朝の日差しの中、HRが始まる前の教室で、横島十夜は机の上に突っ伏していた。
ぐったり
そう表現するのがピッタリの横島にクラスの何人かが目を向ける。
「横島、えらくお疲れみたいだな」
「ま、まさか!? ついに!?」
「ば、馬鹿だな。そんなわけないだろ! そんな筈……」
数人が優華と蛍の方を窺うが、二人に変りは無いように見える。
「そんなワケないか」
多くのクラスメイト(主に男子)の自分に言い聞かせるような呟きがあちらこちらで聞こえてくる。
そんな爽やかな空気の中。
頬がこけ、半ば朦朧とした横島の様子に、3馬鹿雪之丞、タイガー、ピートが横島の机の周りに集まってきた。
「どうしたんですか? 横島さん。なんか日に日にやつれていませんか?」
「どうしたんですかいノー、また飯抜きカノー」
「眼に精気がないぞ、空腹ぐらい気合で……」
「……飯は食った。今ん所カロリーは足りてるよ……早弁用の弁当まで有る」
雪之丞の精神論(?)を遮って、横島が呟く様な声で答える。
「「「???」」」
不思議そうな顔のピート達の耳に、机に頭を乗せたまま顔だけ向けて横島が呟くのが聞こえる。
「確かに、散歩の約束は……した。確かにしたよ。
だから、朝早く起きて2時間散歩するのは良いとしよう。
日に日に距離が伸びるのも、まぁいいだろう。
でもな、だからって、
朝から2時間でフルマラソン(42.195km)しかも毎日は無いだろう?
だぅーとばかりに涙する横島に誰も声が掛けられなかった。
GS横島十夜
第三夜 その7 〜匣の中の少女〜 壱
ゴールデンウィークを利用した妙神山の修行。
その修行場から戻って来てから一月余り。
帰った直後は色々有った(例:優華&ルシオラ+シロ・タマモ・ベスパ・パピリオ・ひのめによる
シロタマ歓迎会と言う名の料理大会、もちろん味見厄役は横島)が、
3日も有ればいつも通りの生活に戻る筈だった。
確かに、いつも通りには戻った。シロの散歩という日課が増えた以外は。
「先生っ、約束どおり散歩! 散歩に行くでござるよっ!」
朝から元気なシロに眠い眼を擦りながら、軽い気持ちで散歩に出掛けたのが始まりだった。
「朝御飯は7時」との優華&ルシオラの言葉に従い、家を出るのが5時少し前。
7時前に家に帰って朝風呂してから朝飯。
ここまではいい、別に問題は無い。
問題が有るのは散歩の距離、走破する距離が日に日に伸びている事だ。
最初はゆっくりとしたペースで10kmだったのが、次第に増えていき……
今では42.195――今日は44kmぐらいかもしれんが――走破するようになった。
もちろん2時間弱で……だ。
脚には自信が有った(伊達に徒歩での長距離逃亡はしていません)俺だが……甘かった。
シロの……人狼の脚が、これ程とは。
少しずつ長距離散歩に慣れつつある俺よりも、シロの散歩への情熱?が、
俺のソレを上回っている為、カロリーを余分に摂取しても回復が間に合わん状態だ。
御陰で朝は出来るだけ身体を動かさない状態で回復に努めるのが俺の日課に成りつつある。
「まぁ、しゃーねぇか……」
俺は溜息混じりに呟く。
落ち込んで元気を無くしていたシロタマを元気付けようと俺から言い出したことだしな。
仕方が無いとはいえ、事前に聞いていた予定と違い、タマモとシロの中等部1年に編入が決まった。
当初、中等部3年の予定が1年に変更になったのは最終的には学力不足だった。
考えてみればタマモは目覚めたばかりだし、シロに至っては実年齢は……。
一般の編入テストを受けた時点ではギリギリ3年と判断されたのだが、
六道学園のテストで『テストに合格できても学業についていけない』と判断され、1年に変更になった。
