夕刻、横島家の隣……芦蛍あしほたることルシオラの家にパピリオの声が響く。


「ベスパちゃん、ルシオラちゃんは何処どこでちゅ……何処行ったの?」


リビングで雑誌を読みながら、お茶を楽しんでいたベスパは顔を上げてパピリオに答えた。


「ルシオラか? アイツなら横島を狩り探しに行ったぞ」

「ええーっ、ズルイでちゅ! 今日は横島と遊ぶつもりだったのにルシオラちゃんだけ……」


地団駄を踏む妹に、ベスパは苦笑しながら注意してやる。


「パピリオ、喋り方が戻ってるよ。いつもの事だ、直ぐ戻ってくる。それより勉強は進んだのかい?」

「大丈夫でちゅ……大丈夫だよ、ちゃんとしてるよ。でも『ちゅうがくいちねん』なのが残念で……だよ」


そう言って残念そうな顔をするパピリオに、ベスパはお茶を淹れてやる。

魔族としては珍しい『成長』をしたパピリオ。

成長した容姿に合わせて喋り方を修正中だが、すぐにもとの口調に戻りそうになる事がパピリオの課題の一つだ。


「まぁ、知識は有っても一般常識面がね……ちょい足りないって言われたし、背格好もそんなモンだろうしね」

「何で人間は変な事に拘るのでちゅ……かな、もっと自由でも良いと思うのに」


注意されても、なかなか治らない『口調』と『一般常識』の課題に文句を言うパピリオ。

そんな妹の様子をみながらベスパはカップの紅茶を一口飲む。


「その不自由さが人間社会なのさ。横島と同じ学校に行くんなら、それ位は我慢しなくちゃね」

「そうでちゅ……そうね。それに、ひのめちゃんと同じだし」


ひのめの事を考えて、すぐに機嫌を直した妹にベスパもひのめの事を思い出す。

美神ひのめ。美神令子の妹で、美神美智恵の娘。

私達を怖がらず、特にパピリオとは仲がいい。


「中等部1年オカルト学科だしな。クラスも同じらしいから」


そう言ってベスパは妹の嬉しそうな顔を見て微笑む。

微笑んだ自分に気付いて、ふと思う。

自分も変った……と。

きっかけは些細な……でも、今は大切な思い出。

あの日、偶々――でも、もしかしたら必然――の出会いが私達を変えた。

私達は変った……今の私達に。

あの日から――。


GS横島

 第二夜  その7 〜ルシオラ、ベスパ、パピリオ〜 




私達は魔族としては上級の部類として生を受けた。

いつ誕生したのかは憶えてはいない。

判っていた――記憶に有った――のは自分達の名と自分達が強い事、魔族には珍しい姉妹である事。

珍しいとは姉妹である事ではなく、誕生――この場合は製作と言うべきか――が

ほぼ同時で有るにも関わらず姉妹としての自覚が有った事だ。

私達は誰か――高位魔族――に創られた事を知ってはいたが、誰に創られたのかを知らず魔界に在った。

居たのでは無く、ただ『在った』。

その頃、私は只の魔族としての在り方に飽き、軍に所属しようか考えていた。

危険は有るが退屈せずには済むし、創られた存在として何かの為に……存在する為の証が欲しかった。

ルシオラやパピリオは余り良い顔はしなかったが、二人も少なからず私と同じ様なモノは抱えていた。

『何か』……表現は出来ないが足りないモノがある。

そんな気持ちを抱えたまま過ごしていた……そんな時、感じた違和感。


――人間界に、奇妙な反応があった――


そんな噂が私達の元に流れて来た。

普通なら聞き流す程度の噂だった。でも、その時の私達には聞き流せない噂だった。

その噂――高位魔族が人間界に現れた――は、ここ数日、私達が……私達だけが感じていた違和感。

焦燥の様な、懐かしい様なモノ。


「ベスパ……私、人間界に言ってみようと思うの」

「ルシオラ、私も行くよ。気にはなってたんだ」

「わたちもいくでちゅ。ルシオラちゃんとベスパちゃんだけで、わたちは置いてきぼりなんてズルイでちゅよ」


パピリオの言葉にルシオラは眉を顰め、私は苦笑する。


「パピリオ、遊びに行くんじゃないのよ」

「そうだぞ。私達魔族が人間界に行くと言う事は、神族や人間達も刺激する事になる」

「そんなの平気でちゅ。パピリオはそんなのに負ける訳ないでちゅ」


私達の注意に、胸を張り答えるパピリオ。確かに強さだけなら私達にかなう者など多くは無いが……。


「パピリオ、お役所仕事な神族は兎も角、人間は意外と厄介なのよ……」

「そうだぞ、パピリオ。私達は強いが危険が全く無いとは言えないんだ」

「そんなの知ってまちゅ……」


問題点が個人の強さにあまり関係ないことにパピリオの語尾が小さくなる。

面倒で厄介な事は誰にでもあるものだ。特に人間界では私達は異端なのだから。


「命の危険と言うよりも……面倒な事になるのが煩わしいのよ」

「後々、問題が出るかもしれないしね……」

「そんなの気を付けてれば大丈夫でちゅ……それにルシオラちゃんやベスパちゃんも同じ筈でちゅよ」


それでも妹の説得は無理……な事は判っていた為、注意事項を確認した私とルシオラは顔を見合わせて頷いた。


「じゃあ行きましょうか」

「前から気に為っていた地点だな」

「日本と言う所でちゅね」


私達が、前から気になっていた反応。

私達の心――そんなモノが有るのなら――を動かす何か……それを探しに。

『何か』の答えを見つける為に……



















アッサリ見つかりました。

「「「早っ」」」


「……じゃなくて、あの娘ね」


ルシオラが拍子抜けしたように呟く。私も少し……何か……ガッカリした?

パピリオは少しつまらなそうだ……やっぱり半分遊び気分だったようだ。

人間界の都市……その上空に私達は居た。勿論見付からない様に結界は張ってある。

日本と言う国の大阪と言う場所にその少女は居た。人の住処……家の2階の部屋。

見た目は普通の……美醜で言えば美しいと言える容姿だが、内在する力は……!?


