よう……俺、横島、横島十夜。

俺は今、東京から約100キロ程西に離れた地点に居る。

現在も徒歩で西に移動中だ。電車・バス・車は使ってない。足がつくからだ。

勿論、それは逃亡中修行の為、追跡者を撒く自己鍛錬の為だ。他意は無いぞ……うん。

もちろん、無駄に鋭い第六勘が美神さんの八つ当たり危険を察知した為に逃亡旅に出た事も理由の一つだ。

打ち消し線が多いのは気のせいだ。別にやましい所はない……筈だ。

もちろん、前から放浪癖のある所用で、欠席が多かった俺が六道学園を選んだのも、

定期試験さえクリアすれば好き勝手できる出席日数に問題が無くなる為で、

俺が初日から脱出早退したのも別に予定外ではない。

勿論、学生生活も嫌いではないが、身近な暴力より遠くの恐怖旅が俺を呼んでいる様な気がした為、今は旅の空……

例え、後で悪化したとしても……おとこには逃げねばならぬ時がある。




GS横島

 第二夜  その1 〜美神令子〜 




   

  旅に出ます

    探さないで下さい

          十夜


それがアイツの置き手紙だと知った瞬間、私の脳裏に怒りと昔の記憶が浮び上がった。

私の名は美神令子。

私立六道学園オカルト学科高等部二年。

アイツの名は横島、横島十夜。

私の……

今の私の……
















八つ当たりの相手だ。


一応、幼少時の知り合いでもある。

私の……数少ない汚点の一つと言えなくも無いが。

とにかく、アイツをぶん殴ってすっきりしようかと思ったら既に逃亡済み。

冥子が一緒に行くと言って手間取ったのが原因か。

西条さんが、茂みに放置寝かされていたのを思い出して医務室に運んだ事が要因か。

それとも最初の授業くらい五体満足で受けさせてやろうと考えた私の甘さか……

いずれにせよ、逃げられた事に変わりは無い……居なくなった事に変りは無い。

あの時の様に……。




私がアイツ……横島と出会ったのは私が6歳、横島が5歳のときだった。

その頃、私は母の仕事の都合上、時間の融通の聞く幼稚園に通っていた。

六道学園の幼等部なら、横島とは出会えなかっただろう。

初めて会った時の横島の印象は大人しそうな少年……だった。

半袖、半ズボンの何処にでも居そうな普通の……でも何処か暗い影を瞳に映して――。

幼稚園の保母さんが偶々近くにいた私を呼び、横島を紹介した後、私に言った。


「令子ちゃんの方が一つ上だから、お姉ちゃんね。弟みたいに十夜君と仲良くしてあげてね」


そのようなセリフだったと思う。


「おねえちゃん?……おとうと?」


私は妹は居るが4つ下……まだ2歳だ。年の近い兄弟姉妹が居なかった私は、その言葉を考えた。

私が一つ上……つまり私はこいつより上だと。

私の語彙にそれに相応しい言葉が浮かぶ。

そして私は腰に手を当て右手、人差し指を横島に向けて高らかに言い放った。
















「アンタは今日から、わたちの下僕よ」


近くに立っていた保母さんが倒れた。

舌っ足らずの宣言は消せない過去だ……。

当然、その時の私に下僕の正確な意味など理解しているはずが無く、実際は『弟を使役する姉』だったのだが。

それから数日後、保母さん達が以前の『下僕宣言』を撤回する為に私と横島を呼んだ。


「令子ちゃん……十夜君を下僕にしてはダメでしょ、可哀相じゃない」


そう言った保母さんの目は真剣だった。子供心にも判るぐらいに。


「でも、弟は姉の所有物なのよ」


所有物を漢字で発音、美神令子は日々精進していた。

さらっと反撃された為、一瞬ひるんだ保母さんだが大人の理論で反撃してきた。

つまり要点のえだ。


「横島君は弟みたいだけど弟じゃないわ……お友達よ。お・と・も・だ・ち」


にっこり笑って立てた人差し指を振りつつ私に告げる保母さん。


「おともだち……」


その単語に少し首をかしげる私。

孤高な私には友達は居ない……いや、なまじ霊力が有る所為で友達を作る事は得意ではなかった。

友達と言えば一つ上に西条さんが居たが、彼は違う幼稚園だったから、友人と言うより知人……。

そんな私に年の近い友達と言われてピンと来る筈も無く……私は考えた。

つまり、横島は私と友達に成りたいと言う訳ね。

私は別に横島が下僕のままで友達でなくても構わない。

