不意に……背後に生じた気配。

まだ閉じていなかった空間の歪みを抜けて飛び出した襲撃者。

裂帛の気合と、振り下ろされた白刃が少女に迫る。


ザシュッ


肉を切る音と


……ぽた……ぽた……


血が滴り落ちる音が響いて……


「あ……」


誰かの声が俺の耳に届いた。




GS横島

 第二夜  その3 〜タマモとシロ(中編)〜 




俺の腕を刀が切り裂く。

白刃の煌きに霊力の光が見えた。

――霊刀か!?――

気が付く前に刀はその霊力により俺の腕を切り落そうと食い込んでくる。

『切り落とされる』……そう思ったとき恐怖が俺を襲って――。


パキッ……ィン


「な……なにぃ」


襲撃者が狼狽の声を上げる。

俺はじっと自分の腕の状態を見た。

腕は繋がっていた。

多少切れてはいるが、たいした傷ではないように思える。

刀の方が折れた……いや砕けた!?

どうやら俺の霊圧に刀が負けたらしい。火事場の馬鹿力というやつだな。

腕を切り落とされると思った恐怖心が霊力を一時的に上げたのだろう。


「ち……ちょっと、大丈夫?」


少女の声に俺は苦笑する。大丈夫では無い――が、


「今のところ……熱い。いや、痛くなってきた……てゆうか痛て〜!!」


それでも顔をしかめながら笑ってみせる。

少女がホッとした様な困ったような顔を見せた。


「なんで……なんでそんなことするのよ」

「助かったんだから文句ゆうなって……」


少女の文句に再び苦笑する。

迫る白刃から少女を護る方法……俺が取った方法は『右腕を突き出す事』だった。

俺の背後から迫る一撃は少女が逃げる事が出来ない速度であり、

俺が少女を突き飛ばす事も庇う事も出来ない状態だった。

出来る事は自分の腕を少女の代わりに切らせて逃げる時間を作る事

……だったが、気が付くと腕を出していた……と言うのが実際の話だ。

腕ごと少女が切られる可能性も有った訳だし――。


「今考えると……かなり無謀で怖い事をしたんだな。やべ、今ごろ震えてきたよ」

「当たり前でしょ……無茶苦茶よ……アンタ……」


俺は少女と話しながら……襲撃者を見やる。

刀を構えた少年は……震えていた。

刀を失った事にか、それとも俺がその刀を折った事にか、あるいは少女を撃ち損ねた事にか。

年かっこうは随分幼い……小学生の低学年ぐらいか。

裾の短い着物を着た、前髪が一房赤い銀髪の少年。

なるほど、この程度の怪我で済んだのは刀に体格が合っていなかった為か。

不幸中の幸いだな。もう一回り身体が大きければ、今ごろ俺の片腕は無かったところだ。

まぁ、それを運がいいと言っていいのかは兎も角として、少年の様子を観察してみる。

少年の俺達を見る眼は敵意に満ちているが何処か迷い――怯え――を含んでいるようだ。

戸惑っていると言うほうが正確だろう。

俺達の会話を聞きながら警戒を解かない。

それどころか隙あらば襲ってきそうだ……襲って来ないけど。


「なぜ、そいつを庇うのでござるか」


時代がかった口調が服装に合っていたが、初めて聞いた少年の声は疑問に満ちていた。


「なんで、こいつを狙うんだ?」


俺は逆に聞き返してやる。変質者黒服達とは雰囲気が違う……別口だろう。


「そいつは悪しき妖怪でござるよ」

「誰に聞いたんだ? お前が見たのか?」

「長老に聞いたんでござる、殺生石に封じられし妖怪は邪悪な化身だと……」

「お前……こいつが悪しき妖怪や邪悪な化身に見えるのか?」


俺が無事な左手の親指で少女を指す。少年の瞳がわずかに揺れる。


