『えーと……緊急……緊急……』


おキヌちゃんが奥から、たくさんの本や巻物を取り出してくる。

その多量の書物を優華やルシオラ、シロタマ、美神さん達が分担して調べている。


「おっ、夜も読めるのか?」


ミミズがのたくったような字(草書体)は俺には理解出来ん。

ココに居るメンバーの内、俺だけが読めないが普通の高校生は読めなくても当然の筈。

でもチョッピリ疎外感を感じつつ、夜も読めるようなので感心してたずねてみる。

そんな俺の言葉に読んでいた本から顔を上げ、夜は当たり前のように、でもどこか嬉しそうに答える。


「この程度はな……伊達に長く存在していた訳ではない。知識だけなら主殿あるじどのよりも多いぞ」

「「「「「「「あるじどの?」」」」」」」


さっきまで本を調べていた皆が、いっせいにコチラを振り向く。

皆の反応に、俺は反射的に硬直する。が、夜は読んでいた本を置くと立ち上がり姿勢を正した。


「自己紹介が遅れたな。改めて、私の名は夜。我が主、横島十夜に名付けられ契約を結びし者。以後よしなに」


ぺこり――と夜が丁寧に御辞儀して挨拶する。

丁寧すぎる挨拶が良く似合って可愛い……じゃなくて中身も見た目10歳美少女同様、これぐらい可愛かったらなぁ。

そんな事を考えていると夜と目が合う。

気が付いた時には夜の余計な一言が。


「ちなみに主殿との関係は……」


にやり


「そこで、意味有りげに笑わない! 変な所で言葉を切るな! 『にやり』禁止!」


俺は慌てて注意するが……駄目かなやっぱり……てゆうか手遅れ?


「「「「「「「どういう事(ですか)(でござるか)(です)(なの)!? 横島(兄さま)(君)」」」」」」」


君達の言いたい事は良く判るよ。

でもね、言っても聞いてくれないでしょ君達……。

そんな事を内心呟きながら、話を逸らす努力をしてみる。


「い……今はそんなこと言ってる場合じゃないっスよ。早くしないと……」

「そうね……しっかりと聞かせて貰うわね」


執行猶予? 期限数時間? 黙秘権無し?

