総合百貨店(デパート)の通路を俺は駆けていた。


「こっちだ!!」


天竜童子が声をかけながら俺の前を走る。

俺は天竜童女を小脇に抱えたまま従業員用通路に逃げ込んだ。


『殿下ーー!!』


黒いスーツ姿の鬼門たちの声が聞こえる……気がした。

俺は聞こえなかった事にして通路を全力で走る。


「横島クン!? なんだか知らないけど、止まりなさい!!

でないとヤキ入れるわよっ!!」


この場で会ってはならない女性(ひと)の声が聞こえた。

幻聴だと思いたかった。

でも背後からの気配はどんどん迫ってきていた。


「今、この場で止まれば被害(ダメージ)は少ないかも知れん……だが!!

この状況を上手く説明する自信が全く無い以上!

俺には逃げ続けるしか道はないんやーーっ!!」


思わず絶叫してしまう横島十夜17歳。

年端も行かぬ幼女を小脇に抱えて走る姿は立派に犯罪者チック。

自覚しつつも避けられない運命(さだめ)に横島は心の中で涙するのだった。




GS横島

 第四夜 その4 〜プリンス&プリンセス オブ ドラゴン〜 




もちろん、童子の小判=左うちわも魅力的だし、怯える童女が可哀想という思いもある。

しかし横島にとっては、それ以上に追ってくる美神が怖かった。


「待てって言ってるでしょうがっ!!」


素晴らしいスピードで追いかけてくる美神からは、怒声と怒りの波動が押し寄せてくる。

鬼門も後ろに続いているようだが、美神の迫力には勝てない。


「まだ、小竜姫さまが居ないだけましかな」


あまりの緊張感に現実逃避一歩手前の横島は、人事のように呟く。

その呟きに小脇に抱えた童女がビクリと身体を震わせた。


「そんなに怖いのか? だったら俺からも小竜姫さまに謝ってやるよ」


童女の様子に横島は優しく声をかける。

もちろん、童子を生贄にする事は口にせずに。


「横島っ!?」


慌てた感じの童子の声に、生贄計画が気付かれた!? と思ったが、

すぐに前方、通路の奥にいる人影に気付いた。

モヒカンの小男、黒い丸眼鏡のようなサングラスをしたノッポというデコボココンビ。

美神さんの気配に集中するあまり気付かなかった。


「新手か!?」


明らかにデパートの従業員では無い二人に、追っ手かと一瞬思ったが、

あの美神さんがわざわざ人を雇うとは思えない。

そんなことに金をかけるなら――と考え、美神さんたちとは無関係と判断する。


「気にするな! 駆け抜けろ!!」


あのケチ倹約家の美神さんが臨時とはいえ、2人も人を雇うはずが無い。

伊達に美神さんとの付き合いが長いわけでは無い俺が、そう結論付け童子に声をかけた時。


「い、い、いたんだな、アニキ……!」


長身の男が小男に言い、


「へっへっへっ……!! つかまえるぞ……!!」


なんてモヒカン小男が呟いて二人して俺たちの前に立ち塞がる。


 キシャー


次の瞬間、瞬時に変化を解いた小男と長身の男が襲い掛かってきた!?


「え゛!?」


俺はその状況についていけず――


「悪いっ!!」


一言告げて、立ち止まりかけた童子の首根っこを掴んで


 ブキュっ


おもいきり、小男――魔物っぽいやつの顔を踏み台にして彼らの間を駆け抜ける。

人は急には止まれない――のにいきなり目の前で変化して襲い掛かられては止まりようがない。

いや、止まろうと思えば止まれたかもしれんが、背後に美神が迫っている以上、

俺に止まるという選択肢は浮かばなかった。


『お、俺を踏み台にしたっ!?』


と、どこぞで聞いたようなセリフをはいて振り向く小男。


やはり魔物か……!


俺たちに追いついて、変化を解いた鬼門が小柄な魔物の前に立ち塞がる。


おぬしは殿下をたのむっ!!

