暗い下水道の中に響く肉体無き者の怨嗟の声。


『美神さーん、そっちに行きましたよー!』


予定通り、おキヌちゃんが悪霊を誘導してくれた。


「横島、神通棍!」

「はいっ!」


傍らにいる横島君に声をかけて、私は神通棍を受け取り構えた。

渡された神通棍に気合と霊気を込める。


「GS美神令子が……極楽に逝かせてあげる!」


掛け声と共に、私は襲い掛かってきた悪霊を一撃で――。




GS横島

 第三夜  その3 〜竜へ至る道 其の弐〜 




「と、ここまでは良かったのよ」


場所は『美神除霊事務所』、某ビルの最上階に位置する美神令子の仕事場……そのオフィス。

額に絆創膏を貼り付けた娘の話を聞きながら美智恵は手にした湯飲みからお茶を一口。

昨日、娘から『どんな仕事でも良いからギャラが良くて儲けが多そうな仕事を紹介して!!』と頼まれたのだ。

仕事自体は簡単な仕事――娘、令子にとって――の筈だった。

結果、除霊は終わらせたが、不意を喰らって多少の怪我を娘が負った事に内心、美智恵は首を傾げる。

予想より多少悪霊の数が多かったとはいえ、苦戦するような娘では無い筈だ。

少なくとも実戦で気を抜く様な育て方をした覚えはない。


「おかげで念の為持って来といた破魔札を使う羽目になって……予定外の出費よーっ!!」


少なくとも、破魔札を無駄に浪費するような娘では無いだろう。


「せっかく、暗くて臭くて汚い仕事でも我慢して受けたのにぃ……」

「でも、エミさんには勝ったんでしょう?」

「ソレとコレとは別よ! これじゃあ試合に勝って勝負に負けたも同然だわ……あぁ……」


当初の目的は果たせたはずの娘――令子が勝ったにも関わらずさっきから嘆いている。

そう、辛うじてエミさんに勝った……ただし今回、横島君には助手としての報酬は払っていない。


「私のお弁当が報酬代わりよ!!」


そういって横島君に告げた娘……高い弁当も有ったものだ。

名づけるならぼったくり弁当

溜息をつきながら娘に視線を向ける。


「いくら横島君が側に居たからって緊張したわけでもないでしょうに……」

「ちょっ……ちょっと待ってよママ! どうして横島の事が……!!」


私の呟きに大げさなほど反応する令子。でも私は娘の言葉を受け流し考える。


「令子が、いつも通りで苦戦した……エミさんも同じ様だって言ってたわね?」

「……うん、そうよ。向うは横島のクラスメイトと大学生のバイト4人で仕事してたらしいけど……一人が重傷らしいわ。

後の連中も入院とは行かないまでも怪我したらしいし」


「エミさんの必殺技は確か『霊体撃滅破』よね」

「そっ。呪的な踊りに3分も掛かるから、舞踏中無防備になる術者の防御に人が居るのよねぇ」


令子が小馬鹿にしたように言っているが、エミさんの実力を侮っては居ないだろう。

聞けば認めないだろうが、この娘はエミさんを自分のライバルと認めて居る筈だから。


「でも、エミさんも苦戦したとなると……」


私の脳裏にICPO超常犯罪課、通称オカルトGメンの報告書が浮かんだ。

最近の悪霊の質の上昇……それによる霊能者側の被害件数の増加。


「確か先生の所も、そんな事言ってたわね」


令子がお茶を啜りながら思い出したように言う。

先生……昔、私が師事して戴いた事も有り娘もお世話になった人……唐巣先生。

教会で神父をしながらGSの仕事をされている。

