爽やかな朝の光が大地を照らし始める早朝。

雀たちの鳴き声が聴こえてくるすがすがしい空気の中。

今、過去に封じられし邪悪が目覚めようとしていた。

ゆっくりと地中から現れ、その姿を現したものは、口元に邪悪な笑みを浮かべる。


「くくくくく。久方ぶりの地上か。愚かな者どもめ。わらわを封じたつもりであろうが」


差し込む陽の光に眼を細めながら美しく整った口元を笑みの形にゆがめる。


「再び、その封印を解くとは……愚かな、そして哀れな人間どもよ。
永きに渡りわらわを封じてきた罪と自らの傲慢さを、わらわが思い知らしめてくれるわ」


そういって、改めて辺りを見回した彼女は、ふと気付いた。


「ここは……?」


自分が居る場所。

大地に根付く自分が居る場所。

ソコは『植木鉢』と呼ばれる小さな場所だった。

そして――


「……芽が出た」


そう呟いた少女が背後で観察日記を書いていることに、ようやく彼女――死津喪比女は気付いたのだった。




GS横島

 番外9 横島十夜 〜しずも観察日記〜 その1




「なんじゃ? 如何(どう)いうことだ?」


混乱したように呟く死津喪比女。

てっきり地面に居るとばかり思っていたのが、植木鉢という隔離された空間で。

本来、人間サイズであるはずの花は、植木鉢のサイズに合わせて人の指ほどのサイズなのだ。

おまけに植木鉢自体に何らかの結界が施してあるらしく、ココから出る事も出来ない。

そして何より――


「……芽が出て……元気?」


呟きながら観察を続けている少女の視線が非常に不愉快だった。

仮にも自分は厄災と恐れられた死津喪比女なのだ。

それがまるで見世物のように観察されているとは。

しかも!


「わらわは芽ではない! よく見るがいい、わらわは花だ」


美しく咲く花を、芽と間違われたのでは不愉快にも程がある。

と、たいそう腹を立ている死津喪比女を気にした風も無く。

少女――優華は観察日記を書きつづけている。

どうやら絵日記形式のようで、死津喪比女の姿を描いていた。

もちろん、その様子に無視されたと怒気を纏う死津喪比女。

そして優華に向かってあらん限りの呪詛の言葉を吐く。

だが――


 キーキー、キーキー


サイズが小さすぎて優華にはキーキー言っているようにしか聴こえない。

優華はキーキー騒ぐ死津喪比女の様子を暫し見ていたが、やがて納得したように頷く。

そんな優華の様子に、肩で息をしながら叫んでいた死津喪比女は満足そうに微笑む。


「ようやくわらわの偉大さが判ったか。ならば跪いてわらわを称えるが良――」


そう自分の偉大さを目の前の小娘に知らしめようと死津喪比女が胸を張って口を開いた。


 ザァー


「!? がはっ? げはっ!? ごぼっごぼごぼごくん……けへっ、けへんっけへんっ、な、なにが??」


開いた口に滝のように流れ落ちる水に、むせ返る死津喪比女。

いきなりの状況に目を白黒させて、上を見上げれば――如雨露を持った優華が居た。


「ぶ、無礼者め! わらわに向かってそのような――」

「……お水が足りない?」


死津喪比女のセリフを遮るように呟かれた優華の言葉と、


 ザザァー


「げはっ!? けはっ! ごぼごぼごくごくごっくん……ぷはっ、けほけほけほっ!」


大量の水に再びむせる死津喪比女。


「ごほっ……くっ、おのれわらわが大人しくしておれば――」


 ザザァー


「けへんっけへんっ! お、おのれ、つけあがりおって――」


 ザザァー


「ごぼごぼごぼっ!? げはっごはっ! ……いいかげんにせんと――」


 ザザァー


「ごばっ!? げばっごばっごぼっごぼぼっごくごくごくごく……ぷはっ! お、おのれ――」


 ザザァー


「ごばごぶぼべべぼばぼぼぼ……ちょっ、ちょっと待っ――」


 ザザァー


「あぶぶぶぶ!? ごへっけへっこほっ……や、止め――」


 ザザァー


「ごぼぼぼぼ、けへっけへっけへっ! ……も、もう……お腹いっぱい……」


 ぐったり


口(?)から水を溢れさせながらぐったりと横たわる死津喪比女。


「お腹いっぱい?」


小首をかしげて尋ねる優華。もちろん、死津喪比女に反抗するだけの気力は無かった。




死津喪比女VS優華

優華の勝ち。











観察日記 ○月×日 △曜日   芦 優華


今日、夜にもらった球根の『芽』が出た。

とても元気。

水が欲しいのかキーキー鳴いていたので

たっぷりと飲ませてあげた。

ぐったりした。

……ちょっと多かったかも。

ちょっと反省。

次から気をつけよう。







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