(……99番目のトラップ……解除)
僕の名前はジークフリード。
魔界軍情報士官ジークフリード少尉だ。
今、僕は非常に困難な作戦を遂行している。
ここは人間界の日本……東京の某所。
今の僕の使命は、ここに潜入し記録を取る事に有る。
ここに潜入する事に比べれば、魔界の軍施設のセキュリティなど、
隣の家の飼い犬ペスの餌を奪う事より容易いだろう。
ここには何度か侵入したが、日を追う毎にセキュリティレベルが上がっている。
御陰で僕は潜入活動なら魔界でもトップクラスだろう……それぐらい厳しい。
例えば、トラップの数……必ず108個有る。これはダミーを含めない。
一見、決められた数なら難易度が下がると思うかも知れないが……想像してみてくれ。
もし107個しか見付からなかったら――
もし109個目の本物を見つけてしまったら――
そして全てのトラップの威力が致死レベルだったら――
勿論セキュリティーは、それだけではない。
帰りたくなるだろう?
逃げ出したくなるだろう?
これが軍の命令なら僕は――
いけない……集中しなくては……躊躇いと不安は死を招く。
む……警備員か。
僕は最新鋭の霊的迷彩機能付き光学迷彩スーツのスイッチを入れる。
僕の姿が文字通り消える――見えなくなる――光学的にも霊的にも。
これは軍の試作装備、プロトタイプだが性能は申し分ない。
と言うよりコストが掛かり過ぎて、これ一着しか無いのが実状だ。
もちろん重要機密装備だ……だが油断は出来ない。
それは今までの経験上判っている。
僕は呼吸すら止めて警備員の眼を避ける。
「……こっちで……」
「……確かに……」
「……向うに……」
(警備は……3人……いや、もう1人出て来た)
冷静に気配を探り現状を把握する。
(建物内に……2人……警備と……ターゲットか)
体内時計が残り時間を告げる。
指定された位置には未だ遠い……急がなくては。
体内時計で30分ほど後に、僕は指定された位置に辿り付く。
途中何度か、死を予感したが幸いな事にトラップは無事解除。
僕は作戦遂行の為、カメラを構えた。
GS横島十夜
番外5 〜みっしょんいんぽっしぶる〜
東京某所にある2階建て家屋。
――数時間後。
ひと昔前の木造家屋の入口に僕は立っていた。
入口はドアではなく曇り硝子の入った引戸だ。
引戸と引戸の交差する所に鍵を差し込んでぐるぐる回して鍵を開閉するタイプの錠がついている。
外からみた外観は平屋に近い。
後から増築したと思われる部分が辛うじて2階と呼べるような作りになっている。
昭和初期、もしくは其れくらいの老人が住んでいそうな家屋。
はっきり言えばボロ屋ともいえる家屋に僕の上司が報告を待っている。
僕も知らされるまで、まったく気付かなかった。
実際入って上司に会うまでココが魔族の軍関係施設だとは信じられなかった。
それほど完璧な偽装が施されていた。
正直、今でも入る寸前までは疑いそうになる。
それほど平凡な普通の家にみえる……だが。
ぴんぽーん
左手でインターホンのボタンを押しながら返答を待つこと数秒。
「誰だ?」
「僕です。ジークです」
簡潔な誰何の声に素早く返答する。
「入れ」
一言返された返答と共に、引戸の鍵が勝手に開く音がする。
だが直ぐには入らず、返答より3秒以内にインターホンの横にあるスロットにIDカードを通す。
ピッ
微かな電子音が響き僕は引戸を引き開け、一歩中に入る。
……前に、入って直ぐの壁のスロットにもう一度IDカードを通す。
ピッ
再び微かな電子音が響き僕は、ようやく少し安心し入口に足を踏み入れた。
狭い玄関、小さな下駄箱、其の上には花瓶に花が挿してある。
スリッパが2つ並べられている。
ペンギンとごまアザラシスリッパだ。
その2つを目にし、素早く今日の日付けと曜日から脳内の暗号表を照らし合わせる。
導き出された答え『ペンギンスリッパ』を選び靴を脱ぎ足を通し暫し待つ。
何も起こらない事を確認し僕は狭い板張りの廊下を歩いていった。
――5分後。
決して広いとはいえない。
むしろ狭い家の廊下にある幾つものセキュリティを通過して上司の部屋の前に辿り着いた。
襖越しには気配は感じない。
見かけ通りのただの襖では無い証拠だ。
僕は襖には手を掛けず、横の柱に手を置くと認識番号を告げ、識別用に霊波を放つ。
暫くすると中から声が聴こえた。
「入れ」
短い呼びかけ。
でも、僕は忘れずに、壁の割れ目に偽装されたスロットに専用IDカードを差し込んで反応を待つ。
音も無く襖が開くまで僅か数秒、いつもながら長く感じる数秒だ。
いつものように同じ感想を抱きながら部屋に入ると所狭しと置かれた資料の山が目に入る。
4.5畳程の部屋には机と本棚があり、机にはファイル数冊、乱雑に積み上げられている。
