ぐぅ〜


朝の爽やかな空気の中に俺の胃が空腹を訴える声が響く。


「腹減った……」


机に突っ伏したまま横島は呟いた。


横目で優華とルシオラを見ると、いつも通りの笑顔。

だが俺の眼は優華達の怒りを見落とさなかった。


「まだ怒ってるのか……」


ぐったりと机に沈み込みながら、ぼんやり時のつのを待つ。


「横島さん? どうしたんですか」

「あぁ……ピートか。いや昨日から飯食ってなくてさ」


心配そうに俺を覗き込んでくるピートに力なく笑って答える。


「横島さん、わっしも昨日から何も食ってないですけん」

「俺もだ。まぁ、実戦ならたまに有ることだがな」


ピートの後ろからタイガーと雪之丞による『空腹仲間』の環が俺を包もうとする。


「誰が好き好んでサバイバル訓練するか! ……いかん、大声出したら腹に響く」


変な所で仲間意識を持たれたら、俺までイロモノにされてしまう。


「はぁーせめて弁当でも有ればなぁ。早弁するんだけどな……」


ちなみに俺の財布の中身はゼロに近い。

家の家計は優華が一手に仕切っている。

つまり何らかの事情で支給されなかった場合、あっという間に俺の所持金は尽きる。

そして、今がその状態だ。


「でも、ホントにどうしたんですか? いつもお弁当なら……」


ちらっとピートが優華とルシオラに視線を向ける。

が、ピートの目には普段と変らない様に見えるだろう。

しかし、付き合いの長い俺には判る。アレは怒っている表情だ……しかも、かなり。


「俺だって何で機嫌が悪いんだか解らねえよ」


ピート達の不思議そうな表情に、俺はぐったりしながら昨日の事を思い出していた。




GS横島

 第三夜  その2 〜竜へ至る道 其の壱〜 




  

昨日は結局、成仏出来ないおキヌちゃんを連れて家に帰ったんだよな。

聞けば自分が何故ここにいるのかも解らないらしい……幽霊には良くある事だ。

着ている(?)制服からは学校と身元の割り出しをしてみたのだがおキヌちゃんの事は判らなかった。

それ以外で身元を示すものをおキヌちゃんは持っていなかった。

最初おキヌちゃんは遠慮してたけど放っとく訳にもいかないし、まぁ空き部屋なら有るから……と言う事で家に連れて帰った。

その時は優華もルシオラも別に怒っていなかった筈だ。


「まぁ……兄さまらしいと言えばらしいです」

「はぁ……横島だもんね。仕方ないか……」


なんて優華とルシオラは溜息混じりに呟いてたし。


「ゆーれいでござるか……拙者ゆーれいを見たのは初めてでござる」

「幽霊なのにさわれたりれられたり出来るんだ……」


シロとタマモは好奇心旺盛でおキヌちゃんを困らせてたっけ。

その時までは確かに俺的には平和だったはずだ。


「じゃあ取り合えずおキヌちゃんは暫く家で預かっても良いかな……行く所ないみたいだし」


そう切り出して、部屋を掃除するやら物置代わりの空き部屋を空けるのに荷物を移動させるやらの話が出て――


『私、幽霊ですから部屋は何処でも良いですよ。なんだったら横島さんの部屋でも……』


おキヌちゃんが遠慮して――最後の方は聞き取れなかったが――言った辺りからかな。

急におキヌちゃんをどうするかで揉めて――


「空き部屋に問題が有るんだったら俺が外に泊まるよ。確か、前に除霊手伝いで貰った

ビジネスホテルの無料券が有るから泊まるだけなら無料だしな」

『だったら私も行きます……あの……一人じゃ心細いから』

「「「「な!」」」」


おキヌちゃんの言葉に何故か他の4人が騒ぎ出して――


「横島ぁーアンタ、女の子をホテルに連れ込んで何をするつもりかぁ!?」

「いや……何をするって……寝るだけっすけど?」


俺は顔に疑問符を貼り付けたまま答える。

何で美神さんがおキヌちゃんの事で怒ってるんだ?

てゆうか、いつの間に来たんだ?


