爽やかな朝の光が大地を照らし始める早朝。

雀たちの鳴き声が聴こえてくるすがすがしい空気の中。

過去に封じられし邪悪なる者は、ゆっくりと大地より姿を現した。

口元に浮かぶ邪悪な笑みは――屈辱に歪められていた。


「くくくくくっ! 久方ぶりの地上か……わらわをこのような場所に封じたつもりであろうが!」


差し込む陽の光に眼を細めながら美しく整った口元が怒りに形を歪める。


「いつまでも、わらわが大人しくいると思うてか……愚かな、そして哀れな人間どもよ。

永きに渡り……いや3日ほど、わらわをいぢめてきた罪と自らの傲慢さを、わらわが思い知らしめてくれるわ」


そういった彼女の目には涙が滲んでいた。

死津喪比女、現在体長5cm。

現在位置は横島家2階、優華の部屋のベランダ。

対神魔封印処理された植木鉢の中であった。


「……今日も元気」


そう呟いた少女が、いつものように観察日記を書いていることに、彼女――死津喪比女はがっくりと肩を落とした。




GS横島

 番外9 横島十夜 〜しずも観察日記〜 その2




あれから3日。

死津喪比女が封印の休眠より目覚めて既に3日が過ぎていた。

死津喪比女にとって本来なら3日もあればかなりの力を蓄えることが出来るはずであった。

だが、現実は厳しかった。

死津喪比女にとって、この場合『厳しい現実=優華』になるのだが。


「ふふふ、わらわが大人しくしておると思うて油断しておるな? 所詮(しょせん)小娘よのう」


もちろんセリフは小さく呟く死津喪比女。

万が一聴こえたら……と思うと一時の屈辱さえ耐える事ができる彼女だった。


「む、無論、水責めが怖いわけではないぞ。ただ多量の水は球根(ほんたい)に毒だからだ」


だれに言っているのか、思わず呟いてしまう死津喪比女。

もちろん地脈に繋がる大地の上ならば、このような事にはならないはずだが、

植木鉢という地脈から隔離された空間では本来の能力など振るいようが無い。

本来、地脈から力を得る妖怪である死津喪比女である。

多少、大きくはなったが、本来人間サイズであるはずの花は、未だに人の指ほどのサイズなのだ。

おまけに植木鉢の容量ではこれ以上の成長は望めまい。

明らかに強力な結界が施してある植木鉢からの脱出は現状では不可能に近い。

ならば彼女の取るべき道は――


「……元気で良い子?」


呟きながら観察を続けている少女の視線が非常に不愉快極まりない。

仮にも自分は厄災と恐れられた死津喪比女なのに!

それがまるで見世物のように観察されているとは理不尽にも程がある。

しかし!


「……良い子だったら……ご褒美?」


小さな子供のように『良い子』扱いとは不愉快にも程がある。

が、内心では非常に腹を立ている死津喪比女は大人しく振舞う。

なぜなら、少女――観察日記を書きつづけている優華は言ったのだ。


「……良い子にしてたら……ご褒美に植え替え?」


その言葉を希望に、死津喪比女は絵日記形式の観察日記にも耐えていた。

そのために屈辱的ともいえる扱いに耐えてきたのだ。

そして、ついに待ち望んでいた日が訪れたのだった――。


「……今日は引越し……ご褒美の植え替え」


スコップを片手に持つ優華の言葉に内心小躍りしながら神妙に待つ死津喪比女。

もちろん、植え替えられた瞬間に地脈から力を得て、練りに練った復讐計画を発動させる気満々だ。


「最初にわらわをいぢめた小娘を……いや、ただ殺すのではつまらぬ。わが屈辱を雪ぐためには……」


おもわず復讐という甘美な妄想に耽ってしまう死津喪比女。


「……完了」


優華の呟くような言葉に、気が付くと既に植え替えられた自分が居た。

そこは間違いなく、あの狭い植木鉢などという空間ではない。

僅かな力しか得られない限られた空間ではないのだ。

ここなら、今まで以上に力を得る事ができるであろう。

そう思うと思わず口元が緩む。


「……植え替えの基本は、ちょっとづつ広くすること」


その優華の声に。

死津喪比女の緩んだ口元が歪んだ。

喜びで見えなかった白い壁。

植木鉢より広いが、限定された空間。

場所は横島家2階、優華の部屋のベランダ。

植木鉢の隣に置かれた『プランター』と呼ばれる場所が死津喪比女の新たな新居だった

もちろん当然のように結界処理済みの特別製。

いや、むしろ結界強度は強力になり、死津喪比女が多少成長しても脱出は困難だろう。


「ようやく……ようやく、わらわの偉大さを知らしめてやろうと思うたのにぃーー!!」


自分の偉大さを目の前の小娘に知らしめるには程遠い環境に死津喪比女が絶叫する。

そして当然の事だが、


 キーキー、キーキー


現状のサイズでは死津喪比女の魂の絶叫は優華には鳴き声にしか聞こえなかった。


 ザァー


「!? がはっ? げはっ!? ごぼっごぼごぼごくん……けへっ、けへんっけへんっ、な、なにが??」


開いた口に滝のように流れ落ちる水に、むせ返る死津喪比女。

今、再びの状況に目を白黒させて、上を見上げれば――如雨露を持った優華が居た。


「ま、まさか! ちょっちょっと待て――」

「……お水、足りない?」


死津喪比女のセリフを遮るように呟かれた優華の言葉と、


 ザザァー


「げはっ!? けはっ! ごぼごぼごくごくごっくん……ぷはっ、けほけほけほっ!」


大量の悪夢水に再びむせる死津喪比女だった。


「ごほっごぼごぼごくごくごくん……ま、またなのかぁっーーごばっげばぁ!!」


――数分後。

口(?)から水を溢れさせながら再びぐったりと横たわる死津喪比女の姿があった。


「お腹いっぱい?」


小首をかしげて尋ねる優華。もちろん優華に悪気は無い。

そして死津喪比女にも反抗するだけの気力は無かった。




死津喪比女VS優華 第2戦

再び優華の勝ち。











観察日記 ○月☆日 □曜日   芦 優華


今日、『芽』が大きくなったので植え替えをした。

植木鉢からプランターにお引越し。

植え替えてあげると、とても喜んでいた。

私も嬉しい。

でも、すぐに水が欲しいのかキーキー鳴いたので

またたっぷりと飲ませてあげた。

またぐったりした。

……ちょっと多かった?

やっぱり、ちょっと反省。

次からは、もう少しだけ気をつけよう。







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