おっす、おら横島!。

ちょっと寝不足と疲労でナチュラルハイな高校一年生さ。

あれから3日……自分の痕跡を出来るだけ消しつつ、東京から京都走破は辛かった。

今、俺は京都の街中より離れた山の中に居る。

ここに来たのは雲隠れ一人になる為だ。

美神さんや優華とルシオラが俺を探したとしても見つかりにくい場所。

その一つがココ、京都の某所『芦家』の敷地……まぁ、山の中には違いは無いが。

『芦家』……古くからの陰陽道の名家、優華の実家。

俺も詳しくは知らないが某有名な陰陽術師の家系……その分家らしい。

何故そんな所に居るのかと言うと、実は意外と見つかりにくいのだ。

灯台元暗し……と言う訳では無いが、『まさか』と思う所に隠れるのが上手い隠れ方だ。

それに、ここには芦家の別荘がある。もちろん、術による保安管理がされているがソコが重要。

なぜなら、無人なのだ……実に都合よく。

結界の為に普通は使う以前に見つける事さえ出来ないが、俺の『眼』には関係ない。

当然、以前に芦家に使用許可は貰ってある。

問題ない筈だ。

記憶を頼りに捜す俺の眼に、結界の入り口が見えた。

知っていても『見えなければ』通り過ぎてしまう程の見事な結界……ここだ。

俺はゆっくりと手を伸ばし結界の鍵を宙に描いた――。

殺気と炎。

それが歓迎の挨拶だった。




GS横島

 第二夜  その2 〜タマモとシロ(前編)〜 




   

入り口が開いた途端、叩きつけられた殺気と飛来してきた炎が俺を掠める。

疲れていたとはいえ、気付かなかった?……いや油断だな。

そう瞬時に反省すると横にかわして傾いた体勢を立て直す。

相手は……2人。

が、いつまで経っても追撃が来ない。


「…………?」


不思議に思って……改めて確認しようと目を凝らす。


「ヨコシマ……?」

「せんせい……?」


そこに居たのは二人の少女。年かっこうは中学生ぐらい。

共にタイプは違うが充分美少女と言える。

一人は髪を後ろで幾つのもの房状に束ねたポニーテールならぬナインテールとも言うべき髪形。

スレンダーな容姿は将来を期待させる何かを秘めている。

少し生意気そうな気の強そうな表情が、今は驚きの感情を浮かべていた。

もう一人は、姿だけなら少し上に見えるかもしれない。

腰までの長さの銀髪に一房だけ赤いメッシュ、鍛えられ引き締まった身体と、精気に満ちた瞳。

何処か野生を感じさせる雰囲気は内に秘めた力を感じさせる。

健康そうな肌に似合いの表情を浮かべる顔は、今は呆然としたままで固まっていた。


「あれ? タマモ……シロ。こっちに居たのか」


女性の名前なら忘れない俺は、ここに彼女達が居る事を忘れていた。

正確には居る可能性を……だ。


「ホントにヨコシマなんだ……」

「せんせい……でござるよね」


二人が恐る恐るという風に聞いてくる様子に、俺は苦笑しながら頷いてやる。


「久しぶりだな……タマモ、シロ。元気そうで何よげふぅーっ!?