そんな思考を巡らせていた私に、この前仕入れた常識と言葉が浮かぶ。

急に押し黙った私にホッとした様な保母さん達……だから、私の言葉を彼女たちは止められなかった。

私は横島に向けてニヤリと笑うと腰に手を当て右手、人差し指を横島に向けて高らかに言い放った。
















「アンタ、今日から、わたしの奴隷よ!」


保母さん達が全員倒れた。


「れいこたん、どれいってなあに?」


無邪気に聞いて来る横島に私は自慢げに横島に説明した。


「奴隷って言うのは主人に仕えるものなの。代わりに主人は奴隷に報酬を上げなくちゃいけないの。

この場合、私が主人で横島が奴隷よ」

「ほうしゅうって?」

「ご褒美の事よ。横島は下僕じゃなくて、わたしの友達に成りたいんでしょ」

「べつに……ううん、なりたいよ……うん」


私の顔を見て言い直す横島。私の笑顔に惹かれたようだ。

……なぜかおびえたような顔だったが、気にしないでおこう。


「そうよね。だから横島は今日からわたしの奴隷。世の中『ぎぶあんどていく』で流れているのよ」


気が付くと意識を取り戻した保母さん達が泣いていた。

世の流れを捉えた私の宣言は、迷言と呼べるだろう。


そして諦めた温かく保母さん達が見守る中、私達は時を過ごした。

いつまでも続く……そんな気がしていた、ある日。

早熟な私は、自分と横島が『女の子と男の子』で有る事を自覚し、好意……の様なモノを抱いた。

今、考えれば子供じみた独占欲だったかも知れない……。

だけど、言わずに後悔するより言って後悔したほうがマシ――。

そんな気持ちが私を捕らえて離さなかった。

だから私は横島を呼んで……
















「あ……あんた、き、今日から、私の愛奴よ!!」


そう言って……横島が何か言ったような気がしたけれど。

自分の……好意を……横島に伝えた事が、

恥ずかしかったのか、

怖かったのか、

6歳だった私には、よくわからない感情に……気が付くと私は横島に背を向けて走っていた。


翌日、園長先生が倒れたため休園となっていた。

私にとっては安堵と、不安のような……もやもやとした気持ちを抱えたままの一日となった。

横島が明日から私にどういう態度を取るだろう。

それとも、いつも、ぼおっとしてるから私の言った事が理解できてないかも……。

でも、何も聞かれなかったし……聞こえなかったかも知れないけど。

そんな思考の回廊を彷徨さまよっていたと思う。

でも――。


「令子ちゃん、十夜君が令子ちゃんに『さよなら』って……『黙って行ってごめん』って言ってたよ」


告げられた言葉が判らなかった。

聞こえてきたのは誰の声だっただろうか。

横島の両親の急な仕事の都合……昨日が引越しだった。

告げられたのは別の人の言葉……手紙と一緒……既に居ない人の言葉。

私の愛奴宣言の言葉は……今考えると生まれて初めての告白の言葉は――。


















「美神令子、一生の恥よね!!!


自分の呟きに、時間が戻ってくる。

そうだ、このまま放っておく訳にはいかない。


「横島ぁ〜私から逃げられると思ったら大間違いよっ!。私が、『美神令子』である事を教えてあげるわ!!!」


私のことを『美神さん』と呼ぶあいつ。

私のことを姓の『美神』と呼ぶあいつ。

私の『宣言』が理由なのは判るけど……。


「最後の『宣言』はどうしたのよ……」


呟いた声は誰にも聞こえなかった。
















ゾクッ


「風邪か? 悪寒が……」


横島十夜の呟きは風に消えた。











舞台は学園にはなりませんでした。学園モノを期待していた方ごめんなさい。

いきなりエスケイプした横島君です。

第二夜は横島西遊記でお送りします……嘘です。

いえ、全部が嘘じゃなくて、東京から西のほうに行くってのはホントなんです。

こんな感じで横島との出会いを描こうかなってのが第二夜です。

今回はちゃんと、登場キャラが決めてあります。

前回の、勘九郎のように出す予定が無かったのに現れるような作者の意図を無視した登場は無いはずです……たぶん。

勢いで書いてるような部分があるので可笑しな所が有るかもしれませんがご指摘いただければ何よりです。




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