「ここアル」


先に屋根裏部屋にいた厄珍が俺達に奥の壁を指し示す。

壁――正確には壁一面に近い形で存在する両開きの『門』が在った。


「前に横島君が『上の方に何か有る』て言ってたでしょ。

それで気になって調べてみたら特異点である『門』が見付かったって訳」

「……そんな事有りましたっけ?」


美智恵さんの言葉に、ふと首をかしげて考えてみる。

そういや昔、厄珍堂に来た時に何か違和感みたいなものを感じた事が有ったような無かったような。


「坊主に言われるまでワタシ気づかなかったね。その御陰でワタシ、一応ここの門番みたいな仕事もやってるね」


何と無く嬉しそうに言う厄珍を俺はじっと見る。


「替わりに呪的アイテムを分けて貰ってるね。お礼に今度、格安で……」

「また、今度な」


何も聞かないのに門番の仕事の報酬を語りだし、俺への礼を提示する厄珍に適当に答える。

格安と言われても、俺には特に関係無いしな。


「今度…………が入ったら連絡するアル」

「うむ! それなら良し」


「兄さま?」

「横島?」

「じゃあ、行きましょうか! 美神さんを待たせる訳には行かないっス」


厄珍との密約を優華達に聞き出される前に俺は美智恵さんに声をかける。


「じゃあ、開けるわよ」


厄珍から受け取った鍵を使い美智恵さんが門を開いた。

そこは――




GS横島

 第三夜  その8 〜匣の中の少女〜 弐 




 