「了解!」


美神が鬼門の言葉に短く返答し、

鬼門たちの脇から魔物たちをすり抜けてコチラに向かってくる。

俺は急展開にどうすればいいのか暫し迷ってしまった。


「良くわからんが、とりあえず逃げよう」


と、初志貫徹して横島は踵を返す。


『に、逃がさないんだな!』


長身の魔物の声とともに天竜童子に伸ばされる腕。


「天竜童子!!」


背後から迫る腕に、俺は童子に警告の声をあげた。

だが、呼びかけに童子が反応する前に、文字通り伸びた腕がズボンのベルトを捕らえた。

ただし横島のベルトを。


「わああっ!?」

『あ……ま、まちがえたんだな』


のんきな声と共に、ベルトを捕まれ俺は童女を抱えたまま宙吊りにされる。


「あっ! 童女!? 横島ーーっ!?」


気付いた童子が声を上げるが

走り寄った美神がこちらに駆け寄ろうとした童子を捕まえて止めた。


「放せ!! 横島は僕の家臣なのだ!!」


美神の腕から逃れようともがく童子だが、美神は素早く童子の身体を抱え込んで走り出す。


「奴らの狙いはあんたなのよっ!! 今は逃げるのが先!!」


童子に告げる美神が横島のほうを一瞬見る。

目が合った瞬間、横島と美神さんはお互いの意思を確認し、

横島は小脇に抱えた童女を美神に放り投げた。


「えっ!?」


童女の驚いた声に横島は内心で童女に謝る。

そして当然のように美神さんが童女を受け止めた。


「美神さんーーっ」


とりあえず童女の無事を確認し、次に自分のために脱出しようともがく。

もちろんそれぐらいでは脱出できるはずが無く、頼みの綱の美神さんは


「よくやったわ横島くん、とりあえず死ぬんじゃないわよ」


童子たちをつれてあっという間に走り去ってしまった。


「み、み゛がみ゛ざーん!?」


予想通りの展開に泣き声のように美神さんに助けをもとめる横島。


心配するな!! 我ら鬼門がついておる!!


今や唯一残っている味方の鬼門たちが励ましてくれる。

霊的戦闘能力皆無の横島では魔物相手に戦えるはずが無い。


「良くわからんけどなんとかしてっ」


もちろん横島は鬼門たちに頼るしかないため必死に助けを求めた。

しかし。


『聞いたか、イーム! たかが鬼の分際で竜族と互角に戦えると思ってやがる!』


 がはははははっ


鬼門のセリフを聞いたモヒカンの背の低い魔物が笑い声を上げる。


『え? あ? よ、よく聞いてなかったんだな。でもがはははっ』


背の高い魔物のほうはボケたセリフとともに笑い声を上げた。

余裕を見せる魔物の態度に横島の不安は大きくなり、


『くらえッ!!』


モヒカンの魔物が頭の角からの怪光線を発射し、


『うおおッ!?』

『ひ、左のッ!?』


一瞬にして光線を喰らった鬼門の片方が倒れた。


「……駄目じゃん」


横島はガックリとうなだれた。






『さて、あいつらの行き先だが……』


残った鬼門もあっという間に倒された。

魔物に非常階段の入り口辺りで挟まれ座り込む横島。

そして予想通り魔物たちが横島に美神たちの居場所を尋ねてきた。

もちろん横島が簡単に答えるはずも無い。


「美神除霊事務所所属、GSアシスタント(自給255円)横島十夜、簡単に口を割ると思うなよ!!」


と、横島はお約束なセリフをいってみる。


『ほぉー』

「ごめんなさい、すみません、ゆるしてください」


モヒカンの魔物に凄まれて、急に素直になる横島。

必死になって平謝り中だ。

普通の人間なら仕方の無い反応とはいえる。

たった一人で、怪物に凄まれて、ハッタリを続けるほど横島に根性は無かった。

しかしモヒカンの魔物は、謝る横島をそれ以上追求せず、にやりと口元を歪めた。


『ま、俺たちにはこれがある』


そう言ってモヒカン小男が取り出した一冊の本に横島は目を奪われた。


「ま、まさかソレは!?」


驚愕する横島に、魔物たちは楽しそうに笑った。


『ダンナから頂いたコレが早速役に立ちそうだぜ』

『つ、使いかたにば、バッチリなんだな』


その様子に横島はがっくりとうなだれる。


「すみません美神さん」


横島は自分の無力を認識しながら呟く事しか出来なかった。






「なにっ!? 僕たちの暗殺計画だとっ!?」


美神から話を聞いた童子が驚いて座席から立ち上がろうとする。

その童子を目線で制し、美神は溜息をついた。


「ったく……! 肝心な時に小竜姫は迷子だし……!

