** Time of sweets


図書館棟に下校を促すチャイムが響く。
由奈は自習の手を止めて時計を見た。思っていたよりも時間が経っていた。
数学の課題をしているときはいつもこうだ。
教科担当でありクラス担任でもある酉水司先生の課題は歯応えがあり、解を見出したときの達成感もあるのだ。
それを感じられるのが楽しくて、つい没頭してしまった。
もちろん課題に真面目に取り組む理由はそれだけではないが。

机に広げた教科書類を片付けると由奈は図書館を後にした。
廊下に出るとちょうど別の教室から出てきた司の姿を見つけた。
「司先生!」
司を見つけたことに嬉しくなって声をかけると、司からの優しい微笑みが返ってきた。
「由奈さん。何をしていらしたんですか?」
駆け寄ってきた由奈に司が尋ねる。
「今日出た数学の課題をやっていたんです」
「そうですか。解けましたか?」
「だいたいは。残りは家でやろうと思っています」
聞いている限りではごく普通の生徒と教師の会話。
もっとも、互いに抱く感情はそれ以上ではあるのだけれど。

「そうだ、先生!私、いいものをもっているんですけど、よかったらどうですか?」
そう言った由奈が鞄から取り出したのはチョコレート菓子だった。
「これは……チョコレート、ですか?」
由奈の手に乗せられた小箱を司はしげしげと見る。
「はい!期間限定の抹茶味なんです」
「ああ……、女性の方は好きですよね」
「はい。先生にお茶に誘ってもらうようになってから、抹茶味のお菓子ばかり買うようになってしまって……」
それまで弾むようだった由奈のが急にしぼむ。
だんだんと小さくなる声に疑問を持ちながら司は声をかける。
「由奈さん?どうかされたのですか?」
「……いえ。あの、考えてみたら、司先生みたいにきちんとお茶をお勉強されてる方にこういうお菓子をすすめてよかったのかな、と思ったので……」
そう言ってチョコレートの箱を司の視線から外すようにする。
そんな由奈の手を制し、司は箱からチョコレートを1つつまんで口に入れた。
「あ……」
やや不安そうに見つめる由奈の視線を受けて、司はやんわりと微笑む。
「ああ……。これは、甘さがきつくなくておいしいですね」
「本当ですか?」
安堵と、それでもまだ不安を残した瞳で由奈は司を見つめ返す。
その瞳が愛しくて、その視線を受けているのが自分だという事実が司は嬉しかった。
自分に対する気遣いや想いが伝わってくる。暖かな感情があふれる。
「はい。茶道を学んでいると逆にこういったお菓子には興味が出るのですよ。ですから、あなたが思い煩うことなどないのです」
そう言った司の言葉で、由奈の中に残っていたいくらかの不安も消えた。
代わりに少しくすぐったくてふわふわした気持ちが生まれるのを感じる。
司の言葉は間違いなく本心だ。それは今まで司を見てきているからわかる。
きっと他の生徒でも同じように言うのだろう。
けれどそこには由奈に対する想いと同じものは含まれないのだ。それを思うとくすぐったくて嬉しい。
「そうだ、由奈さん」
思考する由奈を知ってか知らずか、司が声を発する。
「なんですか?」
「また、抹茶を使ったお菓子を見かけたら、私に教えてくれませんか?あなたと一緒に食べたいのです」
由奈が今、抱いた想いを包み込むかのような司の言葉。くすぐったさと嬉しさが増す。
やわらかな微笑みの司に応える由奈の笑顔は明るい。
「はい!喜んで!」
頷いた拍子に小さく音を立てたチョコレート菓子の小箱から、微かに甘い香りが漂った。
2011/09/04