喜んでいた分だけ落ち込みも激しかったので、何とかしようと声を掛けたのが始まりだった。
勿論シロは俺が暇そうと見れば、夕方にも散歩に誘ってくる……はっきり言って体が持たん。
普段はクールなタマモの方はシロほど積極的ではないが、
たまに買い物に誘ってくるので散歩から逃げ付き合っている。
タマモが俺に甘えたような態度を取るのは、俺をからかっているのだと判っているので、
ふだんは素っ気無くても驚きはしないが。
「それでも、この環境に慣れてきてる自分が恐い?」
自分の順応性に疑問のような感想を抱きつつ、今日の仕事の為に体力回復に努める。
今日は、美神(令子)さんというより美智恵さんからの仕事の手伝いを頼まれている。
妙神山の修行の時に美神さんが給料――時給255円だが――を支給すると決まったので、
美智恵さんも今回からは報酬をくれるらしい。
「今まで、無料だったのが低価格レンタルになったのね」
とソンナ事を言っていた美智恵さん。
低価格を強調する辺り、親娘だなぁと思う。
(まぁ、視るだけなら高性能な『見鬼くん』と変らないし)
そんな事を考えている間に午後の授業の終了を告げる鐘が鳴り、教室内が騒がしくなる。
優華とルシオラが動かない俺に付き合って(?)、隣でクラスの女子と雑談しているのが聞こえる。
帰宅するのかクラブ活動に行くのだろうか。クラスメイト達が思い思いの方向に流れていく。
人の流れをぼんやりと見ていると、教室の出入口に紅い髪が見えた。
「横島君いる? 今日は仕事よ。覚えてるでしょうね」
颯爽と……というより周りを気にせずに美神さんが教室に入ってくる。
周りの皆が美神さんに注目するが、本人は気にした様子もなく真っ直ぐ、こちらに向ってくる。
まだ残っていたクラスの野郎共が美神さんに目を奪われ、何か言っているのが聞こえる。
ま、何言ってるのか予想はつくが。
前に美神さんが教室に来た事(第二夜その1、第三夜その2参照)をクラスの連中(ほぼ男子)に聞かれ
『幼馴染?のGS手伝い』と答えた時に、美神さんの容姿を口々に褒めていたから今回もソンナ所だろう。
「ま、美人だしスタイルいいし……性格以外は難点は少ないからなぁ」
「兄さま……それは言わない方が……」
「ヨコシマ、口に出てるわよ」
優華とルシオラの声にボンヤリとしていた意識が急激に覚醒し……聞こえたか?
「今、何か言った? 仕事なんだけど、起きてる?」
覗き込むような美神さんの視線に、内心の冷や汗に続いて安堵の溜息を吐く。
「いや、大した事じゃないっスよ。それより仕事でしょ? 今回は……」
「せんせー! 来たでござるよ!」
仕事の詳細を聞こうとした俺の声を、シロの元気な声が遮る。
「ヨコシマ……来たよ」
その隣にはタマモの姿が見えた。
シロはいつものTシャツにカットジーンズ。タマモは薄い水色のワンピース姿。
今日は二人の学校見学及び説明会だった筈だ。
いくら自由な校風、オカルト学科有りの六道学園でも妖怪の学生は珍しい……と言うよりも初めての事。
学校側も色々と準備する事があったようだが、来週から晴れて編入が許されたそうだ。
因みに、ルシオラ&パピリオは(偽造)戸籍上、人間として扱われている為問題は無い。
パピリオも丁度同じ時期に編入出来そうなので、仲良く中等部オカルト学科の1年として六道学園に通う事になるだろう。
因みにシロは当然だが人の姿だ。
力不足で昼間は犬(狼でござる)の姿のシロだが、入学祝いと言う事で、美智恵さんから精霊石のペンダントを貰った。
おかげで日中でも人の姿のままで過ごす事が出来る。