「寝、寝るって……あんた……!?」


顔を真っ赤にして狼狽する美神さん。


「いやぁー! ひのめも寝る〜!!」


可愛らしく叫ぶひのめちゃん。


「だめよ、ひのめ落ち着きなさい。横島君、シャワー借りても良い?」


シャワーならいいすっけど、何故シャワー……な美智恵さん。


いつの間にか美神さん家に連絡が行って美神さん達が乱入して来て……混乱して。

本格的な騒ぎになって、気が付いたら晩飯が食えそうな雰囲気では無くなっていた。

結局、おキヌちゃんは美神さんの所で預かる事になった。

おキヌちゃんは残念そうな顔をしてたみたいだけど、いずれ美智恵さんにはおキヌちゃんの事を話すつもりだったし。

なにせ俺はGS手伝いだからね。

オカルトGメンで働いている美智恵さんの方がおキヌちゃんにとっては助けになるだろう。

シロタマの時は反対?してた美神さんだがおキヌちゃんの事はすんなり行った。

美神さん曰く、


「動物なら世話が大変だけど、幽霊で……おキヌちゃんの様なしっかりした娘なら別に構わないから……」


と言う事らしい。

シロやタマモが動物扱いされた事に怒るかと思ったが、二人とも大人しく……何故か俺に擦り寄ってきた。

シロ曰く、


「拙者は先生のペットでござるから」


――爆弾投下――


「ちょっと待て。ペットって……」


シロのセリフに驚いた俺の言葉を遮るように

タマモ曰く、


「私はヨコシマの所有物……つまり愛奴?」


――第2弾投下……連爆!――


「違っ……」


慌てて否定しようとした俺の声を、






『「「「「「どういう事(かしら)(ですか)(なの)

横島(兄さま)(お兄ちゃん)(君)(さん)!!」」」」」』


俺とシロタマを除く6人の声が遮る。


「恐っ」


アレは恐かった……何か無性に恐かった。

皆、顔は微笑んでいるのに、眼が笑ってないし。

……兎に角、何故か怯えながら俺は、シロタマ達にさっきの発言の訂正を――


「どうして?」「どうしてでござるか?」

「いや……愛奴やペットは違うのでは無いかと……」


背後に突き刺さる無音の圧力を感じながら俺はシロタマに言った。

タマモが俺の腕に触れてそっと尋ねる。


「だって私、『ヨコシマ預かり』なんでしょ」

「うむ」


頷く俺。確かにその通りだ。

手続きは芦家が行なったが書類上では俺が預かっている事になる。

いわゆる保証人の様なモノだ。

まぁ、天涯孤独みたいなタマモの保護者みたいなモンだろう。


シロが俺の服の裾をぎゅっと握り尋ねてきた。


「先生は拙者を散歩に連れて行って遊んでくれるのでござろう?」

「うむ」


頷く俺。確かにココに来る前に散歩の約束はした。

まぁ芦家の別荘や人狼の隠れ里と違って魔力が少ない外では昼間は犬「狼でござるよぉ」の姿だから、

散歩といっても犬の散歩だが。


「横島は私の生殺与奪権を持ってるんでしょ……」


タマモがじっと俺を見る。


「う……うむ」


首を傾げる俺。

確かに俺にはタマモの生殺与奪権が与えられている、と言っても書類上だ。

俺はソレを使う気は無い。

タマモにもそう言った筈なんだが……?


「つまり、私の全てはヨコシマに奪われている……だから私は横島のモノ

「……うにゅ?」


何か違う気がするんだが?


「先生は散歩の時、拙者にコレを着けろとおっしゃられた」


首輪と鎖を差し出すシロ……て何処から?


「う、うむ」


ゆっくり頷く俺。何せ昼間のシロの姿は犬「狼でござるよ!」だ。

首輪と鎖をしてなきゃ散歩が出来ないのが都会の街中ってやつの常識だからな。

これもシロには説明した筈なんだが?