GSの腕は業界でも10指に入る腕前だ。その先生も苦戦したとなれば――。


「単純に悪霊が強くなったと考えるべきかしら」


生物が害毒に対して抵抗力を持つように、悪霊も度重なる除霊に抵抗力を付けている。

最近の報告書にも懸念されていた事だ。

これからの対策に考え込む私を見ていた令子が不意に立ち上がりおキヌを呼ぶ。


「令子?」

「ここで考え込んでても仕方が無いわ……相手が強くなったなら、こちらも強くなればいいのよ」

「強くって当ては有るの?」


簡単に強くなれるのならば苦労はしない。

しかし令子は当てがあるのか気になる笑顔を私に向けた。


「まぁね……考えるのはママに任せるわ。あ、ソレと……よ、横島くん連れて行くから、学校には上手く言っといてね。じゃあねー」


おキヌを連れて部屋から出て行く娘を見送りながら、胸中の不安を押しとどめる。


「当て……ねぇ。マサカとは思うけど……」


手っ取り早く強くなる方法……厄珍堂の怪しげな品を除けば、心当たりは多くは無い。


「マサカ……ね」


無理やり荷物を背負わされ連れて行かれる横島君の後姿を眺めながら学校に連絡する為、美智恵は携帯を手に取った。







「と言う訳で紹介状下さいな♪」

「いきなり何だね? 美神君。突然訪れたと思ったら……」

「あれ? なんでピートがココに居るんだ?」

「僕は先生の弟子なんです。少し前からコチラで御厄介になってるんです」


俺とおキヌちゃんを連れて、美神さんは古ぼけた教会の礼拝堂にいる唐巣神父と言う人に会いに来ていた。

いきなり連れて来られた為、詳しくは聞け無かったが前回の除霊で苦戦したから修行するらしい。

その為には、目の前に居る神父から紹介状を貰わなければならないらしい。

見かけは、ぱっとしない中年神父だが美神さんの態度からすると結構有能なGSなんだろう。

何故、俺まで? という疑問や質問は無意味だ……だって美神さんだし。

まぁココにピートが居たのは驚いたけどな。


「最近、霊が強くなったと思いませんか?」

「ああ、私も霊が強くなったのは感じていたよ。おそらく霊の方が全体的に強くなってきているのだろうね」


同じ様に額に絆創膏を貼った唐巣神父が深刻そうな表情で美神さんに答える。


「早く一人前になって仲間の吸血鬼の生活をささえなきゃならないんですよ」

「へぇ〜意外と大変なんやなー」


その傍らでピートと会話する俺。


「幽霊や妖怪にも生物と同じ様に抵抗力、この場合は除霊に対するものだが……が付き始めているようだね」


考え込む神父。


「来日費用は仲間のカンパか?」


尋ねる俺。


「………というと?」


美神さんが神父に結論を促す。


「つまり、現金収入の乏しい仲間の吸血鬼が、ピート君に貴重なヘソクリを……」

「違うでしょっ!! あんた達、話の邪魔しないでよっ!!」


会話が混ざった為、変な方向に行き掛けた話を、美神さんが一喝して元に戻す。

一つ咳払いして神父が話を続けた。


「除霊が盛んになり、多くの悪霊が除霊されて来たが、一方で、より強力な悪霊達が生まれつつあるということさ。

我々も修行して更に力をつける必要があるだろう」


「だ・か・ら、しょ・う・か・い・じょ・う! 紹介状! 妙神山の!」

妙神山!?


妙神山と言う単語に血相を変え椅子を鳴らして立ち上がる唐巣神父。そんなに凄い所なのか?


