この話は番外8から続きとして読めます。






少年は走っていた。

下町と呼ばれる一角を古風な中国の衣装に身を包んで。

誰かを探しているように首を巡らし、周りを見回して。


「何処に行ったんだ?」


年の頃は12、3と言った所だろう。

この辺りでは見ない顔――と言うより、頭に角の有る子供だった。

呟く声は幼いながらもしっかりとした声音だが、僅かに不安と焦りが混じっていた。


「僕がついていながら……無事で居ろよ」


小さく相手の名を呟くと少年は、更に注意深く辺りを見回した。




GS横島

 第四夜 その1 〜プリンス? オブ ドラゴン〜 




「ここ……何処?」


迷い込んだのは昼でも薄暗い路地裏。

ふと気が付くと、奥に光る目。


「な……に……?」


びくりと身体が震えて……聞えてきたのは鳴き声。


 にゃあ


「……猫?」


それが、たくさんの猫の目だと気付いてホッとした時、


 むくり


目の前で何かが起き上がった。

薄暗い路地裏で、身体中にたくさんの光る眼がコチラを見た。

その中の蒼い眼が光った気がして――声が響いた。


「誰だ?」


得体の知れない何かがソコに居た。

毛むくじゃらの蒼いが恐かった。

そいつは私の前にゆっくりと近づくと私の前でしゃがみこみ……腕を伸ばして来た!?


「ふ……ふぇぇぇぇ……」


自分の喉から変な声が出て……私は――。






たくさんの仔猫にしがみ付かれたまま、俺は背後の気配に振り返る。

蒼く変った俺のが相手の姿を映す。

予想通り、人以外のモノ。

それもかなり潜在能力が高いのだろう、蒼眼で見透かせない。

だが、予想に反してソコに居たのは――


「女の子?」


気配と勘で、かなりの相手と思ったのにソコに居たのは――小学生ぐらいの女の子だった。

10歳前後に見える面立ちは将来を期待させるのに十分な美少女だ。

白い肌と、腰辺りまでの長い菖蒲(あやめ)色の髪を白いリボンで纏めているのがよく似合っていた。

先程の俺の声に動きが止まったけれど―――怯えている?

心配になって驚かせないようにゆっくりと近づくと、目線を合わせるためにしゃがみこむ。

頭を撫ぜて落ち着かせようと手を伸ばしたら、少女の口から変な泣き声のような声が漏れた。


「俺、何かしたっけ……て、シマッタ!! よく考えたら猫団子状態だったんだ!!」


慌てて一旦立ち上がり、仔猫達に退場を願う。

声を掛けながら一匹一匹剥がすんだけどね。

仔猫達を剥がしながらしゃがみこみ、目線の高さを合わせて、奇妙な声を出したっきり動かない少女にを向ける。


「泣き出したりしないよな……って、ええっ!?」


薄暗い路地でも良く見えてしまう俺のが捉えたのは少女の足元に広がりつつある湯気を伴う水溜り。


 しゃぁー


かすかに漂う臭気と、小さな水音まで俺の無駄に鋭い感覚は捉えてしまう。


「おもらし……?」


俺の呟きに少女の身体がビクリと震え、瞳に涙が溢れ出す……って呟くなよ、俺っ!!


「にゃあーお」(旦那、女の子泣かしちゃいけませんぜ)

「にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ」(にーちゃん、なーかした、なーかした、いけないんだー)


頭の上のアオが一声鳴くと仔猫達も騒ぎ始める。

猫たちの様子に少女の身体が益々震えだす。拙いって!!


