「はぁ……はぁ……はぁ……」
急がなくては――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
手遅れになる前に……早く――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
やっと思い出せたのだから――
「早く……えっ!?」
キキィー……ドンッ
タイヤの軋む音……衝撃と身体に感じる浮遊感。
「こんな……ところで……」
そこで私の記憶は途切れた。
GS横島十夜
第三夜 その1 〜偶然と必然の出会い〜
「ちょっと、雑誌でも買ってくる」
奥に告げて玄関に向う横島に優華が声をかける。
「兄さま、夕御飯には帰ってきて……」
「散歩なら拙者と……」
「私も一緒に言って良い?」
優華の声に続いて、シロとタマモが奥から出て来ようとするが――。
「二人は、課題が残ってるでしょ? 早く仕上ないと間に合わないわよ」
ひょいと伸ばされたルシオラの手に敢え無く捕獲され引き戻される。
「あぅー散歩〜」
「ヨコシマぁ〜」
引き戻される二人の様子に横島は笑いながら、手を振って見送る。
「お前達は転入までにガッコの課題、終わらせなきゃならないんだろ。また今度な」
そう言って、優華に見送られながら横島は街に出かけた。
アレから直ぐに帰宅した横島達はシロタマの住居で多少揉めたが、
「なんで私の家に……」
との美神の呟きに、
「じゃあ拙者は先生の家にお世話になるでござる!」
「私もヨコシマの家がいい……安全そうだし……」
との発言が相次ぎ、
「ちょ……ちょっと待っ!?」
との狼狽気味の美神の声は、
「「よろしくね(でござる)ヨコシマ(先生)!!」」
という二人の元気な声に掻き消された。
美智恵は苦笑、ひのめは少し残念そうながらも微笑。
美神家のうち一人だけ機嫌が悪かったのは黙殺される形になった。
それ以外は西条が行方不明もしくは遭難中特に問題なく
……シロタマの修行内容についての尋問があったが
『秘密』ということで何とか切り抜けていた。
「バレたら洒落にならん」
にこやかにナニがあったか尋ねてきた優華とルシオラの顔を思い出し横島は小さく身震いする。
命の危険は無いだろうが、何故か身の危険を感じるのだ。
「俺の勘がそう告げている。たとえバレバレでも言うたらあかん……と」
そんな事を考えながら町の本屋まで向っていた横島の視界に何かが引っかかった。
「!?……何だ?」
辺りを見回す。
普段と変らない景色がそこにある。
夕刻の街並み、買い物に行く主婦、学校帰りの子供達、近所の爺さん、
たむろする浮遊霊達、兄ちゃん達に絡まれている女子校生……女子校生!?
この辺りでは見ない制服の女の子が性質の悪そうな兄ちゃん達に絡まれている……ナンパだろう。
女の子は困ったような困惑したような様子でオロオロしている。
「ここで出て行ってカッコ良く彼女を救い出せば……俺ってヒーロー!? 俺の株急上昇!?」
横島の脳裏に困っている女子高生を助け、モテル漢の一歩を踏み出した自分が映る。
「よぉしっ、只の喧嘩なら素人相手には負けへんで〜」
普段、美智恵や美神に手伝いと称して無料で悪霊相手に死戦を潜ってきた横島である。
多少腕がある相手でも勝てなくても負ける事は先ず無い。
素早く彼らの側に移動。
いかにも『不良です』なスタイルの兄ちゃん2人に気付かれないように近づいて――少女の顔が見えた。
「僕、横島十夜って言います。お嬢さんお名前は?」
「きゃっ!?」
「何だ、てめぇは!?」
「いきなり何だ!?」
いきなり少女の手を掴んで自己紹介しだす横島。
突然現れたとしか思えない速度で現れた横島に少女の声とナンパ男達の狼狽した声が重なる。
「あぁ〜しもうたぁ。つい美少女に釣られて背後から一撃かます予定がぁ〜」
「な……何?」
「「何だてめぇわって言ってるんだよ!!」」
いまだ驚きから立直っていない少女。長い黒髪がふわりと揺れる。
ナンパ男達は、いきなりの闖入者に驚愕から怒りへと表情が変った。
「この横島十夜、困っている美しいお嬢さんを助ける事が生きがいなのです」
が、横島にはナンパ男達が見えていないように少女に自らをアピール中。
「ふ……ふざけた事抜かしてんじゃねえぞ」
「なめてんのか!この餓鬼ぃシバクぞ」
「え……えーと」
手を取りポーズを決めつつ、さりげなく少女を引き寄せる横島。
獲物を横取りされたとばかりにいきり立つナンパ男達と、よく判っていない少女の声が辺りに響く。
通りすがりの人々は我関せずと足早に歩き去っていく。
「わ……私は大丈夫ですから……」