俺の身体は数メートル宙を飛んで樹に激突。

襲撃者と樹に挟まれ俺の胃がリバースしても可笑しくはない衝撃に踊る……空腹で良かった。

俺の言葉を遮るように飛び掛ってきたのは……シロだった。

タマモが先に駆け寄って来た筈なのだが、そのをシロが乗り越えてきた為に反応できなかった……。


「……ナイスコンビネーション……」


右手親指を立て、サムズアップは忘れない俺。

シロが俺に抱きつく向うから……あっ、タマモが起き上がった……後頭部にシロの足跡が見えた。

額に怒りのマークを貼り付けている……さながら『……私を踏み台にしやがった』と言った所か。

薄れゆく意識の中、タマモがシロに文句を言い……シロが謝って……何故か喧嘩が始まる。

そんな声を聞きながら……前も……そんな事が有ったような……気が……。




あの時は、ただ逃げ出したかった。

暑い日差しの中……逃げても進めない事は判っていた。

だけど束縛より自由が――たとえ僅かな時間でも――欲しかった。

そんな俺の夏。

中学生最後の夏。
















「勉強は嫌や〜数字も方程式も公式も漢字も外国語も歴史も化学反応も

物理法則も生き物の仕組みも見とうないんじゃー」




そう言って逃げ出した飛び出した中三の夏。

俺は京都にいた。

別に目的があって来た訳じゃない。

夢中で走って――倒れるようにして眠り、気が付いては走り――気が付くと、この場所に居た。


「これから、どうしよう……」


勢いで、ここまで来た俺は途方に暮れた。

所持金は……軽い財布が逃亡生活は長くない事を教えてくれる。

文明的な生活ものは……という意味でだが。

山は自然の恵みがある。知識さえあれば、多少の事は何とでもなる。

そんな無意識から、ここにたどり着いたのはいいが……これから当ても無く彷徨うのも何だし。

所持金が有れば捕まるまで遊び倒す事も出来たのだろうが。


「ホントにどうしよう。べつにサバイバル訓練がしたかったわけじゃないしな……ん?」


そんな事を考えていた俺の心に……何かが触れた。

『声』の様なモノ……音無き声……誰かの……叫び……。


「……あっちか」


誰かに呼ばれたように歩き出す。

無視するには聞き逃せない響きのある声――叫び。


『誰か助けて』


小さな……でも確かな声、俺に届いた声。

誰かに届く事を望んだ声……だが誰にも届かない事を知っているような……諦めた声。

そんな声が……昔の俺と重なって……気が付くと、その声に手を差し伸べていた。











私は逃げていた。

気が付くと一人だった。

気が付くと追われていた。

目覚めるのはもう少し後の筈だった。

目覚めたら追われる事はない筈だった。

だけど……私は目覚めてしまった。

不完全な力のまま……完全な力を取り戻していないまま。

私の中の何かが私に目覚めを促したから……。

私の名はタマモ。

かつて九尾と恐れられた妖狐。

かつて妖狐と忌み嫌われ封じられたモノ。


ぼんやりとした記憶と生存本能が自分が追われている事を教えてくれた。

追っ手は人間――かつて私を滅ぼし封じた奴等と同じモノ――私の敵。

だが、今は逃げるしかない。あらゆる意味で私には足りない。

身体的な力が、知識が、妖狐としての妖力も。

今は逃げる事しか出来ない。今の私に出来る唯一の手段。

なのに、口が勝手に言葉を紡ぐ。


「どうして……なんでよ……なんで追われなきゃならないのよ」


泣いてはいない……でも声は震える。


「わたし、この世に出て来たばかりなのに……」


前の記憶はぼんやりとした物で、今の自分は先程目覚めたばかりなのだ。


「人間なんて……人間なんて……」


呪詛に似た響き……でも本当は……


「絶対、逃げ切って……復讐して……やるんだから……」


誰かに……本当は誰かに……


「この私を……怒らせたことを後悔させて……」


わたしを……誰か私を……


「総ての人間に……後悔させて……やる」


……助けて欲しかった。


ヒュッ


「…………!?」


風切り音と共に飛来した刃物が私の身体を貫く……寸前、身を捻ってかわす。

追っ手の一人から奪ってきていたシャツが裂ける。

せっかくの手に入れた衣服もボロボロだ。だが、そんなことを気にしている暇は無かった。


「……囲まれた」


呟きは確認。周りを見渡す。

黒服の男たちが……4人。

一人は気絶させて衣服を剥ぎ取ったから……まだ来ていないようだ。

でもこのままじゃ逃げ切れない。


「どうして……どうしてよ!」


わたしが叫ぶ……言っても通じない事を知りながら。


「わたし何も悪い事してないよ……」


襲われなければ反撃もしなかった。


「なんで襲われなきゃならないのよ……殺されなきゃならないのよっ!」


わたしの声が辺りに響く……でも黒服の男達には届いていない……聞こえているはずなのに。

ゆっくりと近づく黒服たち……徐々に迫り来る……恐怖……死の予感。


「どうしてよ……」

「お前が『九尾』だからだ」


