** chocolat chaud


部屋にゆっくりと甘い匂いが広がる。
火にかけた小鍋の中身を掻き混ぜながら、タクミは口元に笑みを浮かべた。
小鍋の中身はココアだ。それを二人分作る。
こうやって誰かのために何かをしている自分が少しおかしかった。
もうすぐここにやってくる人のために。
彼女に飲ませてあげるために、当たり前のようにココアを作る。

初めて彼女を家にあげたのは雨の日だった。雨に濡れた、まるで小動物のような彼女を放っておけなかった。
そして濡れていた彼女に風呂と洗濯機を貸してやった。
その時に出したのがこのココアだ。
おいしい、と喜んで飲んでくれたのを覚えている。
以来、彼女が家にくるときに作る回数が増えた。
あの時は不愉快な思いをさせられたし、好きになるとも思わなかったのに。
思い返して、タクミは喉の奥で小さく笑う。
くるくると慣れた手つきでココアを混ぜながら。

どこにでもいる普通の女の子だ。
反応がおもしろく、彼女で遊んでいるのは楽しい。
そのことで彼女から抗議がくることもあるけれど、自分にとっては愛情表現なのだから仕方ない。
自分の過去を話したりもした。今までになかったことだ。
どうして話そうという気になったのかはわからない。でもそれが嫌ではなかった。
彼女なら自分の過去を話してもいいと思えた。
そんなことを自分に思わせる、彼女の存在がおかしくて嬉しかった。

「そろそろかなー?」
時刻を確認し、タクミは火を止める。
そろそろ約束の時間になる。ほどなくして、インターホンが鳴るだろう。
扉を開ければそこに彼女が立っていて。
外は寒くなってきているから、頬が少し赤くなっているかもしれない。
それをからかうとちょっと拗ねたようになるから、適当に言いくるめて家の中へ。
暖かい室内でココアの入ったカップを渡せばすぐに機嫌が直るだろう。
指先が冷えているであろう彼女は、両手で包み込むようにカップを持って一口つける。
そして彼女は素直な笑顔で言うのだ。「おいしいよ、タクミくん!」と。

そうやって一連の流れをシミュレーションしてみる。
シミュレーションというよりは妄想だ、とタクミは一人笑う。
彼女の行動は単純で読みやすい。
それでいて反応は自分を楽しませてくれる。
くるくると変わる表情は見ていて飽きない。
自分で考えるよりも、最初のころよりも、ずっと彼女のことが好きになっている。
こんなにも自分にとって大切にしたいと思える存在に出会えるなんて思わなかった。
本当にどうしてくれようか。
考えながらカップを2つ用意していると、インターホンが鳴り響いた。
2011/08/20…修正