺を見る。
その何時も変わらず自信や優越感、自身への誇りに満ち、
人間など取るに足らない存在だとばかりの表情を貼り付けた仮面。
その仮面がゆらぐ……そう仮面だ。俺には判る。
いや、今の俺だから判った。こんな馬鹿な俺でも判るぐらい繰り返されたから……知った。
「アシュタロス……お前なんだな」
確信は無かったが予感はあった。今までの事、繰り返される夢、壊れない自分。
「ルシオラ……」
小さく呼ぶ。声が微かに震えた。
アレから心の中でしか呼んだ事の無い名を、この悪夢の中でも呼ばなかった名を……
呼べば消えてしまいそうな、そんな不安の為に呼べなかった名を……呼んだ。
蛍が闇で光を放つように、浮び上がる姿、泣きたくなるような姿。
彼女も、ルシオラも泣きそうな少し困ったようなそれでいて嬉しそうな表情で俺を見つめる。
推測は出来たが確証は無かった。
なぜ、俺の悪夢はルシオラで始まり、アシュタロスで終わるのか。
なぜ、俺の悪夢は俺が壊れないまま繰り返されるのか。
なぜ、俺の悪夢なのに、ルシオラが俺を癒し、アシュタロスが俺の苦しみを、ただ受け続けるだけなのか。
「いつ……判った?」
初めてアシュタロスの声が響く。
アシュタロスの、俺が今まで狂気のはけ口していた顔は、気がつくと何も浮かべていなかった。
怒りも、嘲りも、優越感も……すべて俺がそう思っていただけ……いや、まともに見る事さえしていなかっただけだ。
俺の怒りや絶望をただ受け止めていただけだ。
「少し前……いや、はっきりと判ったのは、ついさっきだ」
ぼりぼりと頭を掻きながら答える。
何十、何百、ソレとも何千だろうか、繰り返してきた夢が、俺に疑問を与えてくれた。
こんな馬鹿にも判るぐらい繰り返された悪夢が俺に答えを探させた。
「ルシオラが俺の中にいるのは聞いてたし知ってた。だからココに居ても不思議は無いし、おかしくも無い。
だけどお前が俺の夢なら、今の俺は居ない。とうの昔に狂ってるか、もしくは一皮向けて別の俺になってるか。
少なくとも未だ笑えないだろうな・・今のようには」
そういって笑う、にやりと。
かっこいいとは思わないがそれでも今の俺らしい笑いで。
「ヨコシマ……」
「ヨコシマタダオ……いやヨコシマ」
ルシオラとアシュタロスが何か言いたげに俺の名を呼ぶが、俺はソレをさえぎるように頭を下げた。
「ありがとう、ルシオラ、アシュタロス」
そう言って顔を上げるとルシオラは、ほっとした表情をして俺に微笑み、アシュタロスは……
驚愕していた。
おそらく、こんなアシュタロスの表情を見ることが出来た者は殆ど居ないんじゃなかろうか、という感じだった。
「ヨコシマ……お前は……私を……」
アシュタロスの声に動揺が出ている。俺はアシュタロスの言いたい事が判っていた。
それは俺が言わなくてはいけない言葉だ。だから先に口を開く……伝えなくてはならないから。
「怨んではいない。怨んでなかったといえば嘘になるけれど今は怨んではいない。
アシュタロス、お前は俺の中にいて俺の心を護ってくれた。だから俺は壊れずに済んだ。だからソレでいい」
そういう俺にアシュタロスが俺の前に跪く。まるで懺悔をするように。
「ヨコシマ……私はお前に怨まれてもいいのだ。私は私自身の為に多くの者を犠牲にした。
お前だけではない、多くのモノをだ。
例え神と魔が許してもお前にだけは許されなくても構わないのだ。
私を救い、私の娘達を救ってくれた、お前になら。
私の為に前世からの縁に縛られ、今生においても私のせいで多くのモノを失ったお前には・・」
ゆっくりと俺は首を横に振る。自分を責める必要は無いのだと、俺はもういいのだと。
「だが私が居なければお前は……!!」
「あんたが居なければ、俺はルシオラには会えなかった」
「「!!」」
叫ぶようなアシュタロスの声に、おれの声が静かに重なる。アシュタロスと、そしてルシオラの身体が震えて止まった。
「あんたが俺と関わらなければ今の俺は無かっただろう。多分、GSでもなかったかもしれない。
GSになっていても今みたいな力はなく、それなりのGSとして生きてたかも知れない。
でも今の俺の様にルシオラには会えなかっただろう。
俺を一人の男として初めて好きと言ってくれた、俺に惚れてくれた女に俺はあえなかっただろう。
二人で夕日を見ることも、その夕日を二人で見るために強くなろうとする事も、
失敗をしても後悔をしない生き方をしようとする覚悟も、おれは得る事は出来なかっただろう。
今の俺が持っているもの、得ているもの、その多くはアシュタロス……お前に貰ったものかも知れないな」
そういって跪いているアシュタロスに手を差し出す。
「ヨコシマ……お前は……」
アシュタロスが、途方にくれたような、戸惑うような顔で俺の顔と差し出された手を見詰める。
「ヨコシマ……」
ルシオラが瞳に涙を浮かべて微笑んでいた。
彼女にとって一度は敵味方に分かれたといえどもアシュタロスは自分の親も同然。
そのアシュタロスにヨコシマが微笑みながら手を差し出している。
自分の涙が悲しみのための涙ではない事を彼女は嬉しく思う。
そしてゆっくりとまるで夢でも見ているような幻を掴もうとするかのような動きでアシュタロスはヨコシマの手を取った………