爽やかな朝の光が大地を照らし始める早朝。

雀たちの鳴き声が聴こえてくるすがすがしい空気の中。

過去に封じられしプランターに植え替えられた邪悪なる者は、ゆっくりと周りを見渡した。

口元に浮かぶ邪悪な笑みは――屈辱に歪められ、目元にはうっすらと涙があった。


「くくくくくっ! 植え替えられてより七日か……わらわをこのような場所に封じたつもりであろうが!」


差し込む陽の光に眼を細めながら美しく整った口元が、さらなる怒りに形を歪める。


「いつまでも、わらわが大人しくいると思うてか……愚かな、そして哀れな人間ども、具体的に小娘よ。

永きに渡り……いや10日にわたり、わらわをいぢめて続けてきた罪と自らの傲慢さを、わらわが思い知らせてくれる!」


そういう彼女の目は、優華の姿を探すようにキョロキョロと落ち着かなかった。

死津喪比女、現在体長15cm。

現在位置は横島家2階、優華の部屋のベランダ。

対神魔封印処理されたプランターU型の中であった。


「……今日は元気?」


そう呟きながら少女が、いつものように観察日記を持って近づいてくることに、彼女――死津喪比女はビクリと震えた。




GS横島

 番外9 横島十夜 〜しずも観察日記〜 その3




あれから10日。

死津喪比女が封印の休眠より目覚めて既に10日が過ぎていた。

死津喪比女にとって本来なら10日もあればかなりの力を蓄えることが出来るはずであった。

だが、現実はかなり厳しかった。

死津喪比女にとって、この場合『かなり厳しい現実=優華』になるのだが。


「ふふふ、わらわが大人しくしておると思うて油断しておるな? 所詮(しょせん)小娘よのう。
前回の植え替えのときは油断したが、次こそは隙を突いて脱出してくれるわ!」


万が一聴こえたら……と考えると、もちろんセリフは小さくなる死津喪比女だった。

しかもすでに2回の植え替えが終わった後。だから『U型』のわけだが。


「む、無論、次こそは妄想で(ぼんやりとして)機会を逃すわらわではないぞ」


だれに言っているのか(ナレーションに)、思わず呟いてしまう死津喪比女。

もちろん地脈に繋がる大地の上ならば、このような事にはならないはずだが、

以前(植木鉢)よりは広いが、プランターという隔離された空間では本来の能力など振るいようが無い。

本来、地脈から力を得る妖怪である死津喪比女である。

多少、大きくはなったが、本来人間サイズであるはずの花は、未だに人の手のひらサイズなのだ。

おまけに2回の植え替えで広くなったとはいえ、プランターの容量ではこれ以上の成長は望めまい。

広くなった分、更に強力な結界が施してあるプランターからの脱出は現状では不可能といっていい――

はずだった――今までは!