たとえるならアパートの入口。

玄関脇に管理人室が有り、奥に続く通路が見える。

管理人室の小窓には『不在』の札が掛けてあり一昔前の木造集合住宅を思わせた。


「……てココっスか?」


なんか予想外というか……厄珍堂の屋根裏部屋では無い事は広さから判るんだが倉庫には見えない。


「そうよ。顔は見たこと無いけど少し前まで『管理人』と呼ばれる存在が居て、ココを管理してたんだけど……」


美智恵さんによると数ヶ月前、ココで何か異変が有ったらしく管理人が居なくなったらしい。

今回の仕事は、この中がどうなっているかの調査と管理人の所在の確認。

もしくは倉庫が正常に使用出来るかどうかの確認という事。


「……使用?」


優華が尋ねると美智恵さんは振り向いて答える。


「そう、管理人が居ないと迂闊に中のモノを取り出せないし持ち込めないの。

オカGもココは霊的封印物の倉庫にしてたから……」


説明を聞きながら廊下の奥まで歩いてゆく。

しばらく歩くと俺達は、つきあたりの扉の前に辿り付く。


「ここよ。ここが倉庫の入口になるわ。因みにここに来るまでは霊的セキュリティが有ったんだけど

横島君達は登録してあるから大丈夫よ。もし誰かを連れてくる時は厄珍か私に連絡してくれればいいわ」


美智恵さんが奥の扉を指して説明してくれる。

その言葉に俺は少し考えて答える。


「……たぶん、大丈夫ですよ。使わないと思いますし」


一瞬、美神さんの顔が脳裏に浮かんだが、あえて打ち消す。


「そう言うと思ったわ」


美智恵さんが微笑む。

一応機密なんだろうが、バイトの立場の俺たちがソコまで深く関わる事なんて無いだろうと言う事だろう。

優華は使うかも知れないがルシオラは興味なさそうだしな。

美智恵さんにとっては娘に比べれば安全牌と言う事だろう。

つきあたりの部屋の扉――重厚な、という言葉からは程遠い安っぽい木の扉を開けて、

中に入った俺達の前に現れたのは――広大な空間。

それが最初に抱いた感想だった。

白い大理石の床には膨大な数の棚が並べられ、視界の届く範囲まで連なっている。

壁は見えない。

見える範囲は棚の列。

天井は……白く煙っているのか良く判らない。

霊気混じりの霧のようなモノが微かに漂う広大な場所。

棚と棚との間、棚に置けないような大きさの物品と棚の間、もしくは物品と物品の間が道であり、

倉庫と一言で表すには足りないくらいの広大な場所だった。


「……凄いっスね」


あまりの広さに俺は呆然と呟き。


「……凄い……」


優華は置かれている物品に感心し。


「……凄いわね」


ルシオラは置かれた物品の多さに呆れたような声を出した。


「私が知る限りでもココ程の規模の倉庫は見た事が無いわ。以前は旧日本軍の一部が使ってたらしいんだけど、

戦争なんかで忘れられたか関係者が居なくなったかで使われてなかったみたいなの」

「で、美智恵さん達が使っていると」


美智恵さんの説明に俺が尋ねると美智恵さんは、にっこり笑って答える。

「勿論、書類上の手続きは済ませてあるから、合法的に使っていると言えるけどね」


世間一般に知られていない合法的使用……そんな言葉が俺の心に浮かんだが忘れる事にした。


「で、先に入った美神さん達は何処にいるんスか?」

「直ぐソコに居る筈なんだけど。一応、入ったら周りの物に触れないように言っては有るけど……」


ちゅどーん


少し離れた場所で爆音が響いた。


「ね、居たわ♪」

「居たっスね……って、何が!?」


その爆音に嬉しそうに美智恵さんが振り向くが、俺としては何が起こったのか聞きたい。


「多分セキュリティに掛かったんじゃないかしら。大丈夫よ。あの辺りの物品とセキュリティランクは低めの筈だから」


俺の声に美智恵さんが予想通りとばかりに答える。

ま、美神さんの行動は美智恵さんには予想通りなんだろうな。

すたすたと前を歩く美智恵さんの後姿を見ながら、俺達も後に続いて棚の谷を歩き出した。






「もー何なのよっ!」

『大丈夫ですか? 美神さん』

「尻尾の先が焦げたでござるよぉ」

「服、ちょっと汚れちゃった」


皆の声が聞こえて俺はホッとする。どうやら無事(?)みたいだな。


「だから言ったでしょ。私が行くまで迂闊に周りの物に触れないように……って」

「ママ……。だって待ってるだけなんて退屈だったし、特に何も仕掛けが無いように見えたし

少しぐらいならって思ったのよ」


美智恵さんの呆れたような声に美神さんは言い訳のように反論する。


「普通、見て気付かれるようならセキュリティとしては簡単な方よ。それを判らない筈無いでしょう。

大方、目の前にブラ提げられた餌に我慢できなくなってって所でしょうね」

「……そういうママこそ、いつ来たの?」


さすがに自分の分が悪いのを知って美神さんが話題を変える。


「さっきよ。あなたがうろうろしている間にね。横島君に手伝ってもらう事が有ってね」


さらっと当然のように答える美智恵さんに俺は内心冷や汗を掻く。

嘘が苦手な俺が美神さんの相手に成るはずがない。


「……横島?」

「簡単な説明と荷物の運搬を……ね。それとも令子が運んでくれた?」


訝しげに俺を見る美神さんに俺が答える前に美智恵さんが答える。


「……そう。それならいいんだけど……」


まだ納得していないような口ぶりながらも、『荷物持ち』という言葉に引き下がる美神さん。

そんなに『荷物持ち』が嫌なんスか……じゃあ『荷物持ち』な俺の立場は一体……。

考えると悲しくなる思考を無理矢理止めると、俺は美智恵さんの説明に耳を傾けた。


「……と言う事で、現在この倉庫、通称『はこ』と呼ばれている場所の調査及び、

何らかの霊的障害の排除を考慮に入れて行動して欲しいの」

「匣? あれの事?」


美神さんの指差す先、少し離れたところに一辺3メートル四方の黒い立方体が置かれていた。


「確かにアレも『匣』と呼べなくはないけど、調査範囲、つまりココの事です」

「うっそーっ! だって、こんなに広い……」

「GSならば受けた仕事は完遂するものよ。一流と呼ばれるならば特に……そうでしょう令子」


美神さんの叫びにも似た言葉は美智恵さんの正論と言う名の理屈に封じられた。

珍しくがっくりと肩を落す美神さんを見ながら俺は向うの『匣』をみる。

美智恵さんがいうには材質不明、一辺3m33cm3.33〜mm。

見た目は黒曜石にも似た材質だが違うものらしい。

そんな怪しげな匣をどうやって調べる気だったのかは兎も角、この広大な空間を調査する事を考えれば

美神さんがこっちの『匣』にしたかったのも判らなくも無い。


「だから言ったでしょ、今日は帰れない、朝帰りになるって」

「こんなことなら手伝うって言うんじゃなかった」

「早く終わっても朝帰りだったかも……」

「ママ……いま何て……?」


俺の目に向うで言い合っている美神親子が映る……仲良しだな。


「じゃあ調査開始よ」

「ちょ……ママ!」


美智恵さんの声に美神さんが慌てたような声を出す。

が、美智恵さんは構わず最初の段取り通りに自分の調査範囲に向って歩き出していた。

そんな母親の後姿を見ていた美神さんだが、直ぐに気持ちを切り換えて俺達に振り返った。

号令を出した顔は既に仕事の時の顔だった。


「行くわよっ」

『「「「「「はい(うん)(でござる)」」」」」』


返答が揃わなかったのがチト残念か。






もちろん、号令が立派でも返答が揃わなくても見付からない時は見付からないのが世の常で……3時間経過。

時刻は午後7時半を回り一旦休憩を取り持参した弁当で夕食を済ました俺達だが、

広大な調査範囲を前に、空腹は満たせてもヤル前から気力が削がれそうになる。


「まぁ、今日一日で判るとは思っていなかったし、明日は日曜だから大丈夫よね」

「ママ、まさか徹夜でやらせる気じゃ……」

「そんな事は言わないわ。でも仕事は『調査が終わるまで』でしょう?