「……で……でも拙者せっしゃは武士でござる、武士は正義の為に悪しきモノを成敗せねばならぬのでござる!」


子供らしい論理。俺は内心苦笑しながら少年に尋ねる。


「悪しきモノって何だ?」

「悪しきモノとは罪無き人を傷付け、弱者を責め苦しめる者の事でござる」

「……じゃあ、お前も『悪しきモノ』だな」

「な……なにをいうか。拙者を愚弄ぐろうすると――」


顔を真っ赤にして激怒しかける少年に俺は言う。


「俺、お前に何かしたか?」


腕の傷を持ち上げて見せてやる……まだ血は止まってないってゆうか、かなり痛い。


「そ……それは、そいつを庇ったから……」

「こいつは変質者達に裸に剥かれて追い回されて襲われて殺されて埋められちゃうとこだったんだぞ!」


少年の顔色が変わる……が、俺は構わず続ける。

誤解は正さねばな。説教は柄じゃないんだが仕方ないか……。


「お前が誰に、こいつの事を聞いたのかは知らん。

だがな、こいつは目覚めたばっかで右も左も判らない状態なんだよ。

何にもしてないんだよ。それなのにお前はこいつを『悪しきモノ』と決め付けて斬るのか?

それがお前の言う正義なのか? それがお前の言う武士なのか?」

「…………………………」


俯いて黙り込んだ少年に俺は笑いかけてやる。


「間違いは誰にでもあるし誰でも間違いを犯す。けど間違いは正す事が出来る。

でも皆が間違いを認めて正せるわけじゃない」


俺の言葉に少年が顔を上げる。少し涙ぐんでいた。責められ怒られたと思ったのだろうか。


「お前は、どちらだ? 間違いを認めて正せる方か、間違いを認めず間違いを犯し続ける方か」

「……………………」


少年は俺を見た。俺の腕の傷を見た。

少年は少女を見た。傷つきボロボロの服を見た。

少年は自らの腕に握られた折れた刀を見た。


「拙者は……」


口篭もる少年に、俺は答えを促してやる。俺なりの言葉で。


「迷うなら自分の眼を信じろ。人から聞いた事より自分で見て感じたことを信じろ。

信じて騙されたなら自分の所為だ。人から聞いた事が間違っていたなら信じた自分の所為だ。

どうせ自分の失敗なら自分だけの責任の方がすっきりするだろ」

「……拙者の眼……感じた事……」

「それに、自分の眼なら鍛えられるしな。少なくとも他人の嘘で騙される心配は無いからな」


俺は、そう言ってニヤリと笑う。

自分の眼は裏切らない……見えすぎていた俺には実感の篭る言葉だ。


「……拙者は……間違っていたのでござるな」


ガックリと膝をつき……少年はそのまま土下座して俺に謝りはじめる。


「謝って済む事とは思いませぬ……いや、土下座など温いと申されるなら……いっそ!!」


懐から小刀を取り出し……掛けたのを慌てて止める。切腹は勘弁してほしい……。


「よせって……大丈夫。気にしてないから」

「で……でも拙者の所為で……」

「確かに痛ぇけど大して深くないし……」


浅くも無いが……治らない傷ではない。血は止まらないが……さすが霊刀の傷。


「こいつも無事だったんだし……」

「さっきからコイツ、コイツって……私にも、タマモって名前がある……」


指差した俺をジロリと睨んで少女――タマモがボソリと言った。

少し頬が赤い……照れてるのか。


「お……そうか悪かったな。俺の名前は横島、横島十夜ってんだ。よろしくな」


やっと自己紹介できた事に気付いて笑ってしまう。タマモも釣られて笑った。


「おっ、いい顔。やっぱ女の子は笑顔の方がいいよな〜」

「な……何言ってるのよ……ばか……」


顔を真っ赤にして向うを向いてしまったタマモ。俺なんか変な事言いましたっけ?