「散歩の時に首輪を着け鎖で繋がれる……これは主人とペットの正しい関係でござる」

「……う……にゅ?」


何か……どころか、かなり違う様な気がする。


「だからヨコシマは私の」「だから先生は拙者の」

「チョットマテ、ナニカヘン……」
















「御主人様ね(でござる)」


俺は常温で体感気温が急激に下がるのを感じたよ。




後は憶えていない。

騒ぎに巻き込まれて――

美神さんから八つ当たり気味の一撃を喰らって――

流れ弾も有ったような気もするが――

気が付くとボロ雑巾のような俺が居間に放置されていた。


そして今朝は朝食が無かった。


「兄さま、ゴメンナサイ。寝坊してしまって」


そう言いながら優華は朝食の後片付けをしていた。

そして弁当も無かった。


「ごめんね横島。私も寝坊しちゃって」


そう言ったルシオラは優華に弁当を渡しながら微笑んだ。

シロタマは項垂れて小さくなっていた。


「すみませぬ先生……」

「ごめんね……ヨコシマ」


謝る二人は既に朝食済み……弁当も用意されていた。

俺は首を傾げ考える。


「俺……なんかしたっけ?」






「横島さん?」

「んぁ……あれ……あ、寝ちまってたか……」


ピートの声に気付いて辺りを見回すと……どうやら昼休みらしい。

タイガーと雪之丞も周りに集まってくる。


「タイガーと雪之丞は兎も角ピート、お前は?」

「え……お昼ですか? お世話になってる教会の方もお金が無くて……

その、これ以上迷惑は掛けられないって言うか……」

「ふーん、意外と大変なんだな」


俺にとって天敵とも言える美形のピートだが実は意外と苦労しているのか。


「ピートさんも飯抜きですかいノー」

「なるほど、俺達ゃ『空腹仲間』か『貧乏同盟』てとこだな」

「人を勝手に変な仲間や同盟にするな!」


あぁ、駄目だ……雪之丞に突っ込みいれたら余計なエネルギーが消費されてしまった。


「動きたくねぇ……」


俺の呟きにピートが懐からナニカ取り出す……喰いモンか?


「僕はこれで……」

「「「薔薇?」」」


ピートの手に持った薔薇が見る見るうちに枯れていく。


「吸血鬼は薔薇の花からも精気を吸えるんです。美しい花の生命を吸い取るなんて僕は罪深い生き物です……」

「美形ぶってんじゃねぇぞ!!」

「放せタイガーっ!! 殴る!! あいつを殴るッ!!」

「落ち着くんジャー雪之丞さん、横島さんも。気持ちは判りますけん。

……けど、今のワッシらには暴れるだけのエネルギーは残ってないじゃろー」


雪之丞を背後から羽交い絞めにしながらタイガーが俺たちを止める。

やっぱり美形は敵だと言う認識を新たに確認し憤る俺。

そんな俺たちにピートが何か言いかけるが――。


「あの……ピートさん……もっ……もし良かったら、これ食べてくださいっ……!!」

「「「何ぃー」」」


突然、横手からピートに差し出された弁当に声を上げる横島・雪之丞・タイガー。


「ありがとう……!」


弁当を受け取りながら同級生らしき女生徒に微笑みかけるピートを見て、3人の心が一つになった。






「友達のモンは俺のモンっ!! 俺のモンも俺のモンじゃー!!」

「タンパク質ジャー!!」

「久々のまともな飯だぜー!!」


がるるるるるるっ

がつがつがつ

ばくばくばく


飢えた獣のようにピートから弁当を強奪して喰らう横島達。


「うう……酷い」


ボロボロになりながら床に蹲るピートに横島達が眼を向ける。

その眼はまさに飢えた獣だった……いかも未だ足りないと語っている。

その眼を見てピートは反撃する事を諦めた。


「足りない……」

「1個だけですけんノー」

「無いよりマシだがな」


口々に勝手な事を呟く横島達。

苦笑しながら立ち上がるピート。

傍から見れば横島も、すでに立派にイロモノであった。






「情報通り、横島は弁当抜きね……」


廊下から教室を覗きながら、後ろ手に弁当箱を持ち美神令子は小さく呟いた。

母、美智恵から今日の事は聞いていた。


「ちょっと作り過ぎたから……でいいわよね」


これは……そう言う事だ。

あと、その代わりにGSの仕事を手伝ってもらえれば……


「ま、前払いの報酬みたいなもの……だから……」


自分の中に理由を付けて美神は小さく頷く。


「よしっ行くわよ」


颯爽と教室の中に入り真っ直ぐ横島の席に向う。

いつも優華とルシオラ達の料理を食べている横島に、

今日は自分が作った弁当を食べてもらえる(確定)数少ないチャンスだ。

しかもいいわけ理由もバッチリだ。


「美神さん?」


横島が気付いて声を掛けてくる。

大丈夫、私は落ち着いている……そうよ、弁当を渡して食べて貰うだけだもの。簡単な事の筈よ。


「よ……横島クン……その……」


緊張するな私! 美神令子がこんな事で躊躇う筈ないでしょう………頑張れ私!