「………………!?」

「……これ!?」

「あれ……これ……何でちゅか……!?」


驚愕で声が出ない私にルシオラとベスパの掠れた様な声が届く。

それも当然だ……これでは……まるで――。


「高位魔族……いえ、魔神……」

「……こんな事が……有るのか!?」

「あの子も魔族なんでちゅか?」

「……違う……と思う……いえ、判らないわ……」

「確かに……力は感じるのに……直接見るまで判らなかったなんて」

「でも、なんか懐かしいでちゅ」


私達の驚愕は魔神クラスの力の強さと懐かしいと感じる奇妙な既視感デジャブ

何か……思い出しそうな……もどかしい何かが……。

ふと、少女の側にいた少年が顔を向ける……私達に向けて。


「「「!?」」」


何かが脳裏をぎった……何だろう。だがそれは掴む前に消えてしまった。

かわりに訪れたのは……驚愕と興味。


「私達に気付いたの?」

「そのようだ。力は……それ程でも無い様だが……」

「わ、わたちは気を付けてまちゅよ」


あわてるパピリオに、ルシオラがゆっくりと首を振る。


「違うわ、パピリオ。私達が見つかったんじゃない。見つけられたのよ……あの少年に」

「何か特殊な能力か。偶に人間にもそんな能力者が居ると聞いた事は有ったが」

「でも、弱そうで……ちゅ?」

「気付いた? パピリオ……ベスパも気付いてるわよね」

「あぁ……アイツは……何だ……」

「判らないでちゅ……」


先程から私達は驚愕し続けていた。

惹かれる存在……魔神並の力を秘めた少女。

その側の少年……多少の力は有るが大した事は無い……そう思えるのに……


「……力の大きさが判らない」

「……強いのか……弱いのか。何故判らないんだ?」

「何か……不思議でちゅ。只の人間なのに……弱そうなのに強そうにも思えるでちゅ……」


私達は困惑していた……只、気に為っただけの……半ば見物がてらの探索だった。

だが、私の……私達が出会った人間(?)は予想以上……いや予想外の存在で。


「ベスパ……パピリオ……私、あの人間を暫く観察してみたい……だから、」

「少なくとも退屈はしないな」

「わたちも気になるでちゅ」


ルシオラの言葉に私とパピリオの言葉が重なる。

私もパピリオも同じ様に感じている……何かを。


「……ふぅ……少し面倒な事が有るのよ」

「私達以外の魔族や神族に気付かれない為の結界だろ……それに手続き」

「わたちだけ仲間外れは嫌でちゅよ」

「ベスパは軍に入るんじゃなかったの?」

「軍より面白そうだからな……それとも『姉さん』は私だけ帰れと?」

「こんな時だけ『姉さん』か……それってズルイわよ」

「喧嘩はいけまちぇんよ」


パピリオに注意されて……私とルシオラは顔を見合わせて苦笑する。


「確かにそうね……結界、魔界への手続き……理由は『移住』でいいかしら」

「別に騒ぎさえ起こさなければ良いんじゃないか? それに手続き自体強制ではないんだし……」

「ルシオラちゃんはペチャパイで性的魅力が不足してる分、真面目にならざるをえないでちゅからねー」


