クラウドはルーファウスを置いてフェンリルに跨ると、派手な音を立ててエンジンを入れた。
空吹かしの音を二、三度響かせる。
しばらくその音を確かめるように鳴らすと、ルーファウスに向き直った。
言葉を選んでるようだった。
「俺以外の奴に寝首を掻かれるな。もしまた何か企んだら今度は引導を渡してやる」
その割にはいつも通りの物言いだったので、ルーファウスは相好を崩した。
「楽しみにしている」
 手の中の砕けた残骸を見る。
手を返すと、粉々になったそれは星屑のように荒野に降り注ぎ、土に還った。
いつかそれは星を巡り、命の糧の一部となるかもしれない。
それもいいだろうとルーファウスは思った。
 何度、星の運命に翻弄されようとも、生き延びてやる。
この身体が朽ち、魂が星のエネルギーに変換されようとも、その戦おうとした意思は決して無駄にはならないだろう。
自分を未だに守ろうとしたタークスたちが、それを証明してくれる。自分はまだ全てを失ったわけではない。
やるべき問題は山積している。
人の生きるこの世界に、必要とされている。
 夕日は遠くの地平に沈んでいく。
ただの人間の自分にそれを止められはしない。
「俺はもう行く。お前はどうするんだ?」
頭を振り、クラウドがゴーグルを掛け直す。
フェンリルの低く轟く唸り声は腹の底からルーファウスを鼓舞するようだ。
ルーファウスは手品のように内ポケットから携帯電話を取り出した。
「心配するな。一人で帰れる」
「さすが神羅の技術は頼れるな」
黒いゴーグルの奥に隠れた瞳は窺えないが、魔晄色のそれは笑っているだろう。
 別れの言葉は必要なかった。
いつかまた再開する時が来れば会わざるを得ないし、そうでなければ別々の場所で同じ空を見て生きていくだけだ。
世界は生き続けているのだから。


 フェンリルが咆哮を上げる。
その巨体は一度、方向転換のためにルーファウスの周りを円を描くように走った。
まるで狼が迷いの為に逡巡しているかのようだった。
しかしそれは同じ場所にずっと留まりはしない。
遠く長い旅をする為に狼は駆けていく。
クラウドは後ろを振り向かずに走った。
 フェンリルは主の感情に呼応するかのように、その身の内に抱く熱いエンジンをフル稼動させ、ミッドガルへ、彼の待つ人のいるエッジへと運んでいった。

 

 

 


ルーファウスはそれが見えなくなるまで見送った。
そして振り返って、彼方に沈んだ太陽を思った。
また明日、それは地に満ちる。
何も恐れる事はなかった。
日没はその為の準備だと、もう自分たちは知っている。
黄昏の中、携帯を開く。
画面の人工的な緑色の光が手に落ちる。
しかし反対にその液晶部分には白い細かな光が映っていた。
花のような、あるいは泡のような幾千もの光。
ルーファウスは天を仰いだ。
頭上には今まで見たこともないほどの星々が瞬いていた。
ミッドガルが在りし時には決して見られなかった光景だった。
星は街の明かりに霞んでいただけだ。
無くなったわけではなく、いつでも自分たちの上で輝いていたのに、気付かなかった。
どこまでも続く星空は隙間なく夜を埋め、心を埋めてくれる。
まるで眠らない都市がそこにあるようだった。
そうだ。眠れない夜、俺はずっとミッドガルの地に満ちる光を見つめて過ごしていた。
そうしていつまでも開かないドアを諦め、見渡す限り続く光の洪水に心を慰められた。
 刻々と闇が迫る。
携帯を手に握り締めたまま、昔とは違う光の洪水に包まれる。
不意にパアン、と甲高いクラクションの音が響き渡った。
黒塗りの見覚えがある車が近付いてくる。
そのヘッドライトが悪い道路事情に揺れながら自分を照らし出そうとしている。
ルーファウスはそれが顔に及ぶ前に慌てて目を拭った。
予想もしない、自覚のない涙は子供の頃以来のものだ。
それを知っているタークスに見られるのはばつが悪い。
「ルーファウス様!」
 車を降りたツォンが焦ったように駆け寄る。
大丈夫だ、と言おうとして感慨に声が詰まる。
自分の足下には昔信じていたものが灰になって風に吹かれ、過去になろうとしていた。
ルーファウスは目では追えないほど粉々になってしまったそれを探すように地面を眺めた。
せめて最後を見届けたかった。
それを生み出したのも、終わらせたのも神羅の、突き詰めれば人の業だ。
ルーファウスは記憶の中にだけ残る一つの名前を呟いた。



 しかし、地に落ちた星の記憶、古代種の知恵で焼かれた白い花の種子はもうどこにも見当たらなかった。









fin. 


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