私が作り出したと言っても過言ではないこの赤い空に



 

赤い空


 

 

 

─俺の身体の中も外も知っているのはお前だけだよ

そう言うと青年は薄く笑んだ。
正確に言えば笑おうとしたのだ。
しかし痛みの為に顔は苦しそうに歪められ、呻き声を漏らすまいと
噛み締めた歯の合い間から詰めた息が重く漏れただけだった。
夜の帳の中で囁かれたのならばそれ相応の愛おしさも募ろうという
睦言めいた皮肉はまだ日の高い病室でぽつりと吐き出された。
重く鈍い痛みと刺すように鋭い痛みが交互に胸を抉る。
く、く、とまるで子供のような声ならぬ声をつく患者は固く目を瞑って
繰り返し来る痛みの波に翻弄されていた。
ひところに止まっていられない程の痛みに髪は乱れ、眦には薄く水滴が溜まっている。
そしてそんなルーファウスを無機質な黒い目が見下ろしていた。

「薬が欲しいか?」

宝条は自ら腹を開いた患者にあっけらかんと言った。

「欲しい」

間髪入れずにルーファウスが疲れた声で答える。
額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
相当苦しいだろう、痛み止めがなければ常人なら発狂寸前だ。

「なら、もうこんなことは止めろ。お前にはどだい無理な仕事だ」
「嫌だ」

荒い息を吐きながらの答え。ルーファウスは昔から意固地だ。

「…こんな会社を継いでどうする気だ。目はまだ見えるはずだ。自分の周りを見てみろ」
「…」
「重役幹部とやらもテロリストに寝返る始末だ。おまけに現トップがこれでは…」

どこか遠くを見るような宝条。グイ、と不意に首筋の動脈に冷たい指先が触れた。
自分でも脈の不自然さが感じられた。

「神羅共々死ぬつもりか?」
「まさか。立て直してみせるさ」

霞む視界に苛つきながら宝条の指を振り払う。呼吸が整わない。

「少なくともウェポンは沈めた。残りのテロリストも時間の問題だ
 何も問題はない。何も問題はないんだ…」
「…」

知らないのだ、彼は。
もう一体のウェポンは今度はこのミッドガルに向かっていること、
テロリスト、及びその支援者たる内通者…どちらも取り逃がしていること。
民衆はいきり立ち、暴動が起こった地区では神羅兵が狩られている所もあること。
そして日増しに近付いて来るメテオ。
空は昼間でも不気味に赤く染まり、街を脱出する人々で毎日が混乱と不安に包まれている。
向ける当てのない憤りはたかが石の塊一個破壊出来ない神羅に向けられ、出社する勇気のある者はまばらだ。
その上魔晄炉の電力供給は軍事優先の為各家庭への供給は滞りがちで、
それがますます人々を不満に陥らせていた。
最高幹部の部長共は揃いも揃って無能。長時間の会議は空中分解寸前。
世を儚んでの自殺はうなぎ上り。殺人は上下のプレートで日常茶飯事。
以下エトセトラエトセトラ。

止めにトップは病身とくれば最早打つ手など何も無い。

神羅を捨てろ、という最後の説得を頑なに拒否したルーファウスを見下ろして
この会社もあっけない終わりだったな、と宝条は一人ごちた。
ルーファウスが神羅を置いて一人生きる事を選ぶとは最初から思っていなかった。
となればこのまま彼は神羅共々死なざるを得ないだろう。
…計画通りに。
ルーファウスも自分の最後くらい好きに決めたかったろう。
しかし、彼の運命は彼が生まれる前から既に自分に決定されていたのだ。

可哀想な世界の帝王はたった一個のカプセルの為に私にすがり付いている。

はは、と宝条は乾いた笑いをついた。
頭上から振る笑い声にルーファウスは無言で彼の白衣を握る。

自らが生み出した災いにこの世界を壊されるのも、
過去の罪に殺されるのも、己が蒔いた用意周到な罠だ。
世界を巻き込んだ壮大な自殺の手段は刻々と完成しつつある。
今ならば。

白衣を握る白い手が段々弱々しくなってくる。
意識を攫われそうになるにつれ呼吸が途切れがちだ。
尖った顎。細い肩。力無い指先。
心労が眼窩の下にべっとりと滲み出ている。
それでも尚美しい、輝かしい神羅を彩る綺麗な飾り。無力な子供。
─可愛い私の駒
彼は私を自らの駒としてしか見ていなかっただろうが、世界を盤にしている私に
若輩者の彼が敵うはずもない。勝負はとうについていたのだ。
彼は私が忍ばせた毒で徐々に蝕まれ、神羅と共にやがて死ぬだろう。

…青白い彼の薄い瞼に唇を寄せて、僅かな延命処置の為に針を押し込む。
意識を大人しく私に手放した彼に囁きかける。
─さあ、クライマックスだ。お前の最期の職務を果たしなさい。
  私だけがお前の全てを知っていてあげよう。愛しいお前の破滅を責任を持って見届けてやる。
  そして大掛かりな花火としめやかなショーの後に少しの贈り物を私の子供に添えて、早速私は過去の罪とやらに殺されるとしよう。
  だから安心しなさい。お前は一人じゃない。
  分からなくてもいい。知らなくてもいい。
  私だけが全て引き受けよう。完璧な幕切れをお前にあげよう。

  

ルーファウスは答えない。呼吸は規則正しく刻み始めた。
あと数刻で目覚めるだろう。そしてもうすぐ全てが終るだろう。
彼を見る。 
(…私は)
いや、これで終わりにしよう。
計画は滞りなく進行している。
今、この瞬間にも。
もうすぐ長年想い願っていた事が叶う。



…もうすぐ。