世界は少年を愛した。
世界は少年が望むままにその姿を変え、
世界は少年のために舞台を調えた。
世界を変えた少年……それは、ある意味において造物主に等しい。
世界の有り様を少年の望みによって変えてしまったのだから。
少年の名は横島――横島十夜。
かつて横島忠夫と呼ばれた魂を受継ぐ者――。
GS横島十夜
第一夜 その3 〜校舎裏で〜
「……つい逃げちまったけど……あとが怖ぇーかな……」
そう呟きながら横島は校舎の裏手、人気のなさそうな場所に歩いていく。
どうやら入学式はサボる気らしい。ぶらぶらと何気なくあたりを見回した横島の目が……一点で止まる。
「あ……あれは……」
先程までとは別人のような鋭い眼差しを向けた先には……。
「女子更衣室じゃーないか!?……しかも窓開いてるし」
いそいそとそちらに向かう。朝練だろうか? 人の気配が有る。
「やっぱ、早起きは三文の徳だよな〜」
ほくほく顔の横島が、ふと顔を裏手――茂みの方に目を向ける。
校舎の裏手は中庭程度のスペースがあり、奥は山に続いている。
自然と共に……これも六道学園の気風である……が。
「……みつけちまったもんはしゃーねーか」
ガックリと肩を落とし渋々といった風情で横島は身体を茂みに向ける。
「出て来いよ、バレバレだから」
溜息のように声を掛ける横島の眼が一瞬で蒼く変わる。
見鬼、浄眼、破眼、竜眼……呼び名は数有れど、その蒼い瞳は全ての魔を暴く。
彼の生来もつ『視る』能力……その力は類似する能力に追随を許さぬほど強力な力――。
ヴぁアぅるるるる……
茂みから湧き出るように現れたのは人形の物体。
蟷螂の妖の姿を似せたソレは――横島の瞳には誤魔化せない。
「……式……か」
横島は確認するように呟くと、ふと視線を更に奥、山林の方に向けた……。
「……まさか、気付かれた?」
茂みの奥、樹上で男が呟く。式の目を通して少年が見えるが彼からは此方は見えない筈である。
遠隔操作の上に隠形術まで仕掛けてある。気付かれる事は無い……筈であった。
だが少年は式の隠形を看破し立ちはだかっている。
「障害は取り除かねばならんか……」
男の手が複雑な印を結び始めた……。
「やっぱ、やる気かぁ……ついてねぇ〜。早起きなんてするもんじゃねーな」
ぼやく横島に……偽妖の式が唸りを上げて襲い掛かった。
砂埃を上げて地面が抉れる。振り下ろされた鎌状の腕が横島の立っていた位置に突き立っていた。
「やったか」
男の意識に呼応して蟷螂式が唸り声を上げる。
砂埃が舞う地面に人に立つ姿は見えない…………が。
「げーほげほげほ……あっぶねー。もう少しで別の人生歩むとこだった……」
座り込み咳き込む横島の丁度、股間の手前に鎌が突き立っていた。
……どうやら寸での所で避けたらしい。
ヴぁアああああ……
蟷螂式は横島の姿を確認すると猛然と鎌を振り回し始めた。
「ちょっ、ちょっとたんま、まて、ちょっと……」
慌てて飛びのき、アチラヘ避けコチラに転がり必死になって避ける。
一撃でも喰らえば即死の鎌が横島を襲う。
「気の毒だが、運が無かったとあきらめてもらおう」
いずれ死の鎌に捉えられるであろう少年を見ながら、男は既に後始末の事を考えていた。
「……なぜだ?」
だが、次に男の口から漏れたのは疑問の声だった
当たれば……しかし横島には当たらない。
別段、特別な動きでも早い動きでもない……にもかかわらず当たらないのだ。
式の術者である男には理解が出来なかった。
不可解な現象……その事に男の気が反れた時、自分の後ろに立つ者に男は気付かなかった……
「し……死ぬ、死んでしまう……このままだと俺の……漢の夢計画が〜……て、アレ?」
いつのまにか停止した式に目を向けると式は掠れるように消えていく。
「ごくろうさま、横島君。相変わらず良い眼してるわね」
「み、美智恵さん、遅いっすよ。死ぬかと思ったじゃないっすか」
横島が、かけられた声に顔を向けるとスーツ姿の女性――美智恵が茂みから出てくるところだった。