本当なら俺が用意してやるべき所だが、下手な貴金属よりも値の張るような物が俺に買える訳は無い。
シロ共々、美智恵さんに礼を述べた俺だが、美智恵さんは微笑んで、
「横島君が今まで手伝ってくれた御陰で浮いた経費に比べれば微々たるものだから」
との答えに、
「もし、無償奉仕じゃなければ……」
なんて考えが一瞬浮かんだ。
もちろんチョッピリ涙が浮かんだのは秘密だ。
タマモは変化が得意な妖狐だけあって昼間も人の姿で居られるので問題は無いし。
タマモには入学祝として、美味しいと評判のきつねうどんを食べに連れて行かされた。
美味かった……けど高かった、噂に違わず。おかげで俺の所持金はゼロに限りなく近い。
そんなシロタマだが、今日の仕事について来たがったので美智恵さんに尋ねたら、
「人手は多い方が良いし、人狼と妖狐が手伝ってくれるなら断る理由は無いわ」
との答えだった。
もちろん優華とルシオラが付いて来る事は美智恵さんの予想通りだろう。
今回のバイトは出費が重なった俺には有り難い話ではあるし、
彼女にしても低予算で使える人が増えるのは歓迎すべき事だろうから。
「やっぱり、親娘だよなぁ」
それでも、つい口に出てしまう。
俺としてはバイトして稼ぐ事には異論は無いので別に構わないのだけれど、
ある意味しっかりした所は似ていると言わざるを得ない。
特に、自分を扱き使う手伝わせるところなどは……。
「考えてたら悲しくなってきたんで、とりあえず仕事内容聞いていいっすか?」
「……何を考えていたのか気になるんだけど……とりあえず、仕事内容はママから直接聞く事になってるわ」
美神さんの話だと現場で美智恵さんと待ち合わせて仕事に掛かるらしい。
「で、場所は何処っスか?」
「ココらしいんだけど……」
美神さんが取り出したメモの住所に目を通して、知っている店名に首を傾げる。
「厄珍堂? 仕事場が厄珍堂なんスか?」
呪的アイテム専門店厄珍堂。
呪的物品、除霊用具、骨董売買などオカルトアイテム全般を扱うオカルトショップだ。
店長の厄珍は小柄な似非中国人魔道の世界に広く通じ、色々なルートで超強力なアイテムを入手できるらしい。
俺も厄珍とは面識がある。
その厄珍堂が『依頼』では無く『仕事場』とは……少なくとも簡単な仕事ではない様な気がする。
「なーんか嫌な予感をひしひしと感じるんすけど」
「私もママの依頼じゃなかったら受けてないわよ」
俺の言葉に美神さんがボソリと答える。
「今日は仕事を止めるのでござるか? では、拙者と散歩に……」
俺達の様子を見てシロが嬉しそうに提案を、
「GS関係の仕事には危険が付き物さ、うん。頑張るか」
言う前に俺は釘を刺す。仕事の危険は不確定だが、散歩の結果は確定事項だ。
シロには悪いが今日は勘弁して欲しい。
「くぅーん。残念でござる……」
残念そうなシロの頭を撫ぜて納得してもらうと俺達は厄珍堂に向った。
――某所、厄珍堂前――
「おお、来たアルな」
「久しぶり、相変わらずみたいだな」
店に入ると、黒いサングラスがトレードマークの小柄な男、喋り方や語尾が怪しい店の店長、厄珍が俺達を出迎えた。
「ママは?」
「ここよ。早かったのね」
美神さんの声に奥から美智恵さんが出てくる。待つ間に買い物でもしていたらしい。
小さな店内には意外なほど多くの品が所狭しと並べられているから見ているだけでも十分暇が潰せるだろう。
「で、仕事ってココでするの? 特に変った様子はないんだけど」
「ここに来てもらったのは仕事場がここからしか行けない為です。
奥に転移用の魔法陣が用意されていますから、順次移動してください」
美神さんの質問に美智恵さんが簡潔に説明を行い、皆を奥の部屋に向わせる。