少女がナンパ男達の怒気を含んだ形相に怯えながらも気丈に横島に言う。
そんな少女に親指を立てて横島は爽やかな笑顔で応えた。
「大丈夫! 俺には強い味方が居るのです」
その言葉にナンパ男達が鼻で笑う。
「味方ぁ? どこに居るって……」
馬鹿にするような男達の言葉を遮るように、横島が男達の背後に視線を向けて声をかける。
「あっ、おまわりさぁーん」
「な、何ぃ!?」
ぶんぶんと手を振りながら声を上げた横島に、慌てて自分達の背後を振り返るナンパ男達。
男達の視線にビクッと野良猫が反応する……のが見えた。他には誰も居ない。
「何言ってやがる……おまわりなんて居や……」
「……居ねぇ……」
正面に顔を戻した男達の視界には横島達の姿は無かった。
「ぜぇーはぁーぜぇーはぁーぜぇーはぁーぜぇーはぁー」
「あ……あの大丈夫ですか?」
「だ……だいじょ……ぶ」
少女を連れて全力疾走で街を駆け抜けた横島。
普段の彼なら大した事は無い距離でも、今は前回の疲労と優華達の追及による精神的疲労が彼の体力を奪っていた。
息を切らす横島に少女が優しく背を撫ぜてくれる。
「あ……ありがと。え〜と?」
「あっ……わ、私……キヌって言い……ます」
一瞬考え込むような表情を見せた少女を横島は見つめる。
「そっか、おキヌちゃんか……うん大分楽になったよ」
「良かった……あ、助けてくれて有難うございました」
そう言って深々と頭を下げるおキヌに横島は苦笑する。
「いいよ、別に。それに俺も君に興味が在ったし……」
「えっ!?……あの……」
いきなりの横島の言葉に一転して頬を染めるおキヌ。
横島はソレを気にせず辺りを見回して一軒の店を指差す。
「ちょっと話がしたいんだけど……あそこで良いかな?」
「えっと……あの……」
「あ、大丈夫……おれの驕りで……コーヒー1杯だけど……」
「あ……その……」
「良いよね?」
にっこり笑って手を差し出す横島におキヌはおずおずと手を伸ばした。
「この、1番安いコーヒーを1杯だけお願いします」
ウェイトレスの『かしこまりました』の声におキヌが顔を上げて横島を見る。
おキヌの頭の中に何故、どうして等の『?』マークが踊っているのが表情でわかる。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
一方の横島は、只でさえ少ない所持金が更に少なくなった事を顔に出さないように努めながらおキヌに笑いかける。
自称モテナイ男とは思えぬ態度だが……
「おキヌちゃん……」
「ひゃ……ひゃい」
色々な事が頭の中を回っていた時に、突然名前を呼ばれ緊張の余り声が上ずってしまうおキヌ。
横島はそんな彼女に真剣な眼差しを向ける。
優華達が格好良いと言う表情――ただし本人自覚なし――を向けられて、ちょっとドキドキなおキヌ。
「大事な話があるんだ」
「え……ええー。そんな……急に!?」
いきなり切り出された話にびっくりするおキヌ。
「大切な事なんだ」
「え……でも……会ったばかりだし……横島さんの事、良く知らないし」
しかし横島は気にせず、ゆっくりと落ち着いて話を続ける。
「時間は関係ないんだ……いや早い方が良い。これだけは言いたいんだ」
「え……あの……わたし……」
いきなりの横島の告白に真っ赤になって俯くおキヌ。
横島の視線がおキヌを捉え、顔を上げたおキヌの視線を受け止める。
「おキヌちゃん……俺……君を初めて見たとき……気付いたんだ」
「横島さん……」
「君の事が……君が――
「幽霊だって事が!」
「は?」
「いやービックリしたよ。何せ、一般人にも見えるぐらいしっかりとした霊体構造だし」
「へ?」
予想外の台詞に何を言われたのか一瞬わからなかったおキヌ。
もちろん横島は、彼女の期待していた台詞になど気付く事は無い。
「触れたり触れられたり出来るくらい実体化してるし」
「あの?」
どう答えていいか判らないおキヌに、横島は彼女の狼狽を理解していた。
つまり、一般人に心霊関係の知識が無い為の戸惑いだと。
「おまけに普通に声まで聞こえるんだもんなぁ。幽霊って言うより精霊か神霊って言う方が良いかな」
「???」
もちろん、自分の台詞におキヌがドキドキしたのに気付く事は無かったのだった。
混乱中のおキヌにGS手伝いとしての横島が説明する。
もちろん先程までの態度はGS手伝いとしてだ。
モテナイ男を自認する横島が、態度の使い分けが出来るほど器用で有れば……あえてここでは語るまい。
本人に自覚がない所為か普通の人間の様に向かいの椅子に座っているおキヌに横島は話し始める。