美神さんの声に含まれる響きを聞いた俺の頭の中を、そんな言葉が泳いでいた。




GS横島

 第三夜  その11 〜匣の中の少女〜 終 




「有ったわ。これね……」


美智恵さんが広げていた書物を注視する。

俺達が見守る中、美智恵さんがゆっくりと説明を始める。


「ココに書かれている事を要約すると、おキヌちゃんが管理人としてこの場所に括られていたみたいね。

つまり呪式の核として、封じられる事によって管理人としてココに呪的に縛られていたんだけど、

こちらの本に書かれている『緊急〜』の説明では、管理人を保護及び退避させる為、

呪式の核から現管理人を切り離し、管理人室を待機モードに、そして核たる霊体と『媒体』

――多分《依り代》だと思うんだけど――を『匣』の外の安全圏まで脱出させる……とあるの」

「えーと……つまり?」


尋ねる俺の言葉に美智恵さんが肩をすくめてみせた。


「つまり、今のままではおキヌちゃんは元管理人……つまり権限的には管理人室以外は行動可能、

および次の管理人の推挙が出来るだけ。おキヌちゃんが管理人として呪式に組み込まれていた筈の

『媒体』があれば管理人として復帰できるんだけど……」

「媒体って??」


ルシオラの言葉に美智恵さんが側にある1冊の巻物を広げる。


「それがね……これに書かれている筈なんだけど……」

「ボロボロっスね」

「虫が喰ってる……穴だらけ」

「古いものでござるな」

「年号が……」


殆ど判別できないぐらいに朽ちた巻物を前に俺、優華、シロ、タマモが感想を述べる。


「記録が正しければ、おキヌちゃんが管理人になってから300年は経ってるからね。

誰が作ったんだか知らないけれど、かなりの力の持ち主である事は確かね。

用意された本は後から書かれたものみたいだし……噂じゃ神や魔が関わってるとか」

「要するに、『元管理人おキヌ』ではあまり役に立たんと言う事だな」


夜が皆が言わないようにしていたセリフをさらっと吐く。


『私……役立たずですか……?』

「うむ! 今のままではな」


おキヌちゃんの言葉に、夜がこれ以上ないほど断言する


「おいっ!!」


俺の突っ込みをひらりと躱す夜。やるな……じゃなくて、も少し言葉を選べよ。

落ち込むおキヌちゃん……周りの人魂も心なし暗い。


「おキヌちゃん……」

「私は『今のままでは』……と言ったんだが?」


俺がおキヌちゃんに何か言おうと口を開きかける……のを夜の言葉が遮る。


『?』


夜の言葉におキヌちゃんが不思議そうな顔で夜をみる。

そんなおキヌちゃんに夜はゆっくりと確認するように尋ねる。


「管理人としては役に立たんが、新たな管理人は推挙できるのだろう?」

『あっ……』

「なるほど……」

「そう言う事ね」


おキヌちゃんが気付いたように声を上げ、美神さんと美智恵さんが納得したように頷く。


「???」


良く判っていない俺に夜がこちらに向き直り告げる。


「つまり、新たな管理人を選べばよいと言う事だ。そうすれば何の問題もなくなる。

そして、この場でその霊的条件を満たせるのは私しか居ないだろう。つまり……私が主役だ」


あっ、なんかスポットライトが夜の上から……てな雰囲気が辺りに漂った。


「ちょ……ちょっと、待ってよ。私は正直アンタを信用してないんだけど」


美神さんが夜を睨む。

まぁ、俺も夜との会話……がなければ警戒ぐらいしただろうしな。


そんな美神さんを夜は正面から見据えて理解しているとばかりに頷く。


「うむ、プロのGSならそれぐらいの警戒心は良しとしよう。

もし他に現状を解決する方法が他にあるのなら教えてもらおう。

だが長考する時間はないぞ。先程から振動の音が大きくなって来ておる。

……近づいてきたのではないか?」


美神さんに告げながら夜は美智恵さんに視線を向ける。


「それに、私は呪的システムを多少変更するつもりだ。

今のセキュリティは妖蜘蛛に解析されているのでな。しかし幾つかの変更の為にはサポートが必要だ。

今の私には力が足りんからだ。呪的システムに干渉する技術があっても使える霊力、エネルギーが不足しておるのだ。

もちろん私も多少無理する事になるから危険はある。

私が信用できず協力出来ないと言うのであれば、あのあやかしと戦えばよかろう。

ただし匣の中は崩壊するやもしれんがな」


夜の言葉に沈黙した美神さんに代わって美智恵さんが夜に尋ねる。


「……一つ聞いて良いかしら」

「うむ。主殿との恥かしい密約以外ならな」

「嘘を吐くな!!」

「冗談だ」


素早くツッコミを入れた俺を夜はサラリと一言で受け流す。

何故よけいな一言を挟むのか……ガックリと膝をつく俺。さっきから涙が止まりませんよ。

美智恵は気にせずに夜に問いかける。


「……どうして手伝ってくれるの? アナタがどの程度の力の持ち主かは正直判らないわ。

でも危険は有るのでしょう? 横島君と主従関係で横島君が命じたのなら兎も角、

アナタが進んで危険を冒す理由が判らないんだけど?」


美智恵の問いに夜は小さな胸を張って答えた。


「簡単な事だ。私が主殿の前で良い格好をしたいからだ。

つまりこの活躍で私の急上昇、主殿の私への好感度UP

おまけにココに居る者達に貸しを作る事になる。

更に、ココの管理人となれば職に就く事になり収入を得る事が出来るので、

いざとなれば主殿を私のひもに……もとい、主殿に経済的負担を掛けずに済む。

なにより私が主役の舞台だ。得るモノが多いのだ、多少の危険は当然であろう?」


夜の正直と言えば良いのか――そんな返答に暫く固まっていた美智恵だったが、やがてクスリと笑う。


「貴女が何者でどういう存在か……気にならないと言えば嘘になるけど、今の言葉を私は信じるわ。

少なくとも貴女が横島君に好意を持っていることは確かみたいだから」

「うむ、行為に及ぶ事については覚悟完了済みだからな。いつでもいいぞ、主殿」

「俺に振るな……頼むから」


徐々に強まる振動と妖蜘蛛の声と思しき唸り声が聞えてくる室内。

そんな室内で、それ以上の無音の圧力が俺に圧し掛かっていた。

夜の一言で圧力が増すのを感じている俺としては傍観者でいたい気分なんだけど……無理ですか?


「では、美神親子に優華とルシオラ、手伝ってもらえるかな?」


優華とルシオラは少しだけ考えて了解する。


「……そうね。一番被害が少ない方法だし……良いわ」

「妖蜘蛛退治で『匣』の中の品物が壊れたら拙いものね……ま、いいか」


二人の実力なら倒すだけなら簡単なはずだが周りの被害を考えると、この方法が一番だろう。


「私はさっき言った通り信用するし、言った限り全力でサポートするわ」


美智恵さんは言葉通り夜に対する視線にも信頼が見て取れる。

この辺りの切り換えは美智恵さんらしい所だろう。


「拙者も異論は無いでござる」

「私も反対する理由が無いし」


シロタマは夜に対しては特に警戒はしていないようだ。

野生の勘か? 少なくとも敵では無いと判断したみたいだ。


「……私は……」

「美神は嫌か?」


一人、返答を濁す美神さんに夜が尋ねる。

その問いに美神さんは顔を上げ夜を正面から見据えた。


「私は…………



















以外が主役なのが気に入らないのよっ!!