「コツコツやるなんて私の趣味じゃないわ。どーせなら一発でどーんとパワーアップしたいから」


気軽に答える美神さんに唐巣神父が強い調子で答える。……何か嫌な予感が……。


「君には未だ早すぎる!! ヘタをすれば命に関わるぞ!! 大体、美智恵君は――」

「妙神山での修行にママは関係無いわ……それにママだって反対しない筈よ」


反対したって行く……言外の意に気付いて唐巣神父は溜息を吐いた。


「それに先生だって昔あそこに行って強くなったんでしょう? 何事もやってみなくちゃわからないわ!」


そう言って微笑む美神さんと提示された小切手に唐巣神父が紹介状を書くのは時間の問題だった。




「だから……何故俺まで……」


言っても仕方が無いのに呟いてしまう……横島十夜16歳。

あの後、俺は美神さんに連れられて荷物を背負いながら『日本の何処にこんな場所があるんだ?』

と思わせるような山道を歩いていた。


「しかし……なんちゅーとこなんですか、ココは」


とても山道とは思えないような道を歩きながら前を歩く美神さんに尋ねる。


「世界でも有数の霊格の高い山よ。神と人間の接点の一つと言われているわ」


ちらりと俺を見ながら美神さんが答えた。


「修行場まで、もう一息だから……多分

「今、多分って言いませんでしたか!? ねぇ!?」

「あー……もう、余計な事言って無いで……荷物落としたら殺すわよ」

「荷物が落ちるときは命も落ちてると思うんすけど……」

『横島さん、頑張って』


宙に浮くブレザー姿のおキヌちゃんも1個だけトランクを持っているけど……。


「おキヌちゃんはいいよなー浮いてるんだもんなー」

『死んでも幽霊に成るように頑張ってくださいね』


「そっちかいっ!!」


悪い予感がバッチリ当たって……嬉しくない……帰りたいなぁ。


「唐巣のおっさんの話では、かなりヤバイ修行場らしいじゃないですか。どーしても行かなきゃなんないんですか!?」


無駄だと思いつつも言ってみる。


「まーーーね。この前の雑魚相手に手古ずる様なら商売あがったりだし、

それに霊格を上げれば同じ武器を使っても、より強力な力を出せるし、

今の内に一発レベルアップしとかないと他の同業者に出し抜かれるし、

なによりエミとの差を広げるチャンス!!

少々ヤバくても、この機会を逃したくはないのよ」


「だって死ぬかも知れないって唐巣のおっさんが……」

「私は美神令子よ! 地球が吹っとんでも私だけは生き残って見せるわ!」


ほほほほほほっ


「……………………」


高笑いが良く似合う。

美人なんだけど……自身満々なのは良いんだけど……。


「それに上手くいけば良い事尽くめ!! パワーアップ=経費削減=商売繁盛よ!! 止める筈無いでしょっ!!」

「……………………」


やっぱりダメか。帰りてぇよぉ……と言う俺の心の叫びに応えるモノは無く――。


 ココね」


『妙神山 修行場』と書かれた門が俺達の前に現れる。

門には『この門をくぐる者 汝一切の望みを捨てよ 管理人』と書かれたプレートが有った。

観音開きの門扉には、それぞれに鬼の顔があり両側に首の無い鬼の体?が立っていた。


「いかにもって感じっスね……『管理人』ってのが何か迫力に欠けるけど、それでも不吉な予感が……」

「ハッタリよ、ハッタリ!」


バシバシと門扉を叩く美神さん……ホントにこの人は恐いもの知らずちゅーか……。


「無礼者ーッ!!」

「『「わっ!!」』」


飾りだと思った鬼の顔が……!?


「しゃ……しゃべった!?」


よく見ると……生きてるのか……こいつら!?


「我らはこの門を守護せし鬼、許可なき者我等をくぐることまかりならん! 