「え……と、どうしたんすか? 美神さん」


横島が不思議そうな顔で尋ねてくる。

頬が火照ってくるのを感じる。

ダメ……こんなの私じゃないわ……簡単よ……簡単な事よ、手に持ったお弁当を横島に――。


「タイガー居る? 仕事が有るワケ。午後から早退して……令子!?」


不意に聞こえた声に身体が硬直し声がした方に慌てて振り返る。


「エ……エミ!? なんでアンタが此処に??」

「ソレはこっちのセリフなワケ。何で1年の教室にアンタが居るワケ?」


エミが訝しげな表情で私を見る。私は平静を保ちながら素早く弁当箱を隠した。

小笠原エミ……ブードゥからエジプトまで呪いが専門の呪術師だ。

正直、彼女以上の呪術師は数える程しか居ないだろう。

仕事上でぶつかる事も有るが……何より彼女とは中学1年からの付き合い――腐れ縁とも言える――で

公私共にライバル関係だ。

戦績は私が勝ち越してるけどね。

そんな彼女が何故此処に……しかもまた私の邪魔を!!


「ま、アンタがここで何してようと関係無いワケ。私は助手のタイガーを呼びに来たワケ」

「助手?」


私の呟きにエミがニヤリと笑う。


「性格の悪いアンタには助手なんて居ないだろうけど、忙しくなると助手も必要なワケ」

「なぁんですってーっ!!」


私の怒声にエミが勝ち誇ったように笑う。

ムカツク……私だって助手ぐらい……。


「タイガー……お前、いつの間にあんな美人の姉ちゃんと!?」

「エミさんはワッシに才能があるゆうて助手にしてくれたんですジャー」

「横島さんがお休みだった時に知り合われたそうですよ」

「……ただの色黒姉ちゃんとは違うみたいだな……」


タイガーが横島の質問に、ピートが横島に付け加える。

雪之丞は値踏みするような眼差しでエミを眺めた。


「じゃあワッシはアルバイトが入りましたケン、早退しますかいノー」

「バイトか……俺も考えようかな。お前等もどうだ?」


タイガーのセリフに横島がピートたちにも声をかける。


「僕は教会のお手伝いがありますから……」

「バイトより、俺と山で修行してみないか? 食い物だって有るぞ」

「だからサバイバル訓練はせんとゆうとろーが!」


そんな横島たちの会話が聞こえる。

私がエミに馬鹿にされてるのにアイツ……!

まだ、笑みを浮かべているエミに私は言い返す。


「こっ、こっちにだって助手ぐらい居るわよ。それも二人も!!」

「ふぅ〜ん、負け惜しみでも大きく出たワケ」


人を小馬鹿にしたように言うエミの表情がムカツク。


「じゃあ今日の仕事、ギャラの手取りで勝負よ!」

「どちらが経費を抑えて効率よく仕事するかってワケ? 私に勝つつもりなワケ?」

「横島君っ!!」


ビクッ


「は……はいっ」


いきなり呼ばれてビクツク横島……そんな横島に問答無用とばかりに私は告げる。


「と言う訳で今日仕事だからね! いいわね!!」


勿論、横島に拒否権は無い。


「は……はい」


これでよし……後は――。


「それと……こ、これ食べておきなさい。空腹が原因でエミに負けるなんて許さないからね」


私は『美神令子』らしく言い放ち、お弁当を渡すと踵を返す。


理由はどうあれ横島君に弁当を渡せた。

まずは私の勝ち……後はエミに勝てばいいだけ。


携帯電話で、ママに連絡をしながら私は作戦を考え始めた。






次に出るキャラバレバレですね?(挨拶)

原作読み返してたんですが……SS化するのが難しい場所に差し掛かっています(私的に)

しばらく原作の追いかけに近くなるかもしれません……といっても原作ワンエピソード分ですが。

一応書き上がっているのですが……投稿ペースは小ネタ板の状態等を見ながら考えてます。

こんな作品ですが、お付き合いくださる方には変らぬ感謝を……


夜:「というのが掲載時の後書きだが……」

この先の話は書き直し、もしくは修正をしたいんですが時間が……(泣)

夜:「今も深夜に更新作業中と?」

えぇ。がんばって更新ペースだけは落としたくないなっと。

夜:「努力は認めてやってもいいが……」

えっ!? めずらしく肯定的な言葉!? つまり痛くない後書き継続中!?

夜:「貴様が結果を出せば……な」

…………………手にした釘バットが怖いんですが。

夜:「次回ぐらいに、使いそうなのでな。気にするな」

準備OK!? てゆうか気にしないのは無理ーー!!(泣)




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