美神美智恵、名で判るとおり美神令子、ひのめの親族――つまり母親だ。
もっとも、年の割には若く見える容姿は高校生の母親というより年の離れた姉のように見える。
美神たちの髪が美智恵ゆずりであることが判る髪を首筋辺りでそろえ、
隙なく着こなしたスーツ姿はキャリアウーマンといったところ。
それもそのはず、美智恵はオカルトGメンに嘱託社員として所属している、現役のGSだ。
その有能さは嘱託社員として迎えられている事を含め、衣服すら乱さず式使いの男を倒した事で証明できる。
土埃に塗れた横島に美智恵は微笑みながらゆっくりと近づく。
「あら? 怪我は無いんでしょう……クリーニング代ぐらい出すわよ」
「……知ってて教えてくれませんでしたね?」
いつの間にか黒に戻った瞳が美知恵を見つめる。
尋ねる声は疑問ではなく確認。
「いやーねえ、偶々よ、偶々。偶然に決まってるじゃない」
ニコニコ微笑む美智恵……これが本当に偶々なら文句は無い。
が、美智恵の言う偶々は数が多すぎるのだ……いつもの事だが。
「はぁー……もういいっすけど。で、こいつ何すか?」
術者が倒された事で消えつつある式に横島は視線を向けた。
「六道学園名物『受験失敗組の逆襲? もしくは逆恨み的襲撃』ね。
毎年あるみたいよ……まぁ、ココが共学になってから性質が悪くなったみたいだけど……」
呆れたように肩を竦めて、溜息混じりに美知恵が答えた。
受験失敗組が金で人を雇ってまでの逆恨み……六道学園の校風からすればお門違いである。
六道学園の入学試験は、ただ難しいだけの――人数制限の為の――入学試験ではない。
ここは入学は一定レベルさえあれば入る事が出来る。一昔前の学校とは違うのだ。
つまり失敗組は例え入れても出る事が出来ない組でもある。門前払いは逆に親切でもあるのだ。
「そんなことに情念を燃やすぐらいだったら勉強すれば良いのに……」
横島は自分の受験勉強の日々を思い出し――。
「なんで泣いてるの?横島君……」
「……涙が出ちゃう、だって男の子だもん……じゃなくて、ちょっと悲しい出来事が脳裏に」
「……まぁいいわ。おかげで助かりました。学校にはこれで遅れた事にしてあげるから、サボらないようにね」
「はぁ……」
颯爽と去っていく美智恵の後姿は相変わらず隙が無く――。
「また、タダ働きかぁ……」
いつもの様に無給で手伝わされた形になった横島の溜息だけが辺りに響いた。
ふと気づくと女子更衣室の人の気配は消えている……当然、窓も閉められている。
「はふぅ〜……帰るか……」
ガックリ肩を落として去ろうとする横島に、帰ってどうすると突っ込みが入るタイミングで。
とたとたとたとた
聞こえてきた、駈けてくる足音。
本人は『タッタッタッタッ』のつもりなのだろうが。
足音の主は横島の数メートル手前で…………こけた。
それも『びたん』と擬音を付けてもいいような角度と勢いで。
横島が手を出す暇も無いくらいの唐突さだった。
両手を万歳の形のまま地面の上で動かなくなった少女に横島は声を掛ける。
「……だ、大丈夫?冥子さん」
「いたいの〜」
声を掛けられ、ゆっくりと起き上がる少女。
その少女の影、身体の下に何かが潜り込むのが横島の眼には視えた。
式、それも強力な――六道家が式神使いの名家である証。
オカルト科高等部二年、六道冥子。
彼女は六道家の一人娘にして12神将と呼ばれる式神の使い手だ。
美神令子の友人でもあり、横島が高校受験の為に学校見学に訪れた時に美神経由で知り合っている。
知り合って間もないが、彼女の性格は大体わかる。
のんびりマイペース、そして一寸(?)ドジっ娘。
潜在霊力はかなりのものだが制御がいまいち、精神の揺らぎで暴走する事がある。
それは高すぎる霊能力と歴代の式神使いの家系がもつ業かも知れない。
式の扱いに関してだけは例外ではあるが、冥子のドジぶりを見る限りそれは必然の能力ではなかろうか……と横島は思う。
なぜなら、彼の眼は『何も無い平坦な地面で冥子が転倒するのが見えた』から。
今も立ち上がった冥子に怪我らしきものは無い、いや土埃さえ付いてはいない。