ガンッ


「ペ……ペチャって、あなたの胸でそー言う事言うの!?」

「パピリオの胸には未来が有るでちゅ!! ルシオラちゃんみたく、もう終わってないでちゅ!」

「よしなよ……!」


プルプル震えながら拳を握り締めるルシオラ。

殴られた頭を抑えながら半泣きでも言い返すパピリオにベスパが割って入る……が。


「ベスパは引っ込んでいて!!」

「ベスパちゃんにはルシオラちゃんの苦しみは判らないでちゅよ」

「まだ言うかー!! 前と違って、私だって少しは成長してるのよー……って前?」


何か思い出しかけたが……結局判らず、首を傾げるルシオラ。

そんなルシオラに私は溜息と共に促す。


「兎に角、何時までも此処居る訳にも行かないだろう?」

「……そうね。住む所も確保しなくちゃならないし……」

「出来るだけ近い方が良いでちゅ」


そんなパピリオの願いが叶った訳では無いだろうが、丁度隣に空きがあり私達はそこに住む事に決めた。

勿論、人間の様に振舞いながらアノ人間達を観察する為に――。




「最初は観察だったんだよな……」




最初はちょっとした興味だった。


「こんにちは……お隣に引っ越してきた……」


少し緊張気味のルシオラを先頭に私達は人間の礼儀作法としてお隣に挨拶を行なおうとしていた。

このミッションは簡単で有りながら重要なモノだ。

ただの隣人としてターゲットに接触し、親交を深めつつ潜入し正体を探る。

一度は見付かったが、今は更に霊波、魔力等の気配は消してある。

いまなら普通の人間の様に見える筈だ。これならば……

しばらくするとアノ少年……水色のシャツに半ズボンの5歳くらいの少年が顔を出した。

私達の顔を見てぺこりと御辞儀する。


「こんにちは。ぼく、よこしまとおや。おねーたんたちは?」


少し舌っ足らずだがハッキリと挨拶をした少年に、ルシオラが少し緊張気味に挨拶する。


「こ、こんにちは。わ、わたし……私達は、隣に越してきた……」

「おねーたんたち、まぞくのひと?」

「「「!?」」」

「いきなりバレてるわよ!?」

「お、落ち着けルシオラ、深呼吸だ。大丈夫、気付かれてはいないはずだ」


慌てるルシオラを落ち着けようとする私。


「な、何か変だったんでちゅか?」

「パピリオも落ち着け……!」


パピリオに小さくしかし鋭く落ち着くようにいう。こんな事で失敗するわけには――。


「……? まえに、おそらにうかんでたひとだよね?」


そんな私達の様子を不思議そうにみていた少年は、確認するように聞いたきた。つまり――。


「思いっきりバレてるし……」

「どーするんでちゅか!? ルシオラちゃん、ベスパちゃん」

「わ……私に振るな……」


焦る私達……いきなり、しかもあっさりミッション失敗? 何とか打開策を……


「ひみつだったの? いいよ、ないしょにしておいてあげる」

「「「へ?」」」


少し舌っ足らずの少年の声が私達の動きを止めた。今、何て……?