すってーん


美神親子と夜以外の皆がコケタ。

美智恵さんは辛うじてよろめいただけだった。


「美神さん……アンタってヒトは……」

「だって……だって……」


俺の呆れ声に何とか反論しようとする美神さん。

そんな美神さんに美智恵さんが溜め息混じりに一言告げる。


「今から『匣』の中で発生した被害、令子が補填してくれる?」

「直ぐに始めるわよ!! 私はいつでも良いからね」

「「「「「「「……………………………………」」」」」」」


あまりの変り身の早さに俺達は沈黙で答えるしかなかった。




「では、行くぞ」


管理人室の扉の前。

夜の掛け声と共に、夜の足元から黒い影が伸び、床に瞬時に魔法陣が形成される。

ひと目で魔法陣っぽい模様やら文字やらが描かれた図形には、円が6つ描かれていた。

中央の夜が立つ位置に一つ、そこから扉の前を頂点の一つとして五芒星の頂点の位置に五つ。

人が立てる程の大きさの円が幾何学模様に囲まれて描かれていた。

事前の打ち合わせでシロタマ、俺は何か緊急の異変に対する警戒……つまり待機だ。


「美神達は、正面の円以外に立ってくれ。後はこちらで調整を行うのでな。

合図したら霊力を私に集中、私が制御してシステムの書き換えを行い、私を管理人として登録する」


夜は、そう告げておキヌちゃんに振り返る。


『……? 私ですか?』

「うむ、おキヌには手伝って貰わねばならん。元管理人としてな」

『元管理人……』


夜の言葉を呟くように繰り返し、納得したように頷くおキヌちゃん。


「通常の方法だと私の力でもシステムに介入するだけで一苦労だが、

元管理人の推挙という形でアクセスできれば、そこからシステムに侵入して改変するのは難しくはない」

「普通は難しいどころのレベルじゃないんだけどね」


美智恵の呟きに夜はニヤリと笑う。


「私の舞台だと言ったであろう。主役は一番難しい課題をこなしてこその主役なのだ」


夜の言葉は自身の誇りを賭けての言葉だった。その宣言が夜のやる気を現していた。


「だからと言って手を抜くと、その者に負担が掛かるやもしれんから気をつけてな」


そして美神さんに声を掛けるの釘を刺す事も忘れない。

しかし俺から美神さん達の事を知ったとはいえ、美神さんの性格を良く掴んだ言動は感心するしかない。

もちろん、代わりに美神さんからの睨むような視線が俺に来なければモット良いんだが。




夜の指示で皆が配置につく。

正面におキヌちゃん、右斜め前に美神さん、左斜め前にルシオラが立ち。

右後方に美智恵さん、左後方に優華を従えて、夜が魔方陣に立つ。


「では……始めるぞ」


中央の夜の声を合図に魔法陣が輝きだす。

4人の霊力が中央の夜の元に集められ集約されていく。

夜の身体が月の光を放つように輝きだす。

眩しくはないが明るい光。

風も無いのに夜の髪がふわりと舞う。

ふと気がつくと夜の表情が苦しそうだ。

……そう言えば。


「夜、大丈夫か? 危険があるって……」


心配する俺の声に、それでも夜は微笑んで答える。


「心配は嬉しい……が、私を心配するなら私の舞台が成功する事を祈ってくれ。

なんなら成功の報酬を考えてくれても良いぞ」

「成功の報酬?」


夜の言葉に尋ねる俺。金なら無いぞ?


「……うむ……セイコウの報酬だ……」

「……微妙にさっきと違う発音が気になるが……とにかく頑張れ。無理はするなよ」

「無理するなとは……主殿には言われたく……ない……せり……ふだな」


不意に夜の身体が揺れるが……倒れず、おキヌを見つめる。


「……おキヌ……わたしを……あらたな……かんりにんとして……みとめるか」


既に霊気の光の中でぼんやりとしか見えない夜からおキヌちゃんへの問い掛けが響き――


「元管理人キヌは、夜さんを新たな管理人として認めます」


夜の視線を受け止めたおキヌちゃんの声が応える。

そして宣言は為された。言霊による契約の更新だ。

次の瞬間、瞬時に集められた霊力の束が集約し管理人室の扉に吸い込まれていく。


「く……力が……」


美神さんの声に気がつくと、皆――美神親子、優華、ルシオラが座り込んでいた。


「……急激に力を消費したからね……ちょっと力が抜けただけよ。直ぐに回復するわ。それよりも……」


美智恵さんの言葉に気付いて、夜をみる。

まだ淡く、青白い燐光に包まれているような姿の夜。

魔法陣の中央に立つ後姿が、ゆっくりと振り向いた。


「終わったぞ……これで……すべて完了だ」


夜は満足げに微笑んで……倒れ掛かる身体を俺は支えてやる。

軽い体重が俺の腕にかかり、俺は夜の顔を見る。


「大丈夫か?」

「主役は……無理をせねばならぬ時があるのだ。気にせずとも良い。

だが流石に無理が過ぎた。少し休まねばならん……暫し主殿の影で休むので後はよろしく頼む」

「影で休むって……まぁ宜しく頼まれるのは良いが……後って?」


ゆっくりと文字通り俺の『影』の中に沈みこみながら、夜はニヤリと笑う。


「私の事を皆に説明するのであろう? よしなに頼むぞ、我が愛しき主殿」


そう言って……消えやがった。


「ちょっとまてや、おいっ!! 説明だけしてから逝け行け!! なぁ、おいっ!!」


足元の影をばしばし叩いてみるが反応なし……俺、孤立無援? いや、さっきの騒ぎで皆忘れてるかも……。


「横島君、後で夜ちゃんの事、教えてね?」


美智恵さんの一言に俺以外の皆が頷いて……俺はうなだれた……。




ちなみに、妖蜘蛛は夜が管理人になった瞬間に瞬殺されたらしい。

夜が無理をして再構築したセキュリティは、かなりのものだと言う事だ。

そして……あの後、意識を失った美神さんをこっそり正門――厄珍堂の屋根裏――から出した。

さらに、おキヌちゃんやシロタマには美智恵さんが美神さんに教えないように釘刺してた。

だから美神さんだけがココが本当は何処に在るのか知らない。

まぁ、おキヌちゃんの話では、


「良く知らないんですけど……危険で威力の高い武器なんかが有るらしいです」


との事だった。

美神さんには知られないようにしよう……出来れば永遠に。

だって、に使われたら死ぬかもだし……。

後、夜については本人を前にして改めて紹介するという事で執行猶予(?)にしてもらった。

やましい事はない筈だが……身の危険を感じるのは何故でせうか?

ま、こうして俺の長く感じた一日は――日付け変わってました。つまり朝帰りです――終わった。











第三夜終了でございます。

思えば、おキヌちゃんが主役の筈だったこの話……何処を間違ったのか『夜』出現。

いえ、小竜姫を出すタイミングを考えたら第三夜に入れなきゃ……て思ったのが長くなる始まりで……

気がつくと……その11まで……

一応、〜匣の中の少女〜はおキヌちゃんを指すんですが……

大きい匣がおキヌちゃん。で、その中の小さな匣が夜……という訳です。

だから、第三夜で……ということだったんですが……

予定狂いまくり、原因は

あやつがカラムと話が長くなる……しかも自分の舞台まで設定しやがって……

初期プロットではおキヌちゃんが活躍するはずだったのに〜。

これも皆、夜がわグシャ……悪いのは私でございます。

おキヌちゃんファンの方で不愉快と言われる方が居られましたら私まで……(泣)

ちなみに夜が暫し休むのは予定通りなので……(笑)

夜:「ふふふ、直ぐ回復して……掻き回して……やろう」

……眠いんだったら無理して這いずって来ないで大人しく寝てなさいな。釘バットも放して。

夜:「眠い……が……貴様を……シバク……までは……な」

根性ですね……しかし何故、私が貴女にシバカレねばならんのですか?

夜:「……恒例……」

そんな恒例は嫌ぁ〜!! てゆうか、いつから恒例に?

夜:「……今……」

あっ……今、私、に後書きでいぢめられる方々の気持ちが判った様な気が!!

夜:「うむ……それは……よか……たな……で……は……」

ひぃぃぃ……て? 寝てる?

寝てたら可愛いんですが……しかし眠っても釘バットは放しませんね(涙)

とりあえず、夜を放置したままだと私の命がこの世から放逐されそうなので送ってきます。

皆さんも良い夜を『夜』と共に………

夜:「……ムニャ……」

びくッ


思えば、この回から恒例になったんですか?

夜:「奇妙な日本語だな」

いえ、理不尽な状況に反論できない虚しさと切なさと憤りが語尾を疑問系に?

夜:「私に尋ねているのであればそのとおりだと答えてやろう」

力一杯肯定ですか……少しくらい否定的要素はないですか?

夜:「無い」

即答ですね……

夜:「納得したなら……」

短けぇ夢だったな……てゆうか、今回の理由は!?

夜:「無い……と言いたいが、新作の執筆が遅れているぐらいが理由?」

うわっ、それをネタにしますか。しかも疑問系だし、今考えたっぽいグシャ

夜:「恒例終了」




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