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「授与式でルーファウスを無視したそうだな」

採血する為の最後の注射針を引き抜きながら、宝条が唐突にそう切り出した。

「は?」

脱脂綿でその痕を押さえてセフィロスが聞き返す。
検査の際、宝条は一切喋らないのでセフィロスは彼が話しかけてくる事を予期していなかった。
はっきり言えばいないものと考えていた。
宝条は全く同じ調子で同じ言葉を繰り返した。

「ルーファウス…ですか?」
聞いた事もない名前だ。忘れている可能性も大だが。

「プレジデントの息子だ。知らないのか」
「はい…」

そういう宝条も他人の事は全く頓着しない性格だろうに、とセフィロスは心の中で揶揄した。
今日に限って…しかもあの子供の事とくれば嫌が応にも顔は知らず渋面になる。
そんなセフィロスの素直な反応を、宝条は観察するように眺めた。

「結構な話だ。神羅もウータイの事だけ考えているわけにはいかなくなるな」
「そんなつもりでやったわけではありません」
「フン、ではわざと無視したわけか」
宝条のこういう人を食ってかかるところが嫌いだ。
「…わざと、というわけでも」
セフィロスは大袈裟に、言い掛かりだといった風に肩を竦めて見せた。
「ああいう場では兎に角、黙って頭でも下げていろ。一々煩わしい事に自ら関わるな」

宝条はそういったセフィロスの演技には目もくれず、言い終わるとさっさとデータや器具を片付け始めた。
セフィロスが自分の言葉の意味を分かっているかはどうでもいいらしく、早速検査の結果に没頭している。
あの場に宝条はいなかったにも関わらずわざわざ言ってくる所を見ると、少なからずこの科学者も上から何か言われたのだろう。
この部門との関わりは幼年期から深い。

「博士は彼の事を?」
「なんだ」

宝条も既にセフィロスが部屋にいてもいなくても同じらしく、そういう所はお互い似ていると言えば似ている。嫌な類似だ。
セフィロスの言葉は耳に届いていなかったらしい。
宝条の反応に嫌味ったらしい言葉が出る。どうせ宝条は聞いてはいまい。

「…ルーファウスという子供はこの研究所には縁のないものなんでしょうね」

自分のように魔晄を浴びる事も、人殺しをする事もないだろうから。
コートを羽織るとセフィロスは椅子から立った。
無言のまま研究所の扉に手を掛けると背後から聞き取れるか聞き取れないかぎりぎりの抑えた声が響いた。

「…そうでもない」
うっそりとセフィロスは胡乱気に目だけを動かした。
「どういう意味ですか」

扉に向き合ったまま返す。

「お前の言葉こそどういう意味だ。ここをどういう場所だとお前は考えている」
「誤魔化さないで下さい。…ここによく来るんですか?彼は」

訝しげに、それでいて不安げなセフィロスの声音に宝条は不快感を感じる。
自分の検査や実験でどれだけ乱暴な処置を施しても顔色一つ変えないセフィロスがたかだか子供一人にこんな動揺を示すのは不適当だ。
なにをそんなに怯えているのか皆目見当もつかない。
そしてそんな瑣末な事で不安定になるセフィロスを宝条は嫌った。

「そんな事はどうでもいいだろう」

「…」

「興味が?」

「いいえ!」

言ってしまってから、セフィロスは舌打ちしたくなった。
こんなに強く否定してしまっては逆にそうだと肯定しているようなものだ。
けれど、確かに宝条の言う通りだ。彼がこの研究所で、自分と同じような境遇にあっていたとしても
こちらの知ったところではない。
ただ─…、この部屋にあの子供は似合いだ。
宝条の荒んだ目に、やはり自分と似たものを感じてこの研究所で何が行われているのか
セフィロスは薄々感付いていた。
そしてそれはおそらく戦場で自分のしている事と大差ないものだ。
結果がある分宝条の方がタチが悪い。

