勘違いとその効能





「社長、ちょっと」


先を歩く白い肩を呼び止める。
「なんだ」
立ち止まる事もなく歩みを続けようとするルーファウスの肩を
無作法ではない強さで引き掴む。
途端、僅かに顰められた眉と向き合う羽目になる。
「なんだレノ」
手をさっさと離せ、と言わんばかりの言動にレノは少し困ったように笑った。
なんだか今日は警戒心がやたらと強い。
「えー…っと、その、ちょっと失礼」
と、一応の断りを入れてルーファウスの肩に手を伸ばす。
「?」
「髪の毛、ついてますよ」
ひょい、と見せ付けるようにくっついていた長い髪の毛を取ってやった。
長く、張りのある黒い髪は一発でルーファウスのものではないと分かる。
「…」
礼を言うでなく、ルーファウスは無言で突っ立っていた。
その何となくバツが悪そうな顔に思わず、
「黒い髪の女でも抱いたんですか」
と下世話な方へ話を運ぼうとすると呆れたように短く嘆息された。
レノが心の中でつまんねえ奴、と再度目をその顔に落とすと
ルーファウスも目を半分伏せてレノの事をバカな奴、と思っているのがありありと分かった。
その数秒のどうでもいいやり取りが終ると、ルーファウスは短く
礼を言ってまた歩き出した。手に持った報告書にサインを貰うために
レノはそれを追ったが、先程までとは違って大股で社長室に進むルーファウスがおかしかった。


さんさんと日の光が注ぐ社長室の大きな窓越しの椅子に
深く身を預けるとルーファウスはやっとふう、と大きな溜息をついた。
そして「報告書」と、短く言った。
バカでかいデスクを回り込んで正面ではなく横から書類を渡すと
ルーファウスはもう怒る気力もない風で優雅とも言える手つきで
書類を引っ手繰ると薄い眼鏡をかけた。
しばらくしてカツン、と高価なペン先が時代錯誤の象徴のような
意匠を凝らしたインク壷に当たる音がした。
顔を上げるとスラスラと彼が流れるようなサインを書類に書き込んでいるところだった。
(いよっし、一発受理だ)
心の中で密かに喝采を上げると銀縁の眼鏡を外しながらルーファウスが
「ご苦労」と言った。さっさと出てけ、と同義だ。

その時また何の気なしにルーファウスがため息をついた。
なんだか今日はそればかりだ。
「疲れてんですか」
一応の気遣いを示すと、あーと要領を得ない返事が返ってきた。
よく見ると目の下に隈が染み付いていた。
明るい社長室の陽光の下では気付かなかった。
「…隈出来てますね」
「なかなか取れなくてね」
いつもなら臆せず見詰め返すアイスブルーは今日に限って逸らされた。
何かおかしい。
じろじろと遠慮会釈なくルーファウスの顔を見詰めていると、突然
「ツォンのじゃないか」
と言われた。
「は?何が?」
「さっきの髪の毛だよ。黒かったからツォンのじゃないか」
何故か怒ったように捲くし立てられた。
「はあ…主任の?」
あんなに長かったっけ、主任の髪。
「後ろ髪はあのくらいあるんじゃないか」
自棄になったように言い捨てるルーファウスの白磁の頬が
僅かに染まったのをレノは見逃さなかった。
「へえ〜知らなかったなあ」
ニヤニヤニヤニヤ
「社長顔赤いよ?」
「疲れてるんだよ…」
「咽喉も嗄れてる感じだ」
「別に…」
「目も赤いな」
「そんなこと…」
あくまで面倒くさそうに否定される。
「可愛がられたんだ?」
「はあ…?」
そんな事どうだっていい。眠くて仕方ない。
「どう?」
奔放なレノの思考は要領が掴めない。なんだって?
「だから主任は良かったかって聞いてんだよ」
はあ?
「なんでそうなる…」
呆れて物も言えない。
額に当てた手をそのまま金の髪に滑らせるとルーファウスは本当に
呆れたとでも言うようにそのまま止まって再度の溜息を付いた。
大体、ツォンなんか抱いて何が楽しいんだ。
「いや、あんたが抱かれたんだろ?」
言うなりワイシャツの襟を引っ張られた。
昨日の鬱血した跡を目ざとく見つけたレノがやっぱりな、と言うのを聞かずに

「だからなんでそうなるんだ…」
と蚊の鳴くような声で反論しようとしたが睡魔の所為で皆まで言えなかった。
何を勘違いしているのか、どうしてそうなるのか本当にどうでもいい。
ただ、レノは本当にこういう話が好きだな…とルーファウスはつくづく思った。


 


                                            
明るい材料を考えた結果この体たらく。難しいよ〜
途中の視点切り替えとかほんとなんも考えないで書いたのがバレバレだよお〜