「くくくくっ……封じたことで、わらわの力を甘く見たのが、小娘の愚かさよ」


もちろん近くに誰も居ないことを確認してのたまう死津喪比女。

屈辱に歪み続けていた彼女の口元に、邪悪な笑みが久方ぶりに浮かぶ。

与えられた空間。それは広さに応じて死津喪比女に力を与えていた。


「この死津喪比女の力、災厄と呼ばれし邪悪にわずかとはいえ力を与えたことを後悔するがいい!」


 ボコリ……ボコッ


死津喪比女の宣言とともに、プランターのあちこちの土が盛り上がる。

そして、現れたのは虫のような異形たち。

死津喪比女の周りを囲むように現れたソレは虫のような外見に反して、死津喪比女の『葉』だった。


「ようやく……ようやく『葉虫』が使える。これでわらわを封じ込めた壁を打ち崩せる!」


感激のあまり、ちょっと目が潤む死津喪比女。

葉虫たちも、そんな死津喪比女に喜びの鳴き声をあげる。

そんな葉虫たちの声に囲まれながら死津喪比女は、はっと気づいたような表情になった。


「そうだった。喜ぶのはまだ早い。わらわを虐げ続けたアノ小娘のことだ。葉虫でも……」


続く言葉を飲み込んで、祈るような気持ちで、死津喪比女は葉虫に指令を送る。

葉虫の一体がゆっくりとプランターの壁に近づき、鎌のように尖った腕を振りかぶる。

期待半分、不安半分で死津喪比女がゴクリとのどを鳴らした。

その音を合図にしたように葉虫がその一撃を壁に叩きつけた。


 ガキッ


鈍い音がした……が、壁に変化はなかった。

それでも死津喪比女は葉虫が攻撃した壁を見つめ続ける。

そんな死津喪比女の視線に動かされ、葉虫は再び腕を振り上げると壁をたたき続け始めた。


 ガキッ……ガキン…ゴッ、ガッ、ゴゴキン、ゴガゴガッ、ゴガガガガガッ……


すでに数匹の葉虫たちが群がって、壁の一点を叩き続けるのを死津喪比女は食入る様に見つめ続ける。


 パキッ


それは小さな異音だった

そして、ついに待ち望んでいた日が訪れた福音の鐘の音だった――。

その音で葉虫たちは一斉に動きを止め、脇に退いて異音の原因を死津喪比女に見せる。

土の上に小さな欠片が落ちていた。

プランターの壁に小さな傷があった。

それは大きな希望だった。

そして夢見た地上への階段だった。











「……あっ……虫?」


そのが聞こえるまでは。

感動の声を漏らそうと開けられた死津喪比女の口から絶望混じりの呻きが漏れる。

なぜ、このタイミングで現れるのだーー!?。

と叫びたい気持ちをギリギリで堪えて、さりげなく壁の傷を隠す死津喪比女。

まだバレていないはずと一縷の希望で、優華を見上げると彼女は不思議そうな顔で葉虫たちを見ていた。


「……変な虫……変虫?」

虫ではない! 虫だっ!」


優華のあまりのセリフについ突っ込んでしまう死津喪比女。

なんか一文字違いでも、的を得ている気がしてしまうのは気にしない方向で。


「……黒い虫……台所のアレ?」

アレではない! 葉虫はわらわの手足、わらわの葉だっ!」


あまりといえばあんまりな間違いに、おもわず正体をバラしてしまう死津喪比女。


「……葉虫?」


優華の呟くような言葉に、死津喪比女は、はっとしたが既に手遅れ。

多少なりとも成長した死津喪比女の言葉は小さいながらも優華に聞こえる程度になっていて――

そこは珍しく瞳をキラキラさせた優華があった。

優華はゆっくりと葉虫に手を伸ばす。


「……新種発見」


優華がゆっくりとした動作で葉虫に触れようとする。

その動作に思わず死津喪比女の口元が緩んだ。


「……あっ」


優華のすこし驚いた声と同時に。


 ザクッ


葉虫の鋭い一撃が優華の指を切り裂く。

もちろん、死津喪比女にとってはザクッだが、優華とってはチクッという感じに。


「くくくっ……気安くわらわの葉に触れようとするからよ。美しい花には棘が付き物であろうに」


手を引っ込めた優華を見て、今までの憂さを僅かなりとも晴らせた喜びに死津喪比女はニヤリと笑う。


「……害虫確定」


が、小さくつぶやいた優華の声の響きに死津喪比女がゾクリとしたものを感じるのと同時に――


 ぶちっ


優華の手が葉虫を採取していた。根元から引きちぎったとも言う。


「ぐぎゃーっ!!」