「あなたは…」

言いかけた言葉を飲み込む。
しかし、何も変わらないだろう。
自分がここで何を言っても彼は気にも留めない。
彼にも多分、その考えを変えないなりの理屈でも抱えているんだろう。
それは宝条の過去の話であり自分には関係ないものだし、
神羅に飼われているという点では所詮彼も自分も同じだ。
自分の境遇の責任を彼に求めてもお門違いだし、それに今更誰にも止められるはずもない。
自分の存在はいつの間にか神羅という歯車にしっかりと、それこそ自分で外せない程強固に組み込まれてしまった。
さりとて自分が神羅をそんなに厭い、嫌っているのかと問われれば答えに詰まる。
神羅に頼らずとも軍で貯めた金でそこそこの生活は出来るだろうが、どう生きていけばいいのか分からなかった。
根っからの奴隷根性にセフィロスは自嘲し、それを発散させてくれる今の現状は正直有難かった。

「…いえ、失礼します」

(それでもこの場所は俺には必要だ)
扉はいつもの通りに静かに閉まり、宝条は振り返りもしなかった。

 

                      :::::::::

 

ヘリのローター音が耳に痛い。
頭上にその存在を誇示するように鳴り響く爆音に銀髪をかき回されながら青空に輝く黒の機体を見上げる。
唸るヘリの羽音をうっとうしげに見やると、黒い機体から神羅の印が太陽光に反射してセフィロスの目を射った。
それがヘリポートにようやく足をつけると、セフィロスは肩に流れる長い銀髪を無造作に背に落とした。
数人のスーツ姿の部下と共に徐々に静まるヘリに近づく。その中の一人がドアを開けた。

「出迎えご苦労」

僅かにスーツの端をはためかせてその搭乗者は姿を現した。
黒いヘリと揃えたように真っ黒なスーツに黄金色の髪が対照的だ。
神羅の御曹司、ルーファウス・神羅だ。
セフィロスは今度は無言で頭を下げた。
あの勲章式典から6年が経っていた。

「お前が私に頭を下げる日が来るとは思ってもみなかった」

そう口の端で笑う彼はもうどこから見てもあの時の子供ではない。

「何故です」

取ってつけたような敬語でセフィロスは素っ気無く訊ねた。
セフィロスの態度はおよそ上司に対するものではなく、その相変わらずの態度にルーファウスは安心したように小さく笑った。
「…いや、何でもない」
セフィロスの脳裏には6年前の勲章授与式の光景がありありと浮かんでいたがそんな心情は
おくびにも出さず憮然とした表情のままヘリポートを出ようとするルーファウスに付き従った。

「お前に私の就任を一番祝って欲しかったんだ」
「それはもちろん。これからも神羅は更なる繁栄を築くことでしょう」

紋切りの口上がすらすらと口からついて出た。こういう害のない人間関係形成に良い言葉を覚えてから、
かねてからの実力とでセフィロスはこのジュノンの治安と軍部の中枢に年々近づいていった。

「……」

が、反対にルーファウスはセフィロスの決まりきった口上に僅かに眉柳を寄せた。
しかし額に落ちかけた前髪をかき上げるとすぐにその口元に薄い笑みを浮かべた。

「有難う。英雄セフィロスからそう言ってもらえると私も嬉しいよ」

ルーファウスはそう言ったっきり無言で、足早にヘリポートを歩いた。
だが頭一つ分背が高いセフィロスにとってはいつもの歩幅だ。
ヘリポートの、太陽に焼かれたコンクリートの上に幾人もの濃い影が落ちている。
それと対照的にギラギラとした太陽に照らされて金の髪は燃えるように輝いていた。
彼と同じ黒いスーツの男達を引き連れた彼のその姿は既に黄金の冠を頂いたそれと同じだった。
耐え切れない程の強い光に、セフィロスは一瞬息も詰まるような感情に襲われた。

 

惚けた様なセフィロスを輝く太陽を背にして6年前とは違う狡猾さを滲ませた深い青い目が射貫いていた。
てっきり唇も皮肉に歪めるかと思ったセフィロスはそれが悲しく微笑した事に我知らず胸が痛んだ。

                  

                                        

 


…fin?(つづく…かも)

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