チュン、チュン、チュン

鳥の鳴く声……。

チュン、チュン、チュン

雀かな……。

チュン、チュン、チュン……

朝か……。

チュン、チュン、チュン……ピピピピピピピピピピピピピピピ

あ……目覚ましか……起きなきゃ……その前に目覚ましを……。

ゴソゴソと布団の中から手を伸ばし、枕元の目覚し時計に手をばす。

手のひらに触れるスイッチのやわらかい感触――。


「ん?やわらかい???」


眼を開けると目覚まし時計に重ねるように置かれた自分の手の下に、柔らかい女の子の手と……。


にいさま。おはよう……」


何故か俺のワイシャツだけを上に羽織った少女が俺に覆い被さるような体勢で挨拶をする。

俺は彼女にさわやかな笑みを浮かべると、


「おはよう、優華ゆうか。起こしてくれて有難う。でも、もう高校生なんだから布団に入り込むのは卒業しようね」


そういって優華ゆうかの髪をそっとぜ――







「――られたらいいのになぁ……」


鼻血専用タオルをめ上げながら、何時いつものつぶやきが少年の口かられる。

上に乗ったままの優華が心配げに少年を見つめている。

朝っぱらからなんてカッコなのか……と、お怒りの声が何処どこかでしそうだが、

コレが毎朝の恒例行事だと判れば呪詛の声に変わるだろう。

が、十代半ばの少年には強すぎる刺激であり、今の彼の心配事は大量出血によるショック死であった。


「兄さま……」


上体を起こし既に赤黒く染まった三枚目の専用タオルを鼻に当てる少年に、優華が上目使いで呼ぶ。

腰までの伸びるサラサラの髪が背中から流れ、細身だが女性らしいラインを描くスタイルがワイシャツ越しに見える。

特に着痩せするタイプの為、ラフなカッコのときのギャップが一段と見る者にインパクトを与える。

更に現在健やかに成長中、将来期待性大。

性格は物静か、容姿も美少女とくれば男なら惹かれても不思議ではないだろう。

……が、


「優華は妹、これはただの朝の挨拶あいさつ……優華は妹、これはただの朝の挨拶あいさつ……優華は――」


必死に自分に言い聞かせ、出血多量死を免れた少年には拷問に近い。


「兄さま……?」

「……大丈夫……(鼻血は)止まったから、とりあえず飯にしよう」


まだ心配そうな優華を一階のダイニングに向かわせ、少年は今日の出血量を確認した。


「鉄分補給しなきゃな……」


鮮血に染まった鼻血用タオル3枚と洗面器に視線を向けて呟く少年の声は『顔を洗わなきゃ』程度の響きしかなく、

何時いつもの事とばかり後片付けを始めた。

常人なら良くて貧血レベルの出血れでカバーする少年……名を十夜とおや横島よこしま十夜とおやと言う。




GS横島

 第一夜  その1 〜そして世界は動き出す〜 




  