本気で考えている俺に、少年が自己紹介をする。


「横島殿でござるか。拙者、犬塚シロと申す。先程の事も含め数々の無礼お許しくだされ」


居住まいを正して畏まる犬塚に……俺は苦笑して気軽に声を掛ける。


「犬塚……そんなに畏まるな。偉そうに言ったが俺はそんなに大層なモンじゃない。逆に畏まられたらコッチが緊張する」


そう言って笑ってやる。俺の方こそ未だ未だだしな。


「ですが……判り申した。拙者の事はシロと呼んでくだされ。それと傷の手当を……」

「傷……」


忘れてた……ていうか忘れたかった痛みが俺に迫る。

……あれ……何か意識が……血……出過ぎか……?


「ちょ……ちょっとヨコシマ!? 大丈夫!? ねぇ!?」


心配そうなタマモの声。

悪いタマモ……なんか大丈夫じゃ無さそうだ。

声に出したつもりが……出て無いみたいだ。

タマモの心配そうな瞳が俺を映している。


「横島殿! しっかりしてくだされ!」


犬塚……いや、シロ……だっけか。しっかりしたいんだけどね……ちょっとマズイみたいだ。

俺を心配してくれるのは嬉しいんだけど……怪我人するのはどうかと思うぞ……。

……あ……やべ……目の前が暗くなって――。


「ヨコシマ!?」

「横島殿!!」


急にぐったりとなった横島に慌てる二人。

シロに至ってはガクガクと横島を揺さぶっている。


「この馬鹿犬。そんなに揺すったら余計酷くなるでしょ!」

「拙者は犬ではござらん、狼でござる! 女狐こそ、横島殿にしがみついてどうするつもりでござるか!」

「馬鹿だから馬鹿って言ってるのよ。腕を縛って止血してるに決まってるでしょ。

それよりアンタ、この辺知らないの? ヨコシマを休ませて手当できる場所……悔しいけど私は目覚めたばかりだから……」

「……ここは……この場所は!?」

空気の匂いを嗅いで顔を上げたシロが何かに気付いたように顔を向ける。


「……違う場所……でも知ってる場所でござる。確かこちらに……」

「だったら、さっさとヨコシマを運んで手当しなくちゃ」

「指図するなでござる!」

「指図じゃないわ、指示よ、指示。とにかく運ぶのが先、手伝って!」

「……なんか納得いかんでござるが……確かに。こっちでござるよ!」


横島を支えてシロタマが辿り着いた先……そこは一本の霊木の根元、その洞。


「ここは……?」

「ここは人狼の里へ続く『道』の一つでござる」


そう言ってシロは懐から一枚の木片を取り出す。

通行手形のような其れは表面に犬の肉球が判子のように押されたモノだ。

シロは手形を翳すと大音声で告げる。


「刀守、犬塚の犬塚シロ、危急の用有りて開門を願う。疾く開門されたし」


シロの声に反応して手形が霊気を放ち霊木が呼応する。

霊木の洞が景色を変え、やがて向うに村の入り口らしきものが見えた。


「さ、行くでござる……どうしたのでござるか?」


シロが進もうとするのにタマモが歩き出そうとしていない。

不思議そうに尋ねるシロにタマモは呟く様に尋ねる。


「いいの? わたしが行っても……わたしは妖狐なんだよ」

「何を今更……拙者一人では横島殿を運ぶのは難しい。お主の力が必要でござる……それに……」


シロは横島の顔を見て、


「拙者は……拙者の眼はお主を悪しきモノとは映さぬ。

もし、村の者が何か言っても拙者は拙者の信じたものを貫き通す」


そう言ってシロはタマモに答える。

シロの眼は言っていた、お前は横島殿を助けたくは無いのか……と。


「わたしは……この人を……ヨコシマを助けたい。借りは……作らない主義だから……」


最後は言い訳のようにタマモは呟いて――。

二人に抱えられたまま……横島は人狼の里へと入っていった。











遅くなりました……予定より。

待っておられた方……居るんでしょうか……居たらすみません。

お待たせ(?)しました。続きです。




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