「まぁ、自覚は無いだろうけど。おキヌちゃん、君は今幽霊なんだよ」
「幽霊って……でも私……」
横島の言葉に戸惑いながら自分の手を見つめるおキヌ。
いきなり幽霊といわれても、自分は他の人にも見えるし物だって持てる。
普通(?)の幽霊ならそんなことは出来ないはず……。
「証拠って言うか……今から言う事が違ったら言ってみて。多分納得できると思うから」
「…………はい」
そんな素人でも知っていそうな幽霊の常識を考えているおキヌの様子に、横島は話を続ける。
おキヌは少し考えていたが横島の真剣な表情にゆっくりと頷いた。
「先ず一つ、お腹すかないだろうって言うか前にご飯食べたの……いつ?」
「え……それは……!?」
すぐに答えられる筈の内容。でもおキヌは答えることが出来なかった。
「次に、その制服はここらじゃ見掛けないけど君の学校は? 前は、いつ行ったの?」
「学校……あれ?……どうして!?」
答えることが出来ない……というより思い出せない。そのことに気付き愕然とするおキヌ。
「最後に、君が帰るお家は何処? もしくは最後に帰ったのはいつ? 家族は?」
「………………」
今にも泣きそうな表情のおキヌを横島は静かに見つめる。
「記憶が曖昧だったり、今まで不自然さに気付かなかったのは自己防衛みたいなもんだよ。
混乱してるのは判るし、納得できても納得したくない気持ちも少しは判るよ。でも事実は事実なんだ。
受け入れなきゃ、何時までも彷徨ってると性質の悪いモノに襲われたりするよ」
(もしくは性質の悪いモノに変るかも知れないしね)
内心の呟きを飲み込み、横島はおキヌを見つめる。
ウェイトレスがコーヒーを横島の前に置いて立ち去ってからおキヌが小さく頷いた。
「わたし……死んでるんですね」
「多分ね……」
気になることは有る。彼女が、ただの幽霊には思えない――そんな何かが。
「成仏した方が良いんですよね……」
「普通はね」
「……判りました」
素直に受け入れたおキヌに横島が少し首を傾げる。普通はもう少し未練を持っても良い筈だが。
「えへへ、実は何と無く気付いてたんですよ……おかしいなぁって。でも私、気付かないフリして……」
涙が頬を伝い落ちる。横島はそっと眼を逸らす。
「こう見えてもGS手伝いしててさ……結構いろいろ見て来たから、おキヌちゃんの助けになれると思ってさ……」
重くなりそうな雰囲気に殊更軽い口調で横島がおキヌに笑いかける。
「ありがとう……横島さん。私……横島さんに会えてよかった」
「たいして役に立てたかは判らないけどね……」
ゆっくり首を振るおキヌ。その瞳はもう濡れてはいなかった。
「横島さんの御陰で私は自分の事が判りました。知らなければ、きっと未だ何処かを彷徨って居たと思います。
でも今は自分の行くべき所が判る。それだけで私……」
「おキヌちゃん……」
「ありがとう……横島さん……」
そう言っておキヌは宙に浮かぶと天に昇って行った。
「横島さん……成仏ってどうしたら良いんでしょうか?」
昇って行った……と思ったら宙に浮いたままおキヌが心細そうに横島に尋ねる。
「よく判らないんですけど…………」
「…………霊体構造、安定しすぎ?」
呆然とした横島と困った表情のおキヌを冷めた珈琲が映していた。
遅くなりましたが……第三夜スタートです。
待っていた方……居るのだろうか? 居たらお待たせしました?(疑問形)
第三夜はプロットはとっくの昔に出来ていたのに書き始めがどうしても上手くいかず……
何処から話の切り口を出せば良いのか……非常に迷いました。
おかしいなぁ……迷うほど書いてないのに(笑)
おキヌちゃん登場です。そして幽霊の状態です! 生まれ変わっても幽霊です!!
はぁはぁ……失礼しました。
とにかくおキヌちゃんが出た事によりいずれ巫女服姿を望む声が揚がる事でしょう(ニヤリ)。
夜:「というのが掲載時の後書きだが……偶には書き直す気は無いのか?」
書き直そうとしましたが、時間と体力が持ちませんでした(涙)
夜:「更新ぐらいで力尽きてどうする? 新作も上げねばならんのだろうが!?」
うぃ、そちらは少しずつですが進めてます。まぁ出張が一段落して通勤に変われば何とか……。
夜:「……次も長期出張かもしれんのだろう?」
そのときはそのときで……
夜:「………………」
えっ……と沈黙が痛いんですが。リアクションが無いのも怖いんですけど……
夜:「気にすることではない。貴様が出来なかったときに貯めておこうかと思っただけだ」
貯めるってナニを? 痛いことじゃないっすよね? ね!?
夜:「………………」(ニヤリ)
その笑いは嫌ぁ〜!!