死津喪比女の笑みに緩んだ口元が、そのまま苦痛の叫びとともに歪む。

あまりの出来事に変な叫び声をあげてしまう死津喪比女。

本来なら文句どころか呪詛の1つも吐くべきはずだが、しかし――


「……害虫採取」


小さくつぶやいて部屋から出て行く優華の声の響きが死津喪比女の動きを止める。

あとに残された死津喪比女には在ってはならない感情が渦巻いていた。


「わらわが……後悔しておるじゃと……」


――しかも、恐怖混じりの――


浮かんだ言葉をつぐみ、死津喪比女は首を大きく振って考えを振り払った。


「と、とにかくじゃ! あやつは去った。わらわの勝利じゃ! この隙にこの忌々しい壁を壊すぞっ!!」


自分に言い聞かせるように死津喪比女が宣言する。

その言葉に従って葉虫が再びプランターの壁に対して攻撃を再開する。


「あやつの居らぬうちにココから出れば問題ないっ!」


けっして逃げる訳ではないぞと小さく呟きながら、死津喪比女は葉虫に指示を続ける。

その目尻に涙が浮かび、必死な形相なのは本人には自覚はなく――

その姿は脱走を試みる罪人よりも、死神を恐れる死刑囚のようで――

夏の入道雲のように湧き上る不安と恐怖と絶望の予感が死津喪比女に追いつこうとするようで――


「……害虫駆除」


そして、追いつかれた。

慌てて振り返った死津喪比女が見たのは手に何か毒々しい緑色の液体の入った注射器を持つ優華で、

 ブスッ


流れるような動きで葉虫の一匹に差し込まれた注射針が、


 ちゅーーーー


止めるまもなく瞬時に注入され、本体にまで染み込んだ液体だった。


「……害虫駆除」


つぶやく優華の声を聞きながら死津喪比女はゆっくりと優華を見つめる。

その表情は死を宣告されたような顔だった。


「こ、これは何じゃ……」


尋ねる声は途中で掠れ小さく消えたが、優華はコクリと頷いて了解の意を告げる。


「……サンプル採取で成分分析」


要するに先ほどの葉虫を調べて解析したらしいと、理解して頷く死津喪比女。


「……対処法調査、専用薬剤調合」


で、解析結果から、先ほどの薬剤を調合したらしいと、理解して頷く死津喪比女。


「……害虫駆除、これで2度と出てこない」

害虫駆除するなぁーーっ!! てゆうか、葉虫は葉で虫ではないっ!! ……うっぷ」


絶叫する死津喪比女だが、注入した薬液が逆流し、口(?)から溢れはじめ、ぐったりとなる。


「い、入れすぎ……」


小さく呟き、開いた口(?)やら耳(?)等から薬液が漏れ始めた死津喪比女の目に涙の粒が混じって消える。

そんな死津喪比女を見て小首をかしげる優華。


「……入れすぎ?」


注入を続けていた注射器を抜くと、優華は小さく頷く。

頷いて、優華は手に持った小瓶から植物の栄養剤のような錠剤を摘んだ。


 パラパラ


「……何を?」


朦朧とした意識ながら、死津喪比女は周りに蒔かれた錠剤のようなモノを尋ねる。

と、優華はにっこり笑って手に持った錠剤を示しながら呟く。











「……品種改良」

勝手に品種改良するなーーーっ!!!


絶叫して再びぐったりと横たわる死津喪比女だった。


「大きくなる?」


小首をかしげて尋ねる優華。もちろん優華に悪気は無い。

そして死津喪比女は逆らってはいけない存在を認識したのだった。




死津喪比女VS優華 第3戦

優華の圧勝。











観察日記 ★月$日 ◇曜日   芦 優華


今日、『花』の周りに変な虫が居た。

『変虫』と名づけた……のに葉虫と言うらしい。

見たことの無い新種で、触ろうとしたらチクッとした。

害虫だった。

ので、緊急に採取して解剖して分析して解析した。

夜ちゃんにもらった本で調べて2度と生えてこないように『お薬』を作った。

他にも居たのでたっぷりと注入してあげた。

でも『花』がぐったりした。

……ちょっと多かった?

反省も兼ねて、品種改良もしてあげた。

これで、『花』にしか栄養が行かなくなるので大きくなるはず……たぶん

でもおしゃべり出来るようになってちょっと嬉しい。

明日も仲良くしよう。







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