ファイル名から数年前のモノだと判断し、中の資料に思いを馳せる。
―――アレは厳しいミッションだったが得たモノも大きかった―――
そんなことを考えながら、ふと思う。
あの下に軍上層部直通連絡用の黒電話電話(当然ダイヤル式)が埋もれているとは誰も思うまい……と。
本棚には今までのミッションで収集した資料のごく一部がギッシリとつまっている。
その本棚のむこう……隠し部屋に上司が今もミッションを行なって居る筈だ。
本棚の『僕が行なっていない作戦の資料ファイル』を動かすと本棚がスライドし隠し部屋の襖が現れる。
素早く本棚の側面に現れたテンキーにパスコードを入力、隠し部屋専用IDカードを使用。
3秒待って襖をひらく。
そこには上司が多くの機材に囲まれて僕を待っていた。
録音機材は稼動しているが、耳にヘッドホンを当てリアルタイムで音を拾っているのだろう。
僕が近づくと上司、魔界第二軍所属特殊部隊大尉ワルキューレが目線で僕に待機を命じつつ耳に神経を集中している。
僕は直立不動のまま、じっと時が経つのを待った。
「ふぅ……」
15分後、溜息をついてヘッドホンを耳から放すと、ようやくワルキューレはジークに向き直る。
「首尾は?」
「いつもどおりです」
簡潔な確認事項の確認と返答。
姉弟とはいえ軍に所属する限りミッション中は上司と部下だ。
私情は挟むわけにはいかない。
返答と共に差し出されたデジタルカメラの画像を素早く近くのパソコンで確認するワルキューレ。
僕も仕事の成果を改めて確認する。
これ以上ない角度とタイミングで撮られた絵に姉上と僕は無意識の内に感嘆の溜め息を吐いた。
「良い絵だ」
「有難うございます」
僕と姉上は21インチディスプレイに表示された画像を見ながら満足げに頷きあった。
「特にこの引き締まった尻が何とも言えんな」
「横島くんも日々鍛えられていますからね」
僕は新たな居候のシロと呼ばれる人狼の少女が散歩と称して横島を長距離マラソンさせていることを報告する。
「なるほど……それで更に尻が引き締まったと言う訳だな」
「横島君はマッチョ体質じゃないみたいですから、良い感じで鍛えられてるみたいですよ」
そんな会話が盗聴機材が置かれた部屋に響いた。
勿論、何処の何の音を聞いていたかは軍事機密なので言う事は出来ない。
(確か、今は未だ横島君は風呂の時間のはず)
そんな事を考えながら、ここにも所狭しと並べられたファイルに目を向ける。
勿論、資料のラベルは『横島十夜性徴成長日記』だ。
初めて見つけた5歳当時の写真から現在に至るまで、横島家のアルバムより遥かに多い資料が集められている。
当然、僕の仕事の成果も多く含まれている。
最初の頃は姉が人間の……それも5歳の子供に萌える姿に衝撃を受けた。
が、写真を見せられ横島君の素晴らしさを熱く語られるうちに僕もすっかり横島君の魅力に参ってしまっていた。
気がつくと十年以上、姉に協力して横島君のストーカー行為観察を続けている。
姉は横島君を見守りつづける為に軍で異例と言えるほどの成果を上げ昇格。
軍上層部にコネを持ち、今の地位に落ち着くと、これ以上の昇格と引き換えに
ココに魔界軍の駐留所と言う名の秘密基地を設置。
余程の事が無い限りココから部下に指示する事で軍務を果たしている。
僕は姉上の指揮のもと、こうしてミッションを行う事で横島君を見に記録する為、人間界に来る事が出来る。
魔族として、人間の成長を見る事は不思議な感動のようなものを与えてくれる。
魔族はあまり変化しないが人間は違う。
我々にすれば極めて短時間に変化、成長する。
僕も横島君の成長を見守る一人として、いつか機会があれば会ってみたいと思っている。
姉は昔はショタっ気があった……と思うが、今、横島に向けるものはソレの延長とは言いがたいだろう。
本人に自覚が有るかどうかは判らないが。
直接聞く訳にもいかないから確かめた事は無いが……僕も命は惜しい。
少なくとも、その熱意はココの設備の規模だけでも判りそうなものだが。
なにせ、この家のセキュリティは軍の最高レベルのモノと同等かそれ以上なのだ。
手順を誤れば『死』が舞い降りるような設備がココにあるなど誰も思うまい。
どのような方法でココまでの設備を用意できたのか……今でも謎だ。
でも、きっと永遠に謎だろう……僕も死にたくないからね。
少なくとも軍務を人並み以上に優秀にこなしている以上、特に問題は無いだろう。
姉上が篭る駐留する家屋を後にしながら、僕は次のミッションに思いを馳せていた。
あけましておめでとうございます。
正月早々番外ギャグ風味でお送りしました。
初掲載時も正月明けでした。
この作品はそういう運命のようです(笑)
まぁ今回も年明け一発目の作品はギャグで行こうっ!!
と言う事で……(笑)