「まぞくのひとはしょうたいがバレたいけないんだよね」


こくこく


うなずく私達……少年はにっこり笑って手を差し出した……約束の印。


「ゆびきりだよ」

「え……と……」


何か判らないが、手を差し出した私達に少年が歌うように『ゆびきり』をする。


「ゆびきりげんまん、うそついたら……」


気付いたら三人とも『ゆびきり』をした手を見ていた。

なんだろう……何か……。


「いま、おかあさんはおでかけして、いもおととふたりでおるすなの」

「そ……そぉ……(ベスパ……どうしよう!?)」

「………………(こんな展開は考えてなかったぞ!)」

「えーと……(どうしたらいいんでちゅか?)」

「おねーたんたち、おうちにあがる?」

「「「え?」」」


いきなりの提案に面食らう私達。


「……いや?」


少し寂しそうな顔をして横島が見上げてくる……なにか……罪悪感のようなものが……。


「い、嫌じゃない……けど」

「そ……そう嫌じゃないが、知らない人を、いきなり家に上げるのは……」

「そうでちゅよ、物騒でちゅよ。悪い人だったらどうするんでちゅか」


何故か狼狽して注意してしまう私達。そんな私達に横島は不思議そうな顔をして尋ねてくる。


「おねーたんたちわるいヒトなの?」

「ち……ちがうわよ」

「そーじゃなくてだな……」

「知らない人を上げちゃいけないって言ってるんでちゅよ」


横島は小首を傾げて……何か思いついたように顔を上げて私達を見る。


「おねーたんはなんてゆうの?」

「えっ……わたし?あの……ルシオラだけど」

「おねーたんは?」

「あ、あたしはベスパ……」

「おねーたんのおなまえは?」

「わたちはパピリオでちゅ」

「じゃあこれでしらないひとじゃなくなったね」

「「「…………………………」」」


何か……『勝てない?』そんな気がして……。

気が付くとお家に招かれ……優華と出会い……帰ってきた百合子さんと挨拶……。

最初の目的は……微妙に達成できたような……達成できても意味が無いような……


念の為、横島に『魔族』が如何いうモノか聞いてみたら一般的な解答は知っていた。

が曰く、


「おねーたんたちは、ぼくや、ゆうかたちにわるいことするの?」


ふるふるふる


身長の差の為、上目使いになった横島に……私達は首を振って答えるしかなかった。




「気紛れから、興味と好奇心……気が付いたら……」


気が付いたら私は……私達は横島の側に『居た』。只、『在る』のではなく。


最初は研究者の眼で……観察……だった。

でも、何時の間にか横島達の成長を見ている自分が……自分達が居て。

気が付くと、横島の事を見ている自分が……私達姉妹が居た。

変った人間が、可愛い子供に。

可愛い子供が、元気な少年に。

元気な少年が、格好良い少年に。

そして、良い男へと……

私は……私達は見て来た。

変って行く横島を……

そして変った私達を……

ルシオラは、少し雰囲気が柔らかくなった。昔は頑固で、妙に硬い所が有ったのに……

魔族として真面目に生きていた姉さんが、今は横島や優華と同じ学校に通っている。

パピリオは、姿まで変えて……成長までして横島の側に行こうとしている。

あの子供っぽかったパピリオが、学校に行く為に勉強するなんて昔は想像もしなかった事だ。

私は……ベスパと言う名の魔族は……昔の自分なら、こんな気持ちは持たなかっただろう。

何処かに鋭い刺を秘めている……そんな雰囲気を纏ったまま、笑うとしても敵を嘲るぐらいにしか使わなかっただろう。

そんな私が今は微笑む事が出来る。


あの日……横島に出会った日から……私は……。






「……ベスパちゃん?どうしたんでちゅ……どうしたの?」


パピリオの声に、ベスパは回想から戻る。


「……ん……あぁ、ちょっとな。昔の事を思い出してたんだ……」

「昔の事……?」

「あぁ……」


私は……脳裏に浮かぶ思い出を眺めつつ、パピリオに笑いかけた。





















「あんまり成長してないな」

「まだ成長期でちゅ! ルシオラちゃんには負けないでちゅよ!!」






っくちん……風邪かしら……でも何か不愉快な気が……」


何故か怒の#マークを額に貼り付けて、ルシオラは首を傾げた。






これにて第二夜、終了です。

この時点で何故、彼女等が横島の側に居るのか……

当社比80%でお送りしました。

足りない20%は美智恵さん関係や他の方々の分でして……何れ機会があれば。

第三夜ですが……一応、GSらしく事件が起こる……予定です。

未だ、出て来ていないキャラ達も居ますので……その時に登場予定?

なお、登場キャラにリク有りますかね……場合によっては出番が早まるかも。

なお、『××は何故居るのか』と言うリクがあれば……第二夜の追加も考えましょう。

改めて、第二夜にお付き合い下さった皆様……有難うございます。

これからも宜しくお願いします。


夜:「なるほど、足りない分は貴様の力不足だと言うことだな」

反論はしませんが……このときは珍しく、後書きには来ませんでしたね。

夜:「あの時は準備で忙しかったのでな」

あぁ、三夜の出番の……

夜:「うむ。そういうわけだから、もう少し私の出番を書き足しておくように」

いや、それは編集中に要るかなと思って修正するわけでして……って後ろ手に持っているモノは!?

夜:「前回、久しぶりとかなんとか言っていたのでな。用意したものだ」

言わなくても持って来てるくせにぃじぃぎゅ

夜:「では、愚かな作者に代わり……読者の方、応援よろしく頼む」

口は災いの……もと? がくっ




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