神さまが人間に世話焼かすんじゃないわよ!」


美神除霊事務所に向かうタクシーの中で、美神は依頼主である小竜姫に文句を呟いた。

そんな美神の様子に天竜童子は眉をしかめ、美神にじろりと視線を向ける。


「……おまえ、なんだかスゴくエラそーだな! 僕を誰だと思っている!!

恐れ多くも賢くも……!!

うるさいっ!! こっちはただでさえ厄介な事になって気が立ってんのよ!!

これ以上何か言ったらどうなるか……拳で教えるわよ!! 横島クンの事だって……


 びくぅ


……天地四海あまたの竜族の王にして仏法の守護者、竜神王の世継ぎ、天竜童子なるぞ……

「兄上……」


美神の迫力に、見を竦め窓のほうに顔を向け小さく呟き続ける童子に童女はそれ以上何もいえなかった。

不機嫌だった美神もタクシーが事務所に着く頃には、幾分冷静になっていた。


「とりあえず童子たちの安全確保のため事務所に戻って……」

「なぜ荷物のように抱えられねば成らんのだ!? 放せーっ降ろせーっ!!」

呟きながら童子たちを抱えて歩く美神に童子は逃れようともがくが、美神には通じない。

童女のほうは美神の事が判ったのか、最初から大人しくしている。


「あぁ、わかったわかった。わかったから、しばらくここでおとなしくしてなさい!」

「放せ、無礼者ー!!」


それでももがき続ける童子に苦笑しながら美神が事務所の入り口を開けて――

ガッと肩を掴まれた。


「だっ!?」


気が付いたときには床に引き倒されていた。

何者かに強引に部屋の中に引きずり込まれたと美神が悟ったとき側で声が聞こえた。


『ずいぶん遅かったじゃねーか!』


美神が顔を上げた先にはニヤニヤと笑う、撒いたはずの魔物が立っていた。


「な……!? なんでここが……!? ま、まさか!!」


美神がじろりと部屋の中に居るであろう丁稚を探す。


「ち、違うッすよ!! 俺じゃないっス!!

確かに鬼門は二人ともアッサリやられましたけど

俺は無実ッすよ!!」


美神と目が合った横島は、美神の表情から自分の危機を悟り必死で説明する。


「あんたじゃなきゃ誰だって言うのよ!!」


簡単に事務所を見つけられた理由が思いつかない美神が横島に詰め寄る。


「そ……それは」


口篭もる横島にモヒカンの魔物は口元を歪めて美神に一冊の本を見せた。


『何故判ったかというと……これよ!!』


その手に持つ本は、誰でも一度くらいは見た事があるであろう冊子。


「た、タ○ンぺえじ!?」


あまりといえばあまりの解答に美神の目が点になる。

そして開かれたタ○ンぺえじの広告欄に美神除霊事務所の広告が小さく記載されていた。


「そ、それは!!  一度だけ広告を出した回のタ○ンぺえじ!?」


それは美神がたった一度だけ広告費を出して広告を載せたタ○ンぺえじだった。

ちなみに今は口コミでも依頼が来るので特に広告等はしていない。

なので、美神はタ○ンぺえじのことなど、すっかり忘れていたのだ。


「なんで魔物がタ○ンぺえじの広告なんて知ってんのよーーっ!!」


一言絶叫すると、ガックリと美神は肩を落とした。
















夜:「今回は仕置きは無しにしてやろう」

やったーー!! って既に、『有る』事が前提なんですね?

夜:「嬉しかろう?」

もちろん!! と力強く肯定する自分が少し哀れだったりしますが……

夜:「不思議そうな顔だな?」

ええ。今回は何故? いえ、もちろん無いに越した事はないのですよ?

夜:「まぁ、今回は貴様自身が多忙だった為の結果だからな」

さすがに、判っていただけましたか!

夜:「と、言うのは建前で、マンネリ化を防ぐ為なのが本音だな」

うわっ……さらっとキツイ事をおしゃりやがりますな

夜:「うむ? 貴様にたいしても多少は気遣っているのだぞ?」

多少ですか……

夜:「うむ! やりすぎると壊れてしまうので……な。やはり永く楽しむには大事にせねば」

そんな気の遣われ方は嫌ぁーー!!




続く     戻る     目次