奥の部屋、六畳ほどの床いっぱいに魔法陣が描かれている。
美智恵さんの言葉通り魔法陣は既に起動しているらしく淡い光を放ち使用者が来るのを待っていた。
美智恵さんの指示に、美神さんが魔法陣の中に入ると美神さんの姿が消える。転移したのだろう。
美神さんに続いて、おキヌちゃん、シロ、タマモと続いて魔法陣の中に入っていく。
俺も除霊用の荷物を抱えて魔法陣の中に入ろうとした時、美智恵さんが声を掛けてきた。
「あ、横島君」
「え、なんスか?」
「ちょっとこっちに来て」
「?」
手招きして美智恵さんが俺たちを呼ぶ。
俺たちだけに用が有るような美智恵さんの様子に俺は顔に疑問符を浮かべた。
「優華ちゃんやルシオラさんも一緒に来て貰っても良いわ」
訝しげな俺達の反応に美智恵さんは優華達にも付いて来るように声を掛けると、
部屋から出て厄珍堂の2階に続く階段に向う。
俺達が不思議に思いながら後に続くと、厄珍が屋根裏に続く階段を降ろしているところだった。
「吊り階段ですか?」
「まぁ、厄珍堂の隠し部屋みたいなものだからね」
「隠し部屋……怪しい」
「今更な気もするけど」
俺の質問に美智恵さんが答え、優華が呟き、ルシオラが感想を呟く。
ま、厄珍堂だし確かに今更だけどココに何が?
「横島君達には先に教えておくけれど、今回の仕事場は特殊な呪的物品倉庫なの」
「呪的物品倉庫?」
「強力なアイテムの保管や、封印するしかなかったモノの保管場所の事よ」
美智恵さんの言葉に俺は首を傾げて尋ねてみた。
「それが何で厄珍堂の屋根裏部屋に関係あるんスか?」
「いやー実は正式な入口がここにあるのよねー」
軽く返された言葉に階段を上がりかけた足が、一瞬滑りそうになるが辛うじてこらえた。
「じゃあ、何で魔法陣なんて使って……?」
「言ったでしょ呪的物品倉庫だって。あそこには危険物も有るけれど強力な、
強力すぎて使い手が限定される物も有るの。そんな場所が令子に知られたら……」
「納得しました」
力強く即答した俺に美智恵さんが頷いていた。
「さすがは母親……」
「常識をわきまえている部分と娘を理解している部分が特にね」
優華とルシオラのコメントに俺も無言で同意していた。
三箇日明けたので投稿開始です(特に意味無し
今回は序章なのでこんな感じっス。
一応、注釈が要るのが一本あるんですが……15禁ぐらいかな……?
初試み?になるので、そん時は生温かい目で見てやってくださいな。
あ、それと、少し早いんですが第四夜以降で出すキャラについて。
1:天竜…………a.童子(原作どおり)
b.童女(夜華では当然?)
2:ケイ…………c.息子(原作では息子と……)
d.娘 (夜華ではこっちがデフォ?)
と……こんなもんすかね。一応アンケートっす。レスの時に答えてくれれば嬉しいです。
アンケートの答えだけでも良いですよ。
締めは……私が第四夜書き始めるまでですね……てゆうか、多分第三夜終了一歩手前までですね。
たしか正月明けに投稿してんですよね……コレ
注釈つきの作品は……コメントしません。えぇしませんとも!
キャラアンケートは、これからの展開にちょっと迷った時期に出したものですね
数名の方にアンケートを頂きました。第四夜の参考にさせていただきました
さて、投稿したストックも本編では第三夜まで……これが尽きるまで新作が上げられるか?
年内には目処をつけたいとは思うのですが……なんか忙しくなりそうだし
年明けから更に……
と、弱気な発言&愚痴っぽい後書きでも平和なこの頃
後のことを考えると、予想天気図は血の雨っぽいですが
頑張りますので応援と感想をよろしくおねがいします
いや、マジで