「兄さま、はい」


渡された茶碗を受け取りながら何時いつもの様に十夜は食卓につく。

ご飯に味噌汁、納豆、焼き魚、海苔と生卵。味噌汁の香りが食欲をそそる。

日本人の朝は和食だ……と言うわけではなく月曜の朝の食事当番が、和食を得意とする優華だったからだ。

もちろん優華の得意技だけあって簡単な朝食でも美味しい。

優華のおかげで十夜は毎朝のエネルギーを充分に補給できている。

朝の出血と差し引きゼロなのが残念なところではあるが――。

何時いつもの様に身支度を調えた優華がエプロンを外しながら席に着くのを待つ。


「「「いただきます」」」


これが横島家の朝の食卓風景。

両親は仕事で海外赴任、ここしばらく帰ってきていない。

つまり横島家には十夜と優華の二人暮しな訳である。

兄妹だから問題は無い――と思われるだろうが、横島は一人っ子である。

それが意味する所は血の繋がりの無いという事。

優華ゆうか――本名、あし優華ゆうか

某有名な陰陽道おんみょうどうの家元より分かたれし分家の一つあし家の所縁ゆかりの者。

訳あって横島よこしま十夜とおや預かりに成っている為、便宜上べんぎじょう妹として育った。

今でも妹として兄である十夜を慕ってくれている……と十夜は思っている。

彼だけは。


――間違いが有っても兄さまなら――


そう言って横島夫妻に二人暮しを認めさせたのは優華ゆうかであり、

彼女の思いのこもった言葉に夫妻はサムズアップで了承したという。

もちろん十夜の預かり知らぬところで。

そんな何処にでもありそうな朝の風景――


「ヨコシマ、お醤油しょうゆ取って……」

「ルシオラさん……今日から高校……入学式ですが……」

「ダイジョーブよ。ちゃんと手続きしたし問題ないわ……あ、ありがと」

「ほいっと、それはいいけど、いきなり学校に行きたいだなんて……」

「私の姿じゃ中学生はツライでしょ。それに六道学院は数年前から共学になった所だから

中学からの知り合いが居なくても問題ないし」


訂正……朝の風景に魔族の女性が一人。

彼女の名はルシオラ、魔族の女性にしてお隣さんである。

横島夫妻が二人暮しを容認したのもお隣さんの存在が多少はある。


「まぁ、ルシオラは人間の姿でもあまり違和感無いから」

「魔族です……と言っても信じてもらえないでしょうし」

「『魔族』そのものが、一般には居ない事になってるからね」

十夜の感想と優華の予想を聞いて、ルシオラが一般常識に苦笑する。

今の世、オカルト……GSの仕事がみとめられる今日、霊は認められても《魔族》は公表されていない。

……いや、居ない事になっている。

それが世間の常識。彼女が人に混じって生活しても比較的安全なのは、そのおかげ。

居ないのに居てもいい世界……魔族のルシオラにも不思議な世界……人の世界。


「だから、今日から同級生よ……よろしくね♪」

「あ、ああ……こちらこそよろしく」

「……よろしく……」


向けられた笑顔にちょっとドキドキの十夜に、溜息ためいきのように小さな声の優華。

十夜にとっては幼馴染からの思わぬ笑顔に、少し狼狽気味どきどきする

優華にとっては、フォローはこちらでしなければならないだろう事への思い。

そんな二人を眺めながらニコニコしているルシオラ。


「あ……そうだ。私の人間の名前」

「名前?」


突然のルシオラの言葉に十夜が首を傾げる。


「そうよ。学校に通うようになったら色々必要になるでしょう? だから、ちゃんと人間としての戸籍を作ったの。

あしほたるて言うのよ。ほたる……いい名前でしょう?」

「うん、ルシオラらしいよ。でも『あし』って……」

「……芦家には了承済みです。下手な偽名を使うより芦家所縁ゆかりの名ならば問題は少ないはずですから」


そういって優華とルシオラ――ほたるが顔を見合わせて微笑む。どうやら前から決まっていたらしい。

まぁ、今まで戸籍無しでどうして来たのかが不思議なところではあるが。


「そういえば、べスパやパピリオは?」


姿だけならベスパはルシオラと同い年か少し上に、

少し前まで小学生に見えたパピリオも、今は中学生くらいに見える。

ルシオラは高校生ぐらい……大人っぽい格好をすれば大学生にも見えないことは無い。

お隣さんの三姉妹は、魔族ということを除けば外見上は殆ど人と変わらない。

だからルシオラのように学校にも通えるはずだ。


「べスパは『ねぇさんと違って学校なんかに興味は無い』って。パピリオは中学校の教科書で勉強中。

まぁ、知識は兎も角、人間の世間一般常識がね。この前、出てきたばかりってこともあるけど……」

「そ〜いや、さなぎになってたんだっけ」

まゆよ、マ・ユ。まぁ正確にはまゆじゃないんだけど。成長の為にこもってたしね。

おかげでしばらく外出不可。いきなり大きくなったんじゃ、周り近所の調整や書類等、記憶操作が……ね」

「おかげで私まで手伝わされたんですから……」


パピリオの成長にともなうゴタゴタ、ルシオラは妹をなだめ、優華は芦家に処理を頼んだ……ということらしい。


「そういやパピリオ、学校に行くの楽しみにしてたもんな」


まゆから出てきたパピリオが

『これでヨコシマと同じ学校に行けま……行けるね』

……そう言って微笑んだのは、ついこの前だ。

近所のお兄ちゃんとして慕われている十夜としてはパピリオの気持ちがわかるような気がする……気のせいだが(笑)


「おかげでなだめるのに苦労したわ。『ルシオラちゃんだけずるい』って言って。

事後処理さえ済めば編入できると思うんだけど……」


妹の気持ちを本当に理解しているルシオラが溜息をつく。

十夜の鈍さと届いていない妹や自分達の気持ちに……だ。


「処理は芦家に任せていますので、終わり次第連絡が来るでしょう」


優華もパピリオの気持ちが判るので手伝う事にいなは無い。

ただライバルが増える事が気になっているだけだ。

勿論もちろん、三姉妹は嫌いではないからよけいに。


「っと、もうこんな時間か」

「兄さま……行きましょうか」

「あっ……と、ヨコシマ、優華、お弁当」


手渡された二つの弁当。今日はルシオラの番らしい。

十夜にとっては有り難い栄養源であり、優華にとってはルシオラの料理の腕を確認する場でもある。

もちろんルシオラにとっての優華の料理も同じであるが。

ライバルにして友、『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ……そんな関係の二人。

そんな関係にありながら、微妙な位置関係の為に気付いていない十夜。

そんな彼に呪いあれこれから先、何があるのか。

いずれにせよ彼は進む。

後悔しない未来の為に。







横島十夜、高校1年の入学式より物語は始まります。

世界は多少の変更はありながらも前の世界とほぼ同一の歴史を辿っています。

横島忠夫が横島十夜に名前が変わった様に、周りの人間関係も多少の変化は見られますが、

今までの歴史そのものには変化はありません。

例えば魔神アシュタロスが居なくなった為に彼が起こした出来事等は起こりませんが、

人間の歴史上の記録は変わらないということです。

歴史的な出来事、戦争などは教科書の歴史どおりに起こっているということです。

変化があるのは彼らの身近なところ。

以前ぜんせの彼らにとっては大きな違いでも、今までの史実には何の影響もない変化です。

これからどうなるのかは判りませんが……。

オリジナルの要素が強くなりますので、私的解釈が増えるとは思います。

が、楽しんでいただけたらと思います。




掲示板でのレス、応援有難う御座います。これからもよろしくおねがいしますね。




続く     戻る     目次