反射行動のように無意識に式を使役する力……これが無ければ怪我だらけだろう。
六道家が式神の名家だからではなく、六道家だから式神の名家になったのが真実かも知れない。
そんな事を考えていた横島の袖が引かれる。
「横島君〜、はやく〜いかないと〜遅れちゃうわよ〜」
そんな、本当に急いでいるのかと聞きたくなるようなペースで冥子が言う。
「そ、そうっすね。とりあえず行きましょうか」
そう言って横島は冥子に手を差し出す。
何故か、会って間もないのに気に入られてしまったのか冥子は横島の世話を焼く……今も進んで探しに来たのだろう。
冥子が直ぐに横島を見つけられたのは式神の力。彼女のスローペースを補助するのも式神の役目だ。
冥子は嬉しそうに横島の手を取ると、そっと握り締めて――。
「そ〜いえば〜令子ちゃん〜怒っていたわよ〜」
「えっ……遅れるのは美智恵さんから聞いていたはずじゃ……」
「ん〜……なんでも〜ソレとは〜別口なんですって〜いってたわ〜」
「………………(汗)」
冥子の手は横島の手をそっと握っている。
「そういえば〜……優華ちゃんや〜ルシオラさんも〜怒ってたみたい〜」
「………………(滝汗)」
そっと握られた手は……離してくれそうに無かった。
「逃げちゃダメよ〜」
こんな時はお姉ちゃんらしく振舞う冥子……横島の考えはお見通しらしい。
横島は冥子に引き摺られる虜囚のように体育館のほうに引っ張られて行った。
「あれが六道冥子か……」
人気の無くなった筈の校舎裏に少年の声が響く。
「もう一人は……多分新入生ね。見たところたいしたことなさそう……」
少年の声にもう一人の少年の声が答える。こちらは幾分年長のようだ。
「どっちにしても仕事の邪魔になりそうなら……」
「つぶすのね。いいわぁ雪之丞、あんたのそういうとこ……好きだわぁ」
「……勘九郎……冗談は寄せ。お前の場合、洒落に聞こえん」
「もう……いけずなんだから。でもソコもいいんだけど」
そんな声と共に茂みから二人の少年が姿を現す。
小柄な――雪之丞と呼ばれた少年は横島たちの去って行った方を、
背の高い少年というより青年な勘九郎はそんな雪之丞の横顔を見詰めた。
「……って、おい。気付いてないのか……」
「……ん〜なにが?」
顔を向けずにいう雪之丞の言葉に、勘九郎が判らないといった表情をする。
「あいつ……いや、あの男、ヨコシマ……とか呼ばれた……あいつ俺達に気付いてたぜ」
「………………」
勘九郎の表情が変わる。自分達の隠形はそう簡単には見破られないはず……。
しかし雪之丞が――こういうセンスにおいては確かな彼が――言うのだ。間違いないだろう。
「退屈な仕事かと思ったが……面白くなりそうじゃねぇか」
嬉しそうな雪之丞に、勘九郎は沈黙で答えた。
「……そういえば、勘九郎……」
「なに? 雪之丞」
ふと真顔になる雪之丞。そんな雪之丞の様子に勘九郎が振り返る。
「一つ言って置きたい事が有るんだが……」
「……まだ、何か有るって言うの……」
あの少年……ヨコシマにまだ何か……勘九郎の顔に緊張がはしる。
「いや、お前の事なんだが……」
「わ、わたしのこと???」
急に自分の事を言われて、疑問符を顔に貼り付けた勘九郎。
躊躇いがちに……だが意を決して雪之丞は顔を向ける。
「いや、たいしたことじゃねぇんだが…………
その顔で高校生は無理が有るんじゃねぇか?」
「ほっときなさいよ!! 気にしてるんだからっ!!!」
ひゅう〜
一条の風が校舎裏に吹いた……。
相変わらずこんな感じです。
とりあえず追加?4名登場です。
相変わらず時間が進みません……(泣)
戦闘シーン……と言えるかどうか……テスト的に書いてみましたが難しいです。
話の中で戦闘シーンは修羅場も含めて予定してますので……慣れなくては……。
今回横島君の能力の一部を公開……私的解釈等がございますので御意見は歓迎いたします。
追記:番外は本編に繋がっている予定です。ですから、シロタマは出ますよ。
けものっ娘……好きですか?