わたしの声に、初めて返ってきた黒服の言葉は……わたしにはどうすることも出来ない言葉。

殺気を纏った男たちが近づいてくる……隙は見当たらない。

かたかた音がする……わたしの歯が鳴っていた。

がたがた揺れる……わたしの身体が震えていた。


「死にたくない……死にたくないよぉ……」


わたしの呟きは黒服達の歩みを止めず――


「殺さないで……殺さないで……」


わたしの声が辺りに響くだけ――


「誰か……」


目前に迫った死に……わたしは手を伸ばす。

何故か手を伸ばす……誰も居ない筈なのに……助けなど居ない筈なのに。

黒服たちが各々の得物を構えて、一斉に飛び掛ってきた……刹那。

伸ばした手を、誰かが掴んだ。




感じたのは一瞬の奇妙な浮遊感。

変ったのは空気。

気付いたら誰かの腕の中にわたしは居た。

温かいぬくもりがわたしを包んでいた。

そしてわたしの頭を優しく撫ぜてくれた……本当に優しく……。

気が付くと身体の震えは止まっていた。

絶望に凍えそうだった心も落ち着いていた。

自分が誰かの腕の中に抱かれて、自分が相手の胸に顔を埋めていた事を自覚し……不思議に思う。

総てが敵に思えたのに……総てに絶望したと思っていたのに。

わたしは顔を上げて相手を見る。

人間……まだ少年の……頼りなさそうな風貌の……でも安心できる、そんな雰囲気の少年。


「大丈夫か?」


心配そうに尋ねる少年に……その顔を見詰めていた事に気付いて急に恥ずかしくなった。

腕の温もりも優しく撫でられる感触も離れるには少し未練があったが、わたしは彼から身体を離す。


「大丈夫よ……」


そう言って、彼を改めて見ようとした瞬間、少年の背がわたしを庇うように前に立った。

少年が見つめる先。

空間がまるで水面みなものように波打ち、水面から抜け出すように現れたのは……黒服!

わたしは無意識のうちに少年の袖を握り締めていた。




『一体コレは何だろう』、それが今の俺の思考だった。

助けを求める誰かの声に手を伸ばすと少女が現れた。

しかも、裸体にボロボロのシャツ一枚のみの姿で。

……たぶん目の前の空間が歪んでいるので何処か遠くからだろうと思う。

少女の様子から察するに追われていたらしい。酷く怯えていたのが可哀相だった。

だから少女を少し離れた場所で宥めるように頭を撫でてやりながら

――湧き上がる煩悩と戦っていたのは秘密だ。

しばらく待ってみると、徐々に少女の身体の震えが収まってきたのを感じた。

俺が少女が落ち着いたのを見計らって、事情を聞こうとしたその時――。

閉じていなかった空間の歪みから、黒のスーツにサングラス、似た背格好の男達。

しかも手に得物と殺気付きの如何いかにも『追っ手です』と言った姿の男たちが現れて――。


「君には関係無い筈だ。その少女をよこせ。後は、こちらで処理する」


なんて言いやがった。

俺は少女の手をそっと袖から外して男達に顔を向ける。

黒服達は、俺が黙っているのを了承と得たのか少女に向って歩き出した。

もちろん、俺はこの状況を納得していなかった。


「……関係ない? よこせ? 処理する?」


語尾が上がる……怒りの所為で。











「言うに事欠いて……この……変質者共が!!

大の大人が大勢で寄ってたかって、いたいけな少女を裸にひん剥いて追い回した挙句

……関係ない、よこせ、処理するだぁ〜この変態共め!!」


少女の着ていたシャツはボロボロで既に服としての機能は果たしていない。

しかもそれ以外は靴さえも身につけては居ないのだ。

男達は一瞬呆然としたが、慌てて弁解しだす。


「違うんだっ、聞いてくれ。その娘は人間じゃない……危険な妖怪なんだ!」

「そうともっ、かの大妖怪、封じられし……」

「だから我々は変質者などでは……」

「きょ……許可もある。我々はオカルトGメンの……」


口々に説明しだす黒服たち……だが。


「じゃかましいっ!!」


俺の一喝が黒服達の言い訳を遮った。


「他の誰が何と言おうと、貴様達が性質の悪い変質者なのに代わりは無い。

俺に見つかった事を後悔して、これから真っ当な道を歩め。変質者に世間は厳しいからな……」


そう言って、男達に対して構える。


「そ……その狐は妖狐なんだぞっ」

「『妖狐』だろうと、『九尾』だろうと関係ないっ、俺の目の前で女の子が襲われている。それで助ける理由は十分すぎるわ!」


俺の剣幕に男達が一瞬怯んだ……が、次の瞬間、即座に戦闘体制をとる。

……しかし。


「遅い!」


一瞬の怯みで俺には十分だ。

俺は体術だけなら大抵の奴に負けはしない……なぜなら、基礎体力は優華とルシオラ達に鍛えられ、

美神さんの虐待スキンシップにより回避能力、打たれ強さ若しくは防御力、回復能力は日々上昇中(涙)。

そのうえ、美智江さんに扱き使われの手伝いによって戦闘能力は向上している。

これで強くなかったら困りものだが、幸いな事に強くなっていた。

一番近い黒服に一瞬で間合いを詰めると顔面に一閃。


横島ぐれーとすぺしゃるでんじゃらすだいなみっくぱーんち!!