この『右の鬼門』! そしてこの『左の鬼門』ある限り、

お主らのような未熟者には決してこの門、開きはせん!!」












ーーー


「あら、お客様ですか?」

「あう」


妙な声を上げる右の鬼門。

扉を開けて2本の角がある女の人が出て来た……てゆうか扉……。


「……開いたっスね」

『……開きましたね』

「5秒と経たずに開いたわね」

「しょ……小竜姫さまああっ」


泣いている左の鬼門……まぁ大音声で言って直ぐだもんなぁ。


「不用意に扉を開かれては困ります! 我らにも役目と言うものが……!!」

「カタい事ばかり申すな! せっかくの来客……ちょうど私も退屈していた所ですし」


引き攣りながら右の鬼門が小竜姫と呼ばれた人に訴えるが軽く流されてしまう。


「あなた、名は何と言いますか? 紹介状はお持ちでしょうね」

「私は美神令子。唐巣先生の紹介だけど……」

「唐巣……? ああ、あの方。かなり筋の良い方でしたね。人間にしては上出来の部類です」


そう言って笑う小竜姫さん。


「俺、横島……」


素早く荷物を降ろし、手を握って自己紹介を――。


ばきっ


「小竜姫様に気安く触るな無礼者っ!!」


「あたっ……!!」


やるな……右の鬼門。門扉もんぴで背後から一撃とは。


「やはり規則通りこの者達を試すべきだと思います! この様なうつけ者ども、ただで通しては鬼門の名折れ!」


「……仕方ありませんね、早くしてくださいな」


必死になって叫ぶ鬼門に小竜姫さんが答える……試すって? 何を?


「その方達我等と手合わせ願おうかッ!! 勝たぬ限り中へは入れぬ!!」

「『「!!」』」


左右に立っていた首無しの体が……動き出した! こっちも飾りじゃなくて門番か!

驚く俺に美神さんの落ち着いた声が届く。


「こいつらを倒せば、中で修行させてもらえるのよね?」

「はい。頑張ってください」


にっこり笑って答える笑顔が眩しい……じゃなく。


「頑張るったって……こんなんと、どーやって!?」


喧嘩の腕っ節でどうこう出来るサイズの相手じゃない。


「ま、横島君は見てなさい。じゃ、一丁軽くいきますか!」


そう言って、美神さんは襲い掛かる鬼門をひらりとかわし……門扉にある2つの鬼門の顔、目の部分を特大のお札で隠した。

急に目隠しされた鬼門は……コケタ。


「――――8秒! 新記録ですね。やり方はかなり変則的ですけど」

「倒しただけじゃないわよ」

「え?」


小竜姫さんが目を向けると、いまだに倒れた鬼門がもがいている。

俺は見た……目隠しする前に美神さんが鬼門の眼に吹きかけたモノを。


「催涙スプレーっすか……」

「乙女の嗜みよ」

『なんか可哀相です……』

「…………………………」


催涙スプレーが乙女の嗜みかは兎も角……むごい。小竜姫さんも微妙な表情になってるし。


「こんなバカ鬼やアンタなんかじゃ話にならないわ! 管理人とやらに会わせてよ!」


そう小竜姫さんに美神さんが言うが――。


「ふ……」


バシュッ


小さく笑った小竜姫さんから物凄い霊圧が……!!


「『「!」』」


吹き飛ばされて右側の門扉に背中をぶつける俺達。

「あなたは霊能者なのに目や頭に頼りすぎですよ、美神さん。私がここの管理人、小竜姫です」

「な……!?」

絶句する美神さん。おキヌちゃんは目を回している。

俺は……流血してます。顔から門扉にぶつかったもので……いたひ。


ずりりりっ


扉にもたれたまま崩れ落ちながら俺は非常に不吉な予感を噛み締めていた。
















中篇です。小竜姫登場! ついでに鬼門登場(笑)

この辺りは余り変らないですね。

まぁ、小竜姫と横島の初めて?の出会いという事で……


夜:「後書きについては良しとしよう」

そ、そうですか……それは良かっ

夜:「で? 改訂作業は進んでいるのか?」

………………………ちょっとずつ?

夜:「何故疑問系なのだ?」

いや、書くのは簡単なんですが、納得いくものが出来なくて……

夜:「で、新作の方に手を出したと?」

あっちの方は久しぶりに進めてみたんですが、結構書けまして――

夜:「で、私の出番が遠ざかる……と?」

………真横で素振りしながら質問されると怖いんですけど

夜:「気にするな。私は気にしていないぞ」

無理です! てゆうか、一応、今のペースでいけば予定通りにいけそうですから……

夜:「では、きちんと改訂して、なおかつ私の出番が増えると!?」

そんな予定は無いですが? あっ、いまコメカミにバットが、かすった!?

夜:「………………」

無言で睨まないでください。ほ、ほらっ、予定は未定っていうじゃないですか!?

夜:「努力しろ」

はい……頑張ります(涙目)




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