「頼むから、泣かないでくれよ。……て、お前等もいい加減鳴き止め、つうか降りろ!!」

「にゃおーん」(おい、そろそろ旦那の迷惑になる。とっとと帰りな)

「にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ」(にーちゃん、またねー。また遊んでねー)


俺の声に頭の上に乗ったままのアオが一声鳴くと、しがみ付いていた仔猫達が去っていく。

静かになった路地裏で、俺は頬を指で掻きつつ少女の方に目を向ける。


「とにかく……その、驚かせたみたいで……悪かったな。大丈夫か?」


頭の上のアオ以外の猫が周りに居なくなった事を確認しつつ、今にも泣きそうな少女に声をかける。


「……ふぇ……ふっく……ふぇ……うっく……」


今にも零れそうな涙を懸命に我慢しているのだろう、しゃくりあげながら真っ赤になって震えている。


「と、とりあえず何か……」


わざとではないが、この状況を招いてしまった俺は辺りを意味無く見回しながら必死に考える。

この状況が言い訳の通じない方々に目撃された日には明日の朝日は拝めないだろう。

正に絶体絶命の危機――に現れた恰幅の良い影。


「あれ? 十夜ちゃんじゃないかい? どうしたんだい? その子は?」


新たに路地裏に響いた声に、一瞬ビクリとするが聞き覚えのある声に安堵が胸に広がる。


「おばちゃん!? ナイスタイミング!! 久しぶりなうえに、いきなりで悪いんだけど……」


久しぶりに会った、この先にある定食屋のおばちゃんに手短に事情を話す。

俺の猫団子状態を知っているおばちゃんは、呆れたような苦笑のような表情を浮かべて聞いていたが直ぐに頷き、


「ちょっと待っといで!!」


そう言い残すと足早に駆けて行く。

近所でも評判の世話好きのおばさんだ。

たしか子供がたくさん居るらしいからお古の子供服でも持って来てくれるのだろう。

以前、子供ではないが近所の人を驚かせた事のある俺を知っているので、何が有ったかは直ぐ判ったみたいだ。


「助かった……これで何とか。ごめんな、驚かすつもりじゃなかったんだけど」

「……………」


俺の声には答えないが、おばちゃんの声で少しは落ち着いたのか、既にしゃくりあげるような様子はない。

かわりに、もじもじと太腿を摺り寄せている。濡れて気持ち悪いんだろう。悪い事したな……。

俺が何とか――と言っても気の利いたことは言えそうに無かったが、話し掛けようと口を開きかけると、


 ズザザザザー


横滑りしながら、おばちゃん帰還。


「待たせたねっ!! これと、これと、これはベビーパウダーで……」


そう言いながら手に持った籠から次々と、タオルやら着替えやらを取り出して近くの木箱の上に並べていく。


「助かったよ。俺じゃあ、さすがに……」


「おばちゃーん、注文は?」


「おっと、時間切れだね。じゃあ、後は十夜ちゃんが責任持って着替えさせるんだよ。

綺麗に拭いた後はベビーパウダーで……」


遠くの方で、客らしき男の声がおばちゃんを呼ぶと、おばちゃんは用意していた手を止めて俺に説明を始める。


「て、ちょっと待って!? おばちゃんが着替えさせてくれるんじゃないの!? 俺じゃあ色々と……」

「なに言ってるんだい。元々、十夜ちゃんの所為でこうなっちまったんだろ!? 責任取るのは当然さね」


ぽんと俺の手にタオルを渡しつつ、おばちゃんは爽やかに親指を立てて俺に告げた。


「ぐっどらっく!!」

ぐっどらっくじゃねぇー……ってマジっスか? 俺が……っ!?」

「あっ、濡れた服はビニール袋に入れてから籠で持ってきな、洗ってあげるから。

服は少し大きいかも知れないけど着れない事は無いはずだよ」


そう言い残すと、おばちゃんは俺の声が聞えないかのように足早に去っていった。

薄暗い路地裏で、後に残されたのは俺と少女と猫一匹。

……現状認識、やっぱり俺!?


「えーと……」

「……………」


無言の少女の上目遣いの視線に追いつめられる俺。

そ、そうだ。何とか妥協案を――。


「とりあえず、自分で着替えれるか? 着替えれるんだったら表で見張って……」


 ぎゅ

 ぷるぷるぷるぷる


俺の服の袖をつかみ首を振る少女……俺に着替えさせろとおっしゃるんですか!?


 こくこく


無言で頷く少女。

無口だねぇ……優華より無口だね。てゆうか、益々マズイ事態なのではなかろうか?