吹き飛んだ男の影から次の黒服めがけて跳ぶ。


横島すーぱーばーにんぐえれくとりっくじゃすてぃすきーっく!!


着地と同時に身体を沈めて地を這うようにダッシュ、次の黒服の攻撃をかわし懐に飛び込む。


横島でりしゃす(以下略)すくりゅーなっぱー!!


叫ぶネタが尽きてきた俺は最後の敵に向って突進する……が。


――暗器!――


隠し武器の存在に一瞬気づくのが遅れた……決してネタに詰まったからじゃないぞ。


男の暗器が俺のわき腹を掠める……浅いっ。


男が舌打ちして、こちらに振り向く。


「よく、かわし……」

「痛いやないかー!」


ごすっ


何か言いかけた黒服は俺のかっこいいセリフのない只のパンチで沈んだ。

ネタが切れたわけじゃないぞ……うん。

意識を失った黒服を眺めて……辺りを見回す。他には居ないようだ。


「……大丈夫?」


心配そうな少女の声。俺は笑ってガッツポーズを決める……決まった。

が、少女の顔は晴れない……助かった筈なのに……?


「……わたしが妖狐だって……『九尾』だって知ってたの?」


そう言って不安そうな眼差しを向けてくる。その上目遣いの表情は俺の心にぐっと来るものがある。

だが、ココで煩悩に負けるわけにはいかん……いや、かなり負けそうだが。


「眼は良い方なんだ。一目でわかったよ。もっとも抱き付かれた時はドキドキだったけど」


そういって笑って誤魔化す。自分自身の煩悩と一緒に。


「なんで……助けたの……わたし、妖怪なんだよ……人じゃ……人間じゃない……」


泣きそうな表情。思わず煩悩込みで抱きしめたくなるのを抑えて、俺は少女に教える。


「関係ない。先程も言ったけど女の子が助けを求めてたら、それも裸の美少女が抱きついてきたら、漢なら助けるだろう!

そう其れが漢って奴よ。例え其の原動力が下心と呼ばれる煩悩であったとしても!

助けを求め駆け寄る美少女、悪漢共から助ける俺、ナイスシュチュエーション! ナイス俺!」


最後は力強く力説するように叫ぶ。漢としての生き様としてはTOP10に入る場面だろう。

そして、こういう人間もいるのだと言うことを。全ての人間が敵ではない事を、この孤独な少女に――。




何と無く呆然としているような少女に声を掛け、とりあえず黒服達を運ぶ……もとの場所へと。

歪んだ空間は未だ閉じてはいない。今の内に放り込めば戻るはずだ――多分。

この少女が殺生石の九尾なら、ここまで距離がある筈……時間稼ぎにはなるだろう。


「ねぇ……この歪み……貴方の?」

「俺のじゃないけど、俺が原因かな」


俺は苦笑しながら少女に答える。

制御困難な力。突然発現し、不意に消える能力。

『視える』だけでも大変なのに不定期に不規則に現れる力。

俺の霊的潜在能力の現われらしいが……違うような気もする。だから説明は出来ない。


本気マジでGSの勉強でもしてみっかな……」


自分で呟いた言葉に――。











「勉強は嫌や〜数字も方程式も公式も漢字も外国語も歴史も化学反応も

物理法則も生き物の仕組みもオカルトも勉強と名のつくモンは嫌なんじゃー」


――自爆――


「ちょっ……ちょっと……大丈夫?」


心配そうな少女の声に我に返る。どうやら錯乱していたらしい。


「だ、大丈夫。ちょっと辛い事を思い出しただけだから……」


色んな意味で心配される前に笑って誤魔化す。色んな意味で不安にさせないようにしなければ。


「そう……ならいいけど」


少女は少し考えてから……納得してくれたらしい。

ほっとして気が抜けたのだろう。


「わたしは……」


少女の声に白刃の煌きが重なった事に……気づくのが遅れた。


ザシュッ


肉を切る音と


……ぽた……ぽた……


血が滴り落ちる音が響いた。











長くなったので前編になりました。

如何でしたか、予想通りですか? 期待通りですか? 的外れですか? 裏切られましたか?

楽しんでいただければ嬉しいです。




続く     戻る     目次