少ないギャラで長期間、働く事になるけど令子は良いの?」

「皆、死に物狂いでやるわよ。当然徹夜も覚悟してね!

特に横島、アンタ男なんだから頑張ってよね」

「男だからって調査能力とは関係無いと思うんっスけど」


急にヤル気になった美神さんに呆れたような声で答える。


「あ、じゃあ『』てもいいなら、「却下」ですよね……」


俺の素晴らしい提案は美神さんの即答で却下された。

ま、ここで広範囲を視ようとしたら、かなり良く視ないとならないだろうしな。

俺は向うが霞んで見える景色を見ながら思う。

うっすらとした霞のような霊気が漂う空間は霊視・感知能力を阻害する働きがあるようだ。

でなければ一流と呼ばれる霊能力者である美神親子や、人狼のシロ、妖狐のタマモが何か掴んで居る筈だ。

今の俺なら、第2眼まで開放すれば視えるかも知れないが……視たら殺されそうだしな。

そんな事を考えながら再び調査に戻ろうとした俺の心に何かが引っかかった。

遅れて優華とルシオラ、美神親子にシロタマが続く。

おキヌちゃんも俺達の様子に気付いて動きを止めた。


「……何だ?」

「何か……いる」

「敵意は感じるけど……」


俺の感じている違和感を優華とルシオラが言葉にする。


「令子、彼女達を……」

「判ってる。シロにタマモ、こっちに来なさい。横島君、優華、ルシオラ、おキヌちゃんも……体勢を整えるわよ」


流石に美神親子は冷静だ。

俺達から一番離れているシロとタマモを呼び寄せ、体勢を整え不意打ちに備えようと指示をしている。

おキヌちゃんも不安そうな面持ちだが美神さんの側に居た御陰で直ぐに落ち着いたようだ。

問題は――


「霊気が充満してて……気配が捉えられない」

「敵意は感じるのに……居場所が判らんでござる」


俺達から一番離れていた2人だが急に現れた敵意ある気配に途惑っているようだ。

なまじ人狼、妖狐としての感覚の鋭さが裏目に出て混乱を招いているのだろう。

経験不足も手伝って行動が決められない。

躊躇いは死を招く。判っているが行動できない。

今の二人がそんな状態だ。非常に拙い。このままでは――。


「!!」


気が付いた時には蒼眼を開いていた。

気が付いた時には身体が動いていた。

優華とルシオラは俺の少し前に居る……通り過ぎざまに軽く押す。

さっきまで俺達が居た場所に何かが通り過ぎた。

黒い触手……脚か。

驚いた顔の優華とルシオラの表情を蒼く替わった眼で視ながら俺はシロとタマモに意識を向ける。

ソイツが狙っているのは……シロか……タマモか!

少しずつ此方に近づいていたシロタマ達だが、急激に背後に膨れ上がった殺気にタマモが気付いて硬直し、

シロが気付く前に上からシロの頭を貫こうと槍のような脚が迫る。


「させるかー!!」


食い縛った歯の間から俺は叫ぶと、シロの腰の辺りを腕に抱え前進の勢いを殺さずそのまま回転、

背後にシロを放り投げる。

シロが優華達の方に飛んでいる間にタマモに手を伸ばす。

奴の狙いは……タマモか!

硬直して動けなかった分、タマモが相手の攻撃を避ける事は出来ない。

ソレを判っているかのように確実にタマモを狙って繰り出される槍のような脚の一本が

タマモを貫こうと斜め上から迫る。


「間に合えー!!」


タマモの肩を掴み引寄せながら身体ごとタマモの身体を抱え込むようにして前方に駆け抜ける。

槍のような脚が俺の背後を通り抜ける……いや、相手の脚の下を潜り抜け、横っ飛びに間合いを開ける。

顔を上げた視界に視えたのは蜘蛛、巨大な蜘蛛の形をした……あやかし

僅か数秒の俺の行動に妖蜘蛛は狙っていた獲物を奪われた。

だが――。


ドンッ


タマモを突き飛ばす。

驚いたような、きょとんとした表情のタマモ。

左手を自分の顔の前に翳す。

無駄だと思いながらも諦めたくないから。

正面、俺の左目を狙うように蜘蛛が槍のような脚を俺に向け突き出したのを

左手を貫通し、左の眼球を貫通し、眼窩の奥まで貫通した妖蜘蛛の脚を

俺の眼は捉えていた。






「ヨコシマー!!」


妖蜘蛛の脚に貫かれ後方に飛ばされながら、誰かが俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
















ココで切ると続きが気になるでしょう(にやり)

やっと第3夜の本題に入った感じです。

ココまでが長かった……年越す前に第三夜終了のつもりが……

そして次回は注釈付(15禁、温め)でお送りします(決定)


確か去年の今ぐらいに投稿した作品だったんですよね……コレ。

編集しつつ思い出していました。

第三夜も、やっとココまで来ました。

さて次回は、いよいよ……

……いよいよ帰ってくるんですね。

短い平安でした(涙


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