こんなところ誰か――主に知人――に知られたら……。


 くいっ


袖を引っ張られた。

つまり、覚悟を決めろと?


 こくこく


そーですか……て言うか、さっきから俺の思考、読んでませんか?


 ぷるぷるぷるぷる


………………。


「にゃあ」(旦那、口に出てますぜ……)


アオが一声俺の頭の上で鳴いた。

その声で、とりあえず気持ちを切り換える。


「と、とにかく、このままで居るワケにはいかないし……」


少女を見る。まだ顔は赤いが俺の事は……嫌がってないみたいだ。


「元はと言えば俺の所為とも言える訳だし……考えたら子供じゃん。そうだよ! 何を考える事が有るって言うんだ」


誰に言っているのか自分でも判らない口調で呟きながら、俺は少女のズボンに手を掛けた。


「考えたら、昔、ひのめちゃんの世話した事もあったっけ。

あの時は俺が小学5年だったから、ひのめちゃんが2年か……」


すばやく、下着を下ろすと手早くタオルで拭き取りベビーパウダーを……。


「あの時は、ひのめちゃんがトイレを言い出せずに我慢してて……で、

何故か俺が……そう考えればオカシな事なんて――」


呟きながら……気が付くと、少女は既に着替え終わっていた。

水色のブラウスとスカート。白い靴下と靴が良く似合っていた。


「てゆうか、いつの間に? さすが俺? でも、これは褒められる事か?」


色々と自分に突っ込みが入りそうだが、あえて考えない方向で――。


あ……ありがとう

「ん?」


少女の呟きが聞えた気がして俺は少女に視線を向けた。











「き、貴様ぁーーーっ!!」

「俺はナニモワルイコトシテナイヨーー!!」




突如響いた怒声のような呼びかけに、後半片言な返事を返す俺。

当然しゃがみこんで命乞いの準備はOKだ(涙)

が、響いた声が知らない者の声だったので顔を上げて見てみると、そこには12、3歳の少年が居た。


「あれ? 誰だ?」

「無礼者めっ!! よくも妹に不埒な真似をしてくれたなっ!!」

「えっ!? 妹って……そう言えば同じ様な服……とわっ!?」


 ひゅん


抜く手も見せず……とは行かないが、かなりのスピードで抜刀された小剣が俺の頭上に襲い掛かる。

辛うじて躱す俺に、鬼のような形相で襲い来る――兄?


「ちょ……話を聞けっ!!」

「問答無用っ!!」

「いいから聞けよっ!!」

「下郎と語る言葉など無いわっ!!」


 ひゅばっ……ぱしっ


「ぬわぁ!?」

「むっ!?」


何処をどう間違ったのか、俺の両手の中に剣が……白刃取り!? しかし、この体勢は……っ!!


「ひぃー……死ぬ、このままでは死んでしまうーっ!!」

「往生際が悪いぞ……」


じりじりと、力を込めて押し切ろうとする少年に俺は……押し返せない!?

見た目よりかなり……ってゆうか人間の力じゃねぇよ!!

徐々に近づいて来る刃を見ながら、本気で死を覚悟しかけた俺だが――。


「兄上……その人は悪くない……」


ポツリと少女が呟いた。

助かった? 俺はその声を聞いて命拾いを――。











「なにぃー!!」

「叫びながら押し切ろうとするんじゃねぇーっ!!」


油断してたら真っ二つでしたよ。

ようやく剣を収めた少年を見て、座り込みながら俺は深く溜め息をつく。

最後まで手を緩めなかった自分を褒めながら、俺は目の前に立つ少年と少女を見上げた。
















という事で、『プリンス&プリンセス オブ ドラゴン』に副題変更っと。

アンケートの結果……天竜は両方になりましぐしゃ

夜:「……ふぁあ……ん、仕置き終了……おやすみなさい……」

………………

…………

……

と、とりあえず皆様の意見を見ていたらこんな感じになりますた。

とりあえずこの流れだと、次回辺りにアノキャラが出てきそうな感じです。

ようやく歴史の変更点が大きく現れ始